「onlineレビュー」は編集担当が気になった新刊書籍や映画、ライブ、ステージなどをいち早く読者のみなさんに共有すべく、評者の選定にもこだわったシリーズ企画です。今回は、共同通信社で放送・通信分野を30年以上取材する原真さんが2025年の「放送100年」にちなんで、2024年に1年間配信した企画記事を新書にまとめた『音と光の世紀』です。同氏と親交の深い立教大学の砂川浩慶教授にレビューいただきました。(編集広報部)
ずっしりと中身の詰まった新書だ。放送担当記者30年の重みを感じる。共同通信の記者として日常的に丹念な取材を積み重ねる筆者らしく、実際に取材した証言の数々、関連書籍のみならず当時の雑誌記事を丹念に追った、重厚な積み重ねが「ずっしりとした中身」につながっている。筆者にそのことを伝えると「確かに国会図書館のマイクロフィルムの操作には慣れましたね」と笑顔で答えてくれた。そんな地道な取材の積み重ねが放送100年の歴史を蘇らせてくれる。
第1章【ラジオの産声】、第2章【戦争への道】、第3章【放送の民主化】、第4章【テレビ誕生】、第5章【局内外のせめぎ合い】、第6章【デジタルの大波】――の6章構成で俯瞰する。それぞれの章はさらに6から14の節に分かれているが、その見出しが秀逸だ。18節「全身全霊で国民を動員 アナウンスは雄たけび調に」(第2章)、32節「公共放送NHKが誕生 権力追従の体質残る」(第3章)、47節「価値観の転換も訴えたCM 局は徹底して視聴率追求」(第4章)、50節「『一億総白痴化』と批判 教育局発足、『博知化』に貢献」(第5章)などを見れば、読みたくなるとともに、今につながる示唆が盛り込まれている。
54節「民放廃止を検討 安倍政権の放送改革方針」(第5章)では、2018年の安倍晋三政権の民放廃止構想を詳述する。本文で「筆者が入手して報じた政府の内部文書」とさらっと書かれているように、これは原記者の"大スクープ"であった。この共同の記事をきっかけに一斉に新聞が「ノー」の論調を張り、安倍政権に撤回を余儀なくさせた。民放にとっての恩人といっても過言ではない。この節で筆者は「番組準則が放送への不当な介入に乱用されており、準則自体を撤廃するか、少なくとも準則違反による行政処分は廃止するべきだ」と述べ、政治・行政の介入が常態化している現状に警鐘を鳴らしている(もちろん、2015年の高市早苗総務大臣(当時)の「一つの番組でも番組準則違反を問える」との"解釈変更"にも触れている=53節)。
そのうえで、放送行政制度にも触れ、次のように述べる。
政府の一部である総務省が、放送免許をはじめ、放送局の生殺与奪の権を握っている現行制度を抜本的に見直す必要がある。かつての電波監理委員会のように、独立性の高い行政委員会を復活させなければならない。先進国の中で、独立行政委ではなく、政府が直接、放送事業者を規制しているのは、日本とロシアだけなのだから。(190ページ)
放送行政においても「世界の常識、日本の非常識」になっている。私もこの独立行政委員会方式への移行を主張してきた一人だ。この文を読んでいただいた皆さんが日本の放送行政の異常さを知り、改革が必要との意識を持ってもらえればありがたい。
制度や政治、行政との関わりといった硬い問題とともに、番組を愛する筆者ならではの筆致にあふれるのがコンテンツへの言及だ。キーワード的に言えば、アマチュア、ローカル、ラジオなど。放送の持つ多元性・多様性を具体的な事例やエピソードに即して説明してくれる。過去を振り返ることで、今の放送ではむしろ果たしていない役割、番組に気づかされる。具体的な番組をあげて「優れた番組は尽きない。やれることはまだまだある」と制作現場にエールを送る。
筆者が放送への関心を高めた理由の一つに、私が民放連職員時代に「テレビはエンターテインメントであり、ジャーナリズムであり、ビジネスであり、テクノロジーだから、その全体を見る必要がある」と助言したと本書に記載されている。そんな偉そうなことをと汗顔の至り(記憶も定かでなく......)だが、放送がさまざまな側面を持っていることは紛れもない事実である。放送の原点は番組にあり、それを国民が支持しなくなれば存在意義を失う。インターネットの進展を悲観して見るのか、伝送路の拡大とチャンスに捉えるのかが問われる。
過去を知り、現在を正しく認識したものだけが未来を描ける。そのことを実感させる良書である。全ての放送関係者、放送業界を志望する学生にご一読を薦めたい。
音と光の世紀 ラジオ・テレビの100年史
原 真 著 集英社新書 2025年12月17日発売 1,089円(税込)
新書判/232ページ ISBN978-4-08-721392-8
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