エフエム東京(以下、一部を除きTOKYO FM)のプロデューサーで文筆家としても知られた延江浩さんが2025年4月6日に亡くなられました。67歳でした(延江さんの略歴は文末に脚注として追記しました)。没後の2025年10月には遺作となった書籍『反骨魂 後藤亘「ミスターFM」と呼ばれた男』も上梓されました。そこで、延江さんと生前に交流があり、ラジオ業界に造詣の深い著述家の森綾さんに、同書の書評も交えて思い出をつづっていただきました。(編集広報部)
※タイトル下の写真は2022年民放連賞でラジオ準グランプリを受賞した延江浩さんのスピーチの模様です(2022年11月8日、編集広報部撮影)。
故・延江浩さんに初めてお会いしたのは、1997年ごろだった。作家の村上龍さんを囲む何かの打ち上げの場だった。当時、延江さんはTOKYO FMのプロデューサーとして龍さんと親しくしていて、私は某週刊誌で龍さんの対談構成をしていた。集まった人たちはさまざまな版元の編集者。みんな若かった。龍さんは「延江、延江こっち来いよ」と、誰よりも彼の名前を呼んでいた。延江さんの視線も龍さんにだけ注がれていた。
それからも時々、村上龍さん由縁の集まりやその時々に目立っているアーティストのコンサートで会うことがあった。お互いに仕事でお世話になる対象が重なることが多かった。その後、朝日新聞の「ラジオアングル」というコラムの連載で、たびたび、延江さんの関わる番組を取材した。2002年、アーティストの村上隆さんがレギュラーでパーソナリティを務めた『村上隆のエフエム芸術道場』も収録にお邪魔した。その際も延江さんは村上隆さんの一挙手一投足に反応して、笑ったり体を揺らしたりしていた。とにかく、その場で一番大事なのは村上隆さんなんだということを全身で表現している感じだった。
村上隆さんも延江さんをモデルにしたTOKYO FMのステーション・キャラクター「NIJIくん」を描くほどだった。頭頂部の毛に特徴があって、愛嬌のある顔をしている。2025年4月6日に亡くなった延江さんに、村上隆さんはXにこんな追悼を寄せている。
僕は日本で上手く立ち回れずに片手で数えれる人としか仕事が出来なかったのだが、その1人が延江さんだった。クリエーターの懐に飛び込んでくるのが上手な人だった。¹
村上龍、村上隆、村上春樹らとの交流
その後、作家の村上春樹さんまでも、ラジオに登場させた。現在も毎月最終日曜19時から放送している『村上RADIO』(TOKYO FM、全国38局ネット)である。この番組に携わり、延江さんの下でディレクターを担当した現・株式会社サウンズネクストの木村尚志制作部長に話を聴いた。
「春樹さんの番組の前に延江さんと井上陽水さんの番組をつくらせてもらっていました。それで、陽水さんの番組のチームで最初の春樹さんのデモテープをつくることになりました」。延江さんは春樹さんを「スタジオ見学に来てください」と誘い、マイクの前で雑談的にしゃべったものを素材として木村さんらが何パターンかの番組デモテープとした。その自然で巧妙なアイデアがまさに延江さんの手腕である。
「ディレクターも選曲もDJも春樹さんがやるという番組なので、ご本人から台本が送られてきた時は、おおっと感動しましたね」。『村上RADIO』がスタートした後の特番、『村上RADIO特別版 戦争をやめさせるための音楽』は2022年民放連賞のラジオ準グランプリを獲得した。
<2022年民放連賞準グランプリで賞牌を授与される延江浩さん(中央㊨)>
<2006年の第1回日本放送文化大賞準グランプリを受賞した
『ザ・ライン~僕たちの境界線』のスタッフと/
『月刊民放』2006年1月号掲載時に延江さん提供>
「こういった表彰式は延江さんが登壇するわけですけれども、後から『僕のお手柄になっちゃってごめんね』とこっそりおっしゃるような愛すべきところがありました」(木村氏)。民放連賞、日本放送文化大賞、ギャラクシー賞など、放送番組の賞を総なめにしたが、延江さんが個人としてうれしかったのは自らの小説『アタシはジュース』(1995年)で小説現代新人賞を受賞したことだったろう。
卓越した文章力
遺作は後藤亘氏の評伝『反骨魂』
文章は卓越していた。遺作となったのは、エフエム東京のラジオ黄金時代を牽引し、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の経営を立て直した後藤亘さんの評伝『反骨魂』(文藝春秋刊)だった。後藤さんの偉業を丁寧におさえつつ、その人となりを巧みに描いている。特に人気番組となった『JET STREAM』(ジェットストリーム)で案内人に城達也さんを起用し、彼の病によって番組の幕を引くために自ら赴いたシーンは映画を観るように鮮やかに脳裏に浮かべることができた。

<『反骨魂 後藤亘「ミスターFM」と呼ばれた男』>
番組をつくることは人を動かすことだ。それが延江さんの放送での仕事と重なった。葬儀の際、遺影の前にはさまざまな賞のトロフィーが、ところ狭しと並んでいたという。私が最後に延江さんにお会いしたのは2022年3月。やはり「ラジオアングル」の取材だった。当時、延江さんはInterFM897でギタリストの佐橋佳幸さんと『さはしひろし』という番組に出演していた。延江さんは渋谷の松見坂の行きつけの店で佐橋さんと長時間飲んで、この番組の出演を依頼した。佐橋さんは「延江さんが出るなら」と引き受けたという。『さはしひろし 今夜、すべてのロックバーで』(東京ニュース通信社刊)という書籍にもなっている。
私はこの「ラジオアングル」の記事で「延江の語る"ここだけの話"は日本の音楽史、文化史でもある」と書いた。洋邦問わず、音楽アーティストのことも実体験を交えて語れる人だった、という意味で。そのとき、延江さんは「森さんに取材してもらえるとは思わなかったよ」と言った。だからここで言わせてもらおう。まさか、しかもこんなに早くに、延江さんの追悼文を書かせてもらうことになるとは思わなかった。とにもかくにも享年67は若すぎる。きっと私の言葉よりふさわしい村上隆さんのXでの言葉を送りたい。
延江さんは夢語りが好きだった。世界平和やら、日本のより良い社会と芸術との架け橋を作ることが使命だと感じてた人。²
NIJIくんは、虹の彼方に行ってしまった。
¹ 村上隆 公式X 2025年4月21日
² 同上
【延江浩さんの略歴】
のぶえ・ひろし/1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。1982年エフエム東京に入社。音楽番組からドキュメンタリーまで幅広い分野で数多くの番組を手がける。日本放送文化大賞ラジオグランプリ、放送文化基金賞ラジオ番組最優秀賞、ギャラクシー賞大賞などを受賞。『アタシはジュース』で小説現代新人賞。作家として『愛国とノーサイド』『小林麻美 I will』『反骨魂』など。2025年4月6日没、67歳。
(編集広報部作成)
【書籍『反骨魂 後藤亘「ミスターFM」と呼ばれた男』】
延江浩著 文藝春秋 2025年10月30日発行 1,760円(税込)
四六判/256ページ ISBN978-4-16-392033-7
【編集広報部からのお知らせ】
延江さんが関わった番組の一部は横浜の放送ライブラリーで収蔵・公開されており、無料で視聴できます。詳しくはこちらをご覧ください(外部サイトに遷移します)。
