壮大なスケールの大作
2024年秋クールの連続ドラマは、クオリティの高い多様な作品が多く、日本のテレビドラマ文化の成熟を感じる機会が多かった。
日曜劇場(TBS系日曜夜9時枠)で放送された『海に眠るダイヤモンド』は、その筆頭だ。本作は現代(2018年)の東京と、過去(1955年~)の長崎県端島を行き来する壮大な愛の物語。主演の神木隆之介は一人二役で現代パートではホストの玲央、過去パートでは鷹羽鉱業の外勤職員の鉄平を演じている。物語は玲央が謎の老婦人・いづみ(宮本信子)と出会ったことをきっかけに、いづみが育った端島の歴史を振り返っていくという回顧形式で進んでいく。
脚本は野木亜紀子、チーフ演出は塚原あゆ子、プロデューサーは新井順子。3人はこれまでに連続ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)、『MIU404』(同)、そして2024年に大ヒットした映画『ラストマイル』を手掛けており、現代社会の闇を描く社会派エンターテインメントの担い手としてドラマファンから絶大な信頼を獲得している。今回は初めての日曜劇場作品だったが、これまでの作風とは違い、石炭採掘を中心に成り立っている端島という箱庭的空間の魅力を再現することで日本の戦後史を振り返るスケールの大きな作品となっていた。
2023年の『VIVANT』(TBS系)以降、豪華なビジュアルで壮大なスケールの物語を展開する大作志向に日曜劇場は舵を切りつつあるが、『海に眠るダイヤモンド』もスケールの大きな作品で、NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)や大河ドラマと拮抗する作品を作ろうと試行錯誤しているように感じた。それゆえ物語は複雑で、本放送中はどこに向かっているかわからず、観ていて混乱することも多かった。恋愛、サスペンス、労働問題といったさまざまな要素が散りばめられた満漢全席のような作品だったが、それゆえ3人の過去作と比べるとわかりにくい作品になってしまったように感じる。おそらく本作は毎週テレビで追いかけるには情報量が多すぎで、配信等で一気観する方が魅力を味わえるのではないかと思う。その意味でも過渡期の作品で、配信でまとめて観られることを想定して作るのか、毎週テレビで観られるライブ感を大事に作るべきかという、連続ドラマの方向性が帰路に立っていることを反映している作品にも感じた。
オカルトテイストも現代社会の闇も
『全領域異常解決室』(フジテレビ系)も、展開の予想できないスケールの大きなドラマだった。本作は神隠しや狐憑きといった超常現象を解決する国の調査機関・全領域異常解決室(通称「全決」)を舞台にしたオカルトテイストの刑事ドラマ。
警視庁音楽隊カラーガードから出向した雨野小夢(広瀬アリス)が、室長代理の興玉雅(藤原竜也)とバディを組んで、ヒルコと名乗る謎の敵が起こす怪事件に挑んでいく。当初は怪奇現象は人間が偽装したもので、オカルトの皮を被った刑事ドラマかと思われたが、やがて興玉たち全決と関わりのある人間が実は日本の神様で、小夢もまた、芸能の女神・アメノウズメノミコトの魂が人に宿った存在だとわかっていく。最終的に本作は、刑事ドラマから漫画やアニメのような異能力バトルへとジャンルがスライドしていくのだが、脚本の黒岩勉が実写からアニメまで幅広く手掛けているからこそ生まれた大胆な展開だったと言えよう。
また、秋クールは「闇バイト」という言葉が世間を賑わす機会が多かったこともあり、「闇バイト」「反社」「特殊詐欺」といった現代社会の闇を描いたドラマも多かった。
まず、ストレートなエンタメ作品として描いたのが『潜入兄妹 特殊詐欺特命捜査官』(日本テレビ系)。本作は『ボイス 110緊急指令室』(同)、『大病院占拠』(同)といった日本テレビが得意とする劇場型犯罪を警察が追跡するリアルタイムサスペンスドラマを手掛けたチームの最新作。犯人グループの幹部の正体(演じている俳優)が毎週明らかになるといったサプライズが散りばめられたエンタメ色の強い作品だったが、敵対する組織が特殊詐欺グループで闇バイトの説明会から物語が始まるため、過去作以上に生々しさを感じた。
また『3000万』(NHK)は、ある夫婦が犯罪者グループの女性が運転していたバイクと接触事故を起こした際に、彼女が持っていた3000万円の入った鞄を子どもが家に持ち去ったことから始まるクライムサスペンス。本作は複数の脚本家がチームを組んで執筆するNHK脚本開発「WDRプロジェクト」の第一作で、チームで話を詰めているため、完成度はとても高く、毎週予想外の展開が起こる見応えのある作品となっていた。物語の肝にあるのは生活に不満はあるがそれなりに幸せだった家族がいつの間にか犯罪に加担していく様子で、「闇バイト」的な世界は日常と地続きなのだと実感させられる。
そんな「闇バイト」感覚の恐ろしさを殺し屋の世界で描いたのが『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京系)だ。本作は人気映画『ベイビーわるきゅーれ』シリーズのドラマ版で、脚本は映画と同じ阪元裕吾が担当している。主人公は女殺し屋の杉本ちさと(髙石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)で、二人がルームシェアをしているゆるふわな日常と殺し屋として人を殺める場面が並行して描かれるのだが、日常と殺人がシームレスにつながっている「闇バイト」感覚をいち早く描いていたのが『ベイビーわるきゅーれ』シリーズだったとあらためて感じる。
今回のドラマ版では殺し屋協会の殺し屋として働くちさととまひろの姿を通して、組織と個人の関係が生々しく描かれており、現代の若者が直面する労働環境に対する不安が的確に描かれていた。その意味で『3000万』とは違う、若者の「闇バイト」感覚に対する不安が刻まれていたと言えるだろう。
良作にも恵まれた
一方、予想以上に良作だったのが『無能の鷹』(テレビ朝日系)。本作は、IT企業を舞台にした作品で、常に自信満々で堂々としているが実は全く何もできない無能な社員・鷹野ツメ子(菜々緒)の予測不能な行動が周囲の社員にポジティブな影響を与えていく会社ドラマ。原作ははんざき朝未の同名漫画(講談社)だが、ドラマ独自の脚色が加えられている。脚本を担当する根本ノンジは本作と同時期にスタートした朝ドラ『おむすび』(NHK)の脚本を手掛けているが、元々、『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(日本テレビ系)、『正直不動産』(NHK)といった原作漫画の脚色に定評のある脚本家で、『無能の鷹』も原作の良さを活かした万人が癒やされるドラマに仕上がっていた。
『団地のふたり』(NHK BS)も心地良い作品だった。主人公は、老朽化した団地で暮らす、大学の非常勤講師のノエチ(小泉今日子)とイラストレーターのなっちゃん(小林聡美)。二人は55歳。幼い時からの知り合いで、紆余曲折を経て、現在は生まれ育った団地で暮らしている。物語は淡々と進み、子どもの頃からの知り合いのおじいちゃん、おばあちゃんと交流する姿が描かれる。団地の住人は高齢化しており、衰退する日本の縮図にも見えるが、とても楽しそうで、老いを受け入れた二人の暮らしはとても魅力的に映る。主演の小泉今日子と小林聡美はさまざまな作品で過去に共演しているが、個人的には2003年の木皿泉脚本のドラマ『すいか』(日本テレビ系)を思い出す。
『すいか』の二人は信用金庫に務めるOLで、小泉今日子が演じる馬場ちゃんが職場から3億円を横領して失踪したことをきっかけに、小林聡美が演じる早川基子が実家を出てハピネス三茶という賄い付きの下宿で一人暮らしを始めるという話だった。『すいか』で、道を隔ててしまった馬場ちゃんと早川が仲良くしている姿を見ているだけで『団地のふたり』は泣けてくるのだが、老いを緩やかに受け入れる物語という意味でも『団地のふたり』は『すいか』の続編を観ているかのような作品だった。
テレビドラマならではの自由さ
最後に完結した大河ドラマ『光る君へ』(NHK)についても触れておきたい。『源氏物語』の作者として知られる紫式部/まひろ(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の半生を描いた本作は、平安時代の貴族社会を再現しようという試みが実に見事で、本作を経由したことで平安時代の印象は大きく変化するのではないかと思う。
だが、それ以上に驚愕したのが、史実の隙間を縫って展開される脚本家・大石静の大胆なストーリーテリングだ。「源氏物語」執筆をめぐって展開される物語が社会に与える影響の見せ方など、見応えのあるシーンは多かったが、個人的にもっとも驚いたのは、終盤でまひろが太宰府に向かう展開。今まで積み上げてきた世界観が崩壊しかねないあのエピソードを最後にぶっこんでくる果敢さには恐れいるが、あの大胆さこそが大石静の魅力であり、テレビドラマならではの自由さではないかと感じた。