【onlineレビュー】「粋」なエンタメを求める心に届く 藤井青銅著『黄昏ラジオ』を読んで

豊田 拓臣
【onlineレビュー】「粋」なエンタメを求める心に届く 藤井青銅著『黄昏ラジオ』を読んで

onlineレビュー」は編集担当が気になった新刊書籍や映画、ライブ、ステージなどをいち早く読者のみなさんに共有すべく、評者の選定にもこだわったシリーズ企画です。今回は、民放onlineで「ローカルラジオビジネス探訪記を寄稿いただいているライターの豊田拓臣さんに、作家で多くのラジオ番組制作に携わる藤井青銅さんの小説『黄昏ラジオ』を紹介いただきます。(編集広報部)


「周りの人と馴染めない」

常にそう感じていた中学生時代の私にとって、ラジオは救いだった。リスナー、さらには出演者も私と同じような生きづらさを抱いているように感じ、「ここならば自分の居場所がある」と思えたからだ。特に『伊集院光のOh!デカナイト』(ニッポン放送、以下『Oh!デカ』)は貪るように聴いた。ラジオの向こうからは、しゃべり手の伊集院光が「異物のままでいい」と叫んでいた。番組から生まれたラップユニット「ARAKAWA RAP BROTHERS」の日比谷野音ライブは、私が行った最初のライブだ。私の住む埼玉県草加市から日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)のある日比谷駅までの行程は、中学校2年生時分の私にとっては小旅行だった。乗り換えなしで行けるにもかかわらず、だ。たどり着いた先で目にした光景は、今でも色鮮やかな記憶として残っている。その『Oh!デカ』初期の放送作家を務め、ARAKAWA RAP BROTHERSのストーリーを描いたのが藤井青銅氏だったと知ったのは、30歳を過ぎてからのこと。氏へインタビューをした際、本人の口から直接聞いた。「自分の人生を決定づけた人が目の前にいる」と、大きな衝撃を受けたものだ。

その藤井氏の最新刊が『黄昏ラジオ』(ハルキ文庫)だ。東京・日比谷にあるラジオ東洋を中心に繰り広げられる、オムニバス仕立ての小説である。新人中継リポーター、往年の名パーソナリティ、放送作家、ディレクター、リスナー、それぞれの心に映る「ラジオ」を描いている。

小説にせよマンガにせよ、ラジオをテーマにした作品というのは存外難しい。そもそも音だけのメディアを文字や絵で表現するのが困難な上に、しゃべる側も作る側も仕事内容が独特なため、読者に背景を想像させにくいのだ。さらに、読者を納得させるだけのリアリティも必要となる。著者にはさまざまな立場でラジオに関わった経験が求められるわけだ。実は私もラジオをテーマにした小説を書こうとしたことがあるのだが、現場経験がないため細部をイメージしきれず、保留したまま早10年が経過している。

その点、藤井氏はニッポン放送のラジオドラマ番組『夜のドラマハウス』で脚本家デビューして以来、半世紀近くにわたってラジオに携わっている。放送作家としては前述の『Oh!デカ』以外にも、『松田聖子 夢で逢えたら』『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』、現在も放送中の『オードリーのオールナイトニッポン』(いずれもニッポン放送)など数多くの番組を手がけており、その経験と実績に裏付けられた物語は説得力十分だ。私は前述の取材をきっかけに藤井氏と話をする機会を何度ももらったのだが、その際に聞いた体験談がストーリーに反映されているところもあった。他にもどこかで耳にした話が織り込まれている部分が多々あったので、「これのネタ元はあれか?」と推測しながら読むのも一興だろう。

ちなみに、藤井氏は開局当初のエフエム埼玉(現FM NACK5)で生ワイド番組のパーソナリティを務めている。しゃべり手の物語を紡げるのは、その経験があるからかもしれない。ただ、以前、藤井氏にそれとなく話を振ったところ、あまり語りたくなさそうにはぐらかされたので、「かもしれない」の範疇を超えてはこないが。

閑話休題。『黄昏ラジオ』に話を戻そう。この作品は全編を通してロマンチックで、登場人物がみんな「粋」だ。非常に感覚的で、辞書を引いても定義がよく分からない「粋」という言葉だが、私は「苦労を人に見せない」ことだと考えている。作中「450秒の恋人」に出てくるアンジーは中継リポートを成立させようとあがく姿をリスナーに想像させないし、「空気に飛ばして」でのリンゴーは本番で読もうと思っていたはがきが隠されたことを微塵も感じさせない。この「粋」な姿勢が放送から漏れ伝わるからこそ、リスナーは日常で起きた嫌なことをとりあえず脇に置き、しゃべり手と同じ世界を共有できるのである。

オーディション番組や恋愛リアリティ番組のように、裏側の大変さやつらさを見せるエンタメが流行する昨今。ラジオもお笑い芸人がお笑い論を語るなど、野暮な作りの番組が増えてきた。しかし、藤井氏にとっては粋なラジオが理想なのではないか。氏が作る番組によってラジオにハマり、その後も氏が関わる番組を知らず知らずに聴き続けていた「藤井青銅チルドレン」の私は、『黄昏ラジオ』を読んでそう感じた。であるならば、「ラジオ100年」にあたる2025年にこの本が出たことは、粋なラジオ、粋なエンタメを求める人がいることの証左なのかもしれない。そう考えると、心が離れつつあったラジオに対し、もう一度希望を持てるようになった。どうやら私の人生は、藤井青銅氏の影響から逃れられないようだ。


黄昏ラジオ
藤井青銅著 角川春樹事務所(ハルキ文庫) 2025年10月14日発行 858円(税込)
文庫/272ページ ISBN978-4-75844762-1

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