欧州におけるスマートテレビ最新動向~2030年以降に向けた「テレビのOS化」と「放送のIP化」

尾頭基史
欧州におけるスマートテレビ最新動向~2030年以降に向けた「テレビのOS化」と「放送のIP化」

"Back to school (欧州では9月に新学期が始まる)"、就学児はもちろんのこと、その家族もにわかに新学期の準備にソワソワし始める。また、コンシューマー(家電)業界に従事するわれわれもこのフレーズを聞くと夏休みモードを切り換えて欧州にて2つのイベント、IFA(ドイツ・ベルリンで開催される国際コンシューマー・エレクトロニクス展)とIBC(オランダ・アムステルダムで開催される国際放送機器展)に向けての準備を始めることとなる。 

トルコのコンシューマーメーカーであるベステル社にて、15年間事業開発マネージャーとして欧州の放送局、TVオペレーターとロードマップを共有しながらパートナーシップを構築し、スマートテレビの開発に従事してきた。その立場から、IFAおよびIBCについて、また関連するDVB World、HbbTV Symposium 等の業界のキーイベントで協議されている欧州における放送業界の動向、そしてスマートテレビメーカーがどのように対応しようとしているのかについて、2点ご紹介したい。 

(1) 「OS-ization 」(OS化の進行)- IFAにて

IFAがトレードショーとして開催されてから2024年でちょうど100周年を迎えたことを受けて、ショルツ・ドイツ首相が初日の96日のオープニングセレモニーに登壇し、AIを始めとする最先端テクノロジーの重要性と、その最先端テクノロジーを牽引する場としてのIFAの役割を強調し、幕を開けた(=冒頭写真)。 

四半世紀ほどIFAに通った自身の経緯を振り返るに、商品群が大幅に変わり、またそのプレイヤーも大幅に入れ替わっていることに思い至る。

1990年代後半から2000年代前半は日系ブランドが中心となりアナログ、またはエレクトリカル・メカニカルな技術による商品が中心であった。その後、2000年代初頭から始まるアナログ放送からデジタル放送への移行時期に並行していたフラットパネルへの移行では、主役が韓国ブランドに取って代わられた。直近のところでは、その主役のポジションが中国ブランドに置き換わりつつある。 

パネルサイズの大型化、および高精細化を面展開しようとする中国ブランドに対して、AIを取り入れてスマートテレビの新たな付加価値の提案を始めているのが韓国ブランドの位置付けになるかと思う。

2024年のIFAでは、従来のスマートテレビのセットメーカーとしてのブランド間の競合に関して、新たな展開として、OS (オペレーティングシステム間の競合が顕著に見て取れた。 

従来は各TVメーカーのスマートテレビの開発に当たり、NetflixYouTubeAmazon Prime VideoDisney+ といったグローバルに展開する配信サービスのアプリを搭載すること、加えて、それぞれの国で視聴されるポピュラーなアプリをいかに速やかに、かつ幅広く展開できるかが競合の焦点であった。 

一方、欧州でのテレビの市況は、コロナ禍の巣ごもり需要の影響で一時的に増加した例外的な経緯はあるものの、販売規模の縮小による売上高の減少、値引き合戦の終結として収益を圧迫する状況に直面している。 

こうした市況環境を背景に、収益改善の打開策としてセットメーカー(完成品を製造するメーカー)とOSのオーナーとのパートナー作りが積極的に始まっている。

具体的には、OSのオーナーは、そのUX(ユーザーエクスペリアンス)上に幾つかの収入源となりうる機能、例えば、広告を配信するスポット、FAST TV (Free Ad-supported Streaming TV)、視聴データの解析ツールを搭載し、それらの機能から得られる収入の一部をセットメーカーに還元し、セットメーカーとしてはその還元を収益の改善につなげるというスキームとなる。

こうしたビジネスモデルの変化は、北米市場においてVizioRoku等のブランドにて既に起きているとOmdia社のポール・グレイ氏による業界会合等でのプレゼンにより既知の内容ではあったが、今年のIFAでは欧州市場にも同様の変化が起きつつあることが示されたと思う。

先にプレーヤーの置き換わりについて記述したが、特に今年のIFA では、これまで見聞きしたことのない多くのブランドが、1つのOS、または複数のOSを採用したスマートテレビを展示プロモーションしているのを驚きを持って見知った。 

これまではセットメーカー間の競合という観点で市場動向をみる必要があったが、OSのオーナーとしても、先述した収入源を面展開のうえ確保する観点からパートナー作りが進んでいると推測され、欧州でスマートテレビの事業構造の変化が加速されていくであろうことをあらためて認識した次第である。  

(2) 放送業界の動向 - IP への移行

次にこの数年、欧州で始まっている新たなストリーミングサービスについて、2つの異なるアプローチであるDVB−IFreelyを紹介したい。 

いずれも従来の放送をIPに置き換えていく試みであるが、まずは通奏低音としてこの移行を後押しする背景を整理してみたい。 

3~4年ごとに開催される世界無線通信会議(WRC:World Radiocommunication Conference)で方向付けられる周波数帯域の再配置、地上波のテレビ放送用途からスマートフォンの普及に伴う移動通信用途への再配置、が欧州の放送業界の関心事である。

直近に開催された2023年のWRC-23会合では、
▷地上波のテレビ放送用途として最後に残された600MHz以下の帯域について、主な欧州地域においてはテレビ用途として維持される
この議題を再度取り上げるのは次々回の2031年のWRCとする
といった内容が採決されていたが、欧州の放送業界としてはこの採決について全般的に好意的に受け取られているものの、国によって多少見解が異なるようである。 

見解の相違について、共に地上波放送が主要視聴媒体と位置付けられているイタリアとスペインを例に比べてみたい。 

2019年に700MHz帯が移動通信用途として移管される以前のイタリアでは、ローカル局も含めると約650の地上波の放送局が存在し、衛星放送並みの1000を超える地上波のチャンネルがあると言われていた。具体的な数値の把握はできていないが、相当数のローカル局はサービス停止を余儀なくされたと聞く。また大手のMediaset5つ維持していたマルチプレックスを3つに減ずる事態になり、これまでの無料の地上波放送の代替措置の検討が急務となった。

一方のスペインでは、マルチプレックスに余裕があるというと語弊があるかもしれないが、これまではトライアルの位置付けであったウルトラHDUHD)のチャンネルを恒常化させるべく、2チャンネルあったSDチャンネルを停波し、その枠にUHDチャンネルを挿入する入れ替えを20242月に実施している。さらにスペインで放送およびメディアの今後の方向付けを長期的に規定するRoyal Decree(王室令)の議論で、2031年をターゲットにすべての地上波のチャンネルをUHD化する提案もされていると聞く。

UHDの関連で見ると、昨年夏にパリにて開催されたオリンピック、パラリンピックに合わせて開始した4K放送で、2017年前後から受信機セット側で搭載を義務付けられていながら、運用のなかった新コーデックであるHEVCAC4が運用されることは特筆すべきことと思われる。 

個人の見解として、地上波向けのライセンスの更新時期を迎える2030年前後に向けて、直近のWRC-23の採決を考慮にいれながら、スペインのように地上波の維持に重きを置きロードマップを構築するのか、IPへの移行に重点を置きロードマップを構築するのか、国ごとに注意深くフォローしていきたいところである。 

次世代放送方式「DVB-I」と「Freely」の動向

次にDVB-IFreelyについて確認する。DVB-IFreelyは共にDVB-DASHIP伝送の方式としていることは共通点であるが、チャンネルリスト、TVガイド(EPG)、コンテンツ情報といったメタデータの運用が異なる。 

① DVB-I
2022年のIBCでのイタリアの1ラウンド目のPoCProof of Concept、概念実証)のデモに始まり、毎年進化していると思われる。翌2023年にはドイツのGerman DVB-I PilotPhase1、今年はさらにアイルランドのRTE(アイルランド放送協会:公共放送)、ユーテルサットのSat.TV Connect、スペインのカタルーニャの3CATによる障がいのある視聴者が不自由なく操作を行える機能(Accessibility)提案等とDVB-Iを利用した異なるユースケースをデモとして具体的に見える形で提案できるところに至っている。

また、上記以外の国々、オーストリア、オーストラリア、ニュージーランド、ギリシャ、チェコ、ポーランドは既にテクニカルスタディ(技術研究)がスタートしており、フィンランドを皮切りにその他の北欧諸国も2025年年初から着手する計画になっている。 

a) イタリア
● 2ラウンドのPoCを経て、2023年10月に試験運用の位置付けでスタートした。本サービスではない試験運用の背景にはイタリアの規制機関であるAGCOMがDVB-Iに関する運用ルールを正式に発行していないことによる。
● 現在、45チャンネル(近々に2チャンネル追加の予定)のDVB-IによるIPチャンネルがライブに運用されている。Mediasetの4チャンネルはそれまで地上波、その他のローカル局を中心とする41チャンネルはこれまで地上波として割り当てられていたポジションにIPチャンネルを差し込んでいる。
● 年内にAGCOM主導でDVB-I の運用ルールを協議する会議が予定されており、2025年に本サービスに切り替わる方向付けがなされるかが注目される。
● 
Kineton社(イタリア)がサービスリストを運営
● 
試験運用をサポートするスマートテレビは現時点、Telefunkenブランド(ベステル製)では約40万台が市場に出回っており、そのうち約10万台が実際に使用されている。

イタリアのチャンネルポジション (P4).JPG

<イタリアのIPチャンネルポジション>

次に、2025年に試験運用を含めて開始されると見込まれる地域を紹介したい。 

b) ドイツ
● DTVP(Deutsche TV-Platform、ドイツのコンシューマーの業界団体)がGerman DVB-I Pilotとして20228月からプロジェクト開始。
● プロジェクトにはセットメーカーを始め、放送局(公共、民間)、TVオペレーターが参画(ARD/rbb, ZDF, bmt, RTL, Pro7, HD+/SES, Media Broadcast, Vodafone, Zattoo)
(※ちなみに、このプロジェクトリーダーであるレモ・フォーゲル氏が2024年9月にDVB Project の議長に就任した)
● ドイツでは衛星、ケーブルを主要視聴媒体とし、少数派ながら地上波も視聴されている点、またHbbTV を採用したハイブリッドサービスもポピュラーであることから、DVB-Iの目指すところも地上波(DVB-T2)、衛星(DVCB-S2)、ケーブル(DVB-C)を対象とし、かつ無料放送、有料サービスを想定している。このため、DRM(著作権管理)、CA (限定受信)/CI+等の要素も検討されている。
● bmt(Bayerische Medien Technik)が暫定的にサービスリストを取りまとめ、現在77チャンネルがIPチャンネルとして運用されている。

c) アイルランド
● 無料地上デジタル放送のプラットフォームであるSaorview(RTEVirgin Media TelevisoinTG4SKY)DVB-I の採用によりIPに置き換えていくこと想定。
● VODプレーヤーであるRTE Player TV番組表に取り込み、TV番組表からもVODサービスに移行できる新機能を搭載。
● 2025年初頭に小規模でのトライアルを実施し、本サービスへのスムーズな移行を施策する。

d) ユーテルサット
● ユーテルサットはフランス・パリに本拠地を置く通信用の衛星を運営する企業。欧州全域、中近東、アフリカ、アジア、南北アメリカと広くカバーしている。
● ユーテルサットは無料で提供している衛星テレビサービス(Sat.TV)DVB-IHbbTVとの組み合わせによる新たなサービス(Sat.TV Connect)2025年に開始する予定。
● DVB-Iの"Service Discovery"の機能を利用し衛星からの放送サービスの情報を取得、またコンテンツガイドのメタデータをTV番組表にフィードする手段として採用している。言語展開も含めて国ごとの異なる放送番組を、3つの衛星によりSat.TVとしてカバーしている欧州、中近東、北アフリカ/西アフリカの異なる市場に効率よく配信するのに有効な手段であると考える。

以上、DVB-Iについて個別のプロジェクトをご説明したが、本サービスの開始にあたり全般に共通する課題として、
▷規制機関によるルール化=例えば、チャンネルポジションを規定するLCN、またURLであるサービスリストをマネージするCSRCentral Service List Registry)
▷認証プロセス
等々の構築も必要であり、技術面の動向と並行して、継続して注視していきたい。 

② Freely - New Streaming platformとして
● イギリスPSBBBCITVなど)による共同運営会社Everyone TV (以下、ETV) が運営。
● 2015年からスタートした地上波とIPのハイブリッドのプラットフォームであるFreeview Playは現時点で2500万台を超えるデバイスが普及している。当初はDigital UKという共同運営会社によりスタートしたが、SKYとArqivaの2社が共同運営会社から離脱することにより、新たにETVが設立されFreely開発着手の運びとなる。
● Freeview Playが地上波とのハイブリッドであるのに対して、Freelyでは地上波がIPに置き換わっている。BBCを例にとると、BBC1HDは地上波で放送され、またコンテンツに連携するCatch upコンテンツがある場合は、カラーキーの操作でBBC iPlayerのサイトに移動する。Freelyでは、地上波で放送されていたBBC1HDがIPに置き換わり、カラーキーの操作によるiPlayerへの移動のほかに、TV番組表からも同様に移動できるようになっている。
● Freelyは2024年4月にサービスがスタートし、その時点ではイギリスのPSBであるBBC、ITV、チャンネル4およびチャンネル5の4局であったが、STV、S4Cが5月に、UKTVが9月に追加され、また直近のアナウンスでは、さらに2025年運用開始の予定でAMCNI UK、PBS America、GB News、QVCが追加され、40チャンネルを超えるLive TVがIPで配信されるプラットフォームとなる。
● メタデータはETVが運用。
● Freelyの特徴として、HbbTV のOperator Applicationのスペックを応用し、Freely OpAppを導入していることである。テレビの初期設定でFreelyを選択すると、FreelyのUXがインストールされる。このインストールによりチャンネルリスト、TVガイド、コンテンツガイドなどの元々出荷時に搭載さているUXがFreelyのUXに置き換わる。また、MiniGuide、Browser等の新機能が組み込まれており、コンテンツをいかにスムーズに見つけ出すことができるかが訴求されている。 

掲載用 Freely Menu (P7).jpg

 <Freelyのメニュー画面、ガイド画面、ミニガイド画面>

● Freely OpAppの搭載と、リモコン上にFreelyのボタンを配置すること、また共同でFreelyのマーケティング活動を実施することは、ETV社と相互契約を取り交わすことが必要となる。
● 現時点で、Freelyパートナーとして、認証プロセスを完了し市場導入しているのは以下のブランドになる。HisenseBush (ベステル製)、Toshiba (ベステル製)、SharpPanasonicAmazon Fire TVであり、2025年以降もさらなるブランドがFreely対応のスマートテレビの市場導入を予定しており、Freelyの一層の普及が見込まれる。

順不同になったが、こうしたIPへの移行に先行し、Freelyの対抗馬と見られるSKY GLASSについて簡単な説明を付け加えたい。
● 2022年10月にイギリスおよびアイルランドに参入
● チューナーを搭載しないストリーミングTV (イタリアでは衛星受信用チューナーを搭載)
● ソフトウエア・UX開発を含む商品開発から、商品の流通まで社内一貫体制(垂直統合)
● イギリスで、2027年に約650万世帯の衛星経由のサービスの契約者を全面的にIPに移行する計画を2022年に発表していたが、直近にて2029年に延期する軌道修正を発表。

あえて、DVB-IFreeview PlayそしてFreelySKY GLASSの特徴を考慮してそれぞれのポジショニングを試みると、下図のようになった。DVB-IはFreeview Playと同様にセットメーカーから出荷された商品が販売店により視聴者に販売される従来の水平分業の位置付けになるかと思われる。

掲載用 プラットフォームの位置づけ.jpg

<イギリスにおける各プラットフォームの位置付け>

"放送"が大きく変わる"2030 and beyond"

2012年にイギリスを皮切りに欧州に上陸したNetflixは、スマートテレビの普及を後押しした一方で、従来から存在する"放送"とのバランスの問題を提起するキッカケになった。

インターネット環境が整っていれば視聴でき、また有料サービスの収入によるマーケティングとコンテンツ制作への投資を循環させる新たなビジネスモデルに対して、放送インフラを抱えながら運営する放送局がいかに対峙していくか、欧州の共通の課題として長く議論されてきている。

イギリスにおいて、これまでの放送、特に公共放送であるBBCの放送について運用ルールを規定していた"Royal Charter"に置き換わる形で、"Media Act"が2024年5月に制定された。長く議論されてきたオンラインメディアのあり方についても新たに規定された。

また、コロナ禍を経て、情報の正確性、および公平性の観点から公共放送の価値があらためてハイライトされ、"プロミネンス"として盛り込まれている。タイミングおよび進捗状況は異なるが同様の法制化を含む議論は欧州でも起きている。 

AOS (Analog Switch Off=アナログ放送停波)に始まった2000年代当初からの20年を経て、"放送"がインクルーシブな社会インフラとして大きく変わろうとする"2030 and beyond"2030年以降)に向けての次の10年のスタート地点にあるかと思われ、今後もその動向を注意深く見守っていきたい。

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