活字をとおして俳優の素顔を"読む"
普段よく行く新刊書店で、立て続けに2冊の文庫本を買った。今年1月に出た、山﨑努の『「俳優」の肩ごしに』と塩見三省の『歌うように伝えたい』である。
山﨑は1936年生まれ、塩見は1948年生まれ。世代はひとまわり異なるが、現役の大ベテランである。最近だと、山﨑は日曜劇場『アトムの童(こ)』(TBSテレビ、2022年)でIT企業の大株主を怪演し、塩見はテレビ東京の人気ドラマを映画化した『劇映画 孤独のグルメ』(『劇映画 孤独のグルメ』製作委員会、2025年)で物語の発端となる人物を演じた。
俳優の演技なり、風貌なり、佇まいを味わえるのは、舞台、映画、テレビドラマだけではない。ラジオドラマや吹き替えであれば"聴く"楽しみがあり、活字をとおして"読む"喜びもある。多くのスター、名脇役が綴った著作からは、演技だけではわからない俳優の素顔、息づかい、思想が伝わってくる。筆者は、そうした「俳優本」を読み解き、本やブログ(外部サイトに遷移します)で発信してきた。同じ月に文庫化された2冊を読んで、あらためて俳優本の魅力を知った気がする。
「虚と実」のはざまで揺れ動く
どちらの本からも、虚と実のはざまで揺れ動くさまが、行間から滲む。作品からは窺い知れない役づくりの舞台裏を知ることは、俳優本を読む醍醐味である。
『「俳優」の肩ごしに』は全43章、3~4ページの短い文章を折り重ねながら、これまでのキャリアと出会いを辿っていく。その筆致は飄々として、ユーモラスである。
山﨑は、自分から役を選ぶことがない。「突然天から降ってくるように与えられるべきなのだ」とのポリシーを貫く。そのうえで、「僕は役の人物の世の中とうまく折り合えない部分を探し、そこからキャラクターに入っていくクセがある」と書く。最も好きなキャラクターの一つとして、山田太一作『早春スケッチブック』(フジテレビジョン、1983年)の元カメラマン・沢田竜彦を挙げる。「おまえら骨の髄までありきたりだ」とわが子(鶴見辰吾)に叫ぶ沢田は、虚と実のはざまで揺れ動いたすえの賜物だったのか。
脳出血に倒れ、俳優の仕事を休まざるを得なかった塩見の虚と実は、もっと切実だ。『歌うように伝えたい』では、2014年に大病を患い、身体が不自由になったさいの葛藤と希望が、現在、過去、未来を行き来しながら綴られている。
苛酷なリハビリに励んでいたとき、病室で自ら出演した連続ドラマの第1話を観た。ブラウン管に映る虚構のなかで生きる自分と、病床にいる自分。俳優としての虚の自分は、倒れる前の元気な姿でもある。「このテレビの中の私は本当に私なのか? それとも影なのか」。血の気が失せ、事態を整理できないまま、ベッドの上で嗚咽し、もう一人の自分との出会いを痛感する。重い病に倒れ、生死の境をさまよった俳優が辿り着いた境地が、そこにある。
キャリアを振り返る季節
山﨑と塩見、ともにキャリアのスタートは演劇であり、ジャンルとしては「新劇」だった。山﨑は少年時代に戦争を、塩見は学生運動を知る世代である。世代的に異なる"敗北"を味わったのち、演劇を道しるべにして、俳優としての道を模索していく。
2冊の本には、作家、演出家、映画監督、先輩俳優、演劇仲間にまつわる思い出、思慕の情が綴られる。山﨑は豊田四郎、黒澤明、伊丹十三、河内桃子のことを、塩見は岸田今日子、つかこうへい、中村伸郎、植木等のことを......。山﨑の主演舞台を数多く手がけたイギリスの演出家テレンス・ナップや、塩見とは半世紀以上の付き合いとなる大杉漣のように、世を去った盟友も少なくない。
本を交互に読むことで、演劇の熱かった時代がよみがえり、それぞれのキャリアがリンクする。偶然にもふたりは、所属した劇団の大先輩として畏怖し、仰ぎ見る存在だった芥川比呂志との逸話を印象的に書き記す。山﨑も、塩見も、芥川も、思えば"書く俳優"であった。
俳優に忍び寄る「老い」。俳優の終着駅が見える今、生い立ちと仕事を振り返る季節を迎えた、ともいえる。しかし、読み終えたあとに侘しさは募らない。虚と実で揺れ動く俳優の思想が、次の世代に託されているからだろう。
テレビドラマでの共演が縁となり、山﨑は山下智久と、塩見は星野源とのつながりを深めた。『「俳優」の肩ごしに』には山下の特別寄稿「努さんのこと」があり、『歌うように伝えたい』では世代をこえた星野との友情を明かす。俳優の仕事が決して一代限りでないことを、この2冊が教えてくれる。
(文中敬称略)
「俳優」の肩ごしに
山﨑 努著 文春文庫 2025年1月10日発行 957円(税込)
文庫判/232ページ ISBN978-4-16-792324-2
歌うように伝えたい
塩見三省著 ちくま文庫 2025年1月10日発行 880円(税込)
文庫判/256ページ ISBN978-4-480-43986-4
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