本連載の後編となる本稿では、下請法の改正における「遵守すべきルールの厳格化」と「執行の強化」について主に取り上げます(前編はこちら)。
1. 遵守すべきルールの厳格化
改正前の下請法では、親事業者は、下請事業者を保護するために4つの義務を負うとともに11の禁止事項を行ってはならないとされていました。取適法では、新たに委託事業者が守らなければならないルールが導入されましたので、以下、特に重要なポイントについて解説します。
(1) 価格協議の義務化(協議に応じない一方的な代金決定の禁止)
取適法では、従来からの「買いたたきの禁止」に加え、新たに「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」というルールが追加されます。具体的には、以下の行為が禁止されることになりました。
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○取適法5条2項4号 |
「買いたたきの禁止」と異なり、価格のいかんを問わず、協議を行わないというプロセス面のみに着目して取適法違反か否かが問われるという点で特徴があり、一定の場合における価格協議を実質的に義務付けるものといえます。
この点、政府は、物価上昇を上回る賃上げを実現するために、かねてよりサプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現に積極的に取り組んできており、2022年1月26日に改正された下請法運用基準において、協議を経ない価格据置きが「買いたたき」に該当するおそれがあるとされました。さらに、2023年11月29日には、公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)および内閣官房が「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」(以下「労務費指針」といいます。)を公表するなどして、受注者からの要請に応じて価格協議のテーブルに着くべきことや、受注者からの要請がない場合にも発注者側から明示的に持ち掛けて価格協議の場を設定すべきことなどを、法運用のレベルにおいて求めてきました。
公取委が、これらの法運用を通じて従来から求めてきた価格転嫁に関するルールのポイントは、以下のAからCのとおりです。
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A.受注者から値上げの要請を受けた場合には、価格協議のテーブルにつかなければならない。 |
取適法において新たに定められた「協議に応じない一方的な代金決定の禁止」は、コスト上昇分の価格転嫁への対応という文脈においては、上記の下請法運用基準や労務費指針で従来から求められていた範囲を超えるものではなく、委託事業者が行うべきことは基本的には変わりません。もっとも、中小受託事業者からの求めに応じた価格協議(上記AおよびC)について、明確な根拠規定が法律レベルで定められることにより、価格協議の拒否に対する公取委等の対応は厳しさを増すことになると想定されますので、よりいっそう真摯な取り組みが必要です。
他方で、コスト上昇分の価格転嫁への対応という文脈ではない場面においては、新たに、中小受託事業者から値上げの要請を受けた場合には、価格協議のテーブルに着くこと(上記A)が義務付けられることになりました。例えば、以下のような場面でも、協議に応じることが必須となります。
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▼ 放送局が値下げを求めたところ、中小受託事業者から協議を求められた。 |
いずれの場合にも、公取委等の調査に備え、価格協議の記録を残すことが極めて重要となります。記録としては、委託事業者と中小受託事業者の双方が内容を確認した共通の議事録がベストですが、そのような議事録作成が難しい場合は、自社としての議事録やメールのやりとりを残すことが考えられます。見積書等の関連資料も保存しておきましょう。会社として価格協議の議事録のひな型を作成し、社内周知することも有益と考えられます。
(2) 支払の厳格化
ア 手形払等の禁止
改正前の下請法では、手形期間が60日(2カ月)を超える長期手形での支払は禁止されていたものの、代金の支払に手形を用いること自体は禁止されていませんでした。しかし、支払手段として手形等を用いることにより、親事業者が下請事業者に資金繰りの負担を求める商慣習が続いていることが問題視され、取適法では、中小受託事業者の資金繰りに配慮すべく、次の①②のとおり、手形払等が禁止されることとなりました。
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① 代金の支払手段として(紙の)手形を用いることは、全面禁止。 ② 一括決済方式(債権譲渡担保方式、ファクタリング方式、併存的債務引受方式)や電子記録債権(以下「電子記録債権等」と総称します。)による支払のうち、支払期日までに代金に相当する金銭を得ることが困難であるもの(金銭による支払と同等の経済的効果が生じるとはいえない支払手段)については、使用禁止。 |
イ 振込手数料の中小受託事業者負担の禁止
改正前の下請法の運用では、代金の振込手数料を下請事業者に負担させることは、①下請事業者との書面での合意があり、②親事業者が金融機関に支払う実費の範囲内で当該手数料を差し引いて支払う限りにおいては適法とされていました。
しかし、取適法の運用においては、中小受託事業者との書面での合意があったとしても、振込手数料を中小受託事業者に負担させることは禁止されることとなりました。
したがって、委託事業者においては、取適法の施行日(2026年1月1日)以降に発注するものについて、振込手数料が自社負担となるようにシステム等を変更する必要があります。さらに、振込手数料の負担については契約書に定めがあるケースが多いため、契約書に「振込手数料は先方負担」と記載されている場合には、契約書の記載と実際の運用がずれないよう、順次、既存の契約書の修正、覚書の締結、ひな型の点検といった対応が必要となります。
2. 執行の強化
(1) 勧告可能範囲の拡張
改正前の下請法では、受領拒否や支払遅延等については、勧告の前に既に違反行為が終了している場合には、勧告ができないように読める条文となっていました。そのため、違反行為があった委託事業者は、公取委の指摘を受けて受領拒否や支払遅延等を解消することにより、勧告・社名公表を回避することが可能となっていました。
しかし、受領拒否や支払遅延等についても、再発防止を勧告すべき場合があると考えられることから、取適法では、これらを含むすべての遵守事項違反について、違反行為が既になくなっている場合においても、公取委が特に必要があると認めるときは、勧告することができるものとされました。
委託事業者にとっては、受領拒否や支払遅延等をしてしまった場合のリスクが増大することになりますので、取適法違反を行わないよう、いっそう充実した体制整備が求められます。
(2) 面的執行
改正前の下請法では、事業所管省庁には中小企業庁の調査に協力するための調査権限が与えられているにとどまっていました。また、下請事業者が親事業者の違反行為を事業所管省庁に通報した場合について、報復措置の禁止の対象とされていませんでした。そこで、取適法では、公取委・中小企業庁・事業所管省庁が相互に協力して面的な法執行を行えるようにするべく、以下の改正がなされました。
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■ 事業所管省庁の主務大臣に、取適法に関する指導・助言の権限を付与 |
委託事業者においては、公取委や中小企業庁のみならず、事業所管省庁(放送事業者の場合は総務省)による指導・助言等がなされる可能性もあるため、よりいっそうの取適法遵守体制整備が求められる点に注意が必要です。
【執筆者紹介】
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のぞみ総合法律事務所 弁護士
大東 泰雄(だいとう・やすお)
2001年慶應義塾大学法学部卒、2012年一橋大学大学院修士課程修了。2009年~2012年公取委審査専門官(主査)。2019年から慶應義塾大学法科大学院非常勤講師。
公取委勤務経験を活かし、独禁法・下請法・景表法・フリーランス法等についてビジネスに寄り添った柔軟なアドバイスを提供している。
のぞみ総合法律事務所 弁護士
堀場 真貴子(ほりば・まきこ)
2019年中央大学法学部卒、2021年一橋大学大学院法学研究科法務専攻修了。2022年弁護士登録、のぞみ総合法律事務所入所。
独禁法・下請法・景表法・フリーランス法等を含む企業法務全般を取り扱う。
