「MIP LONDON 2025」初めての開催② 海外市場を意識した体制をどう構築するか

稲木せつ子
「MIP LONDON 2025」初めての開催② 海外市場を意識した体制をどう構築するか

米国のハリウッドに迫るコンテンツハブに成長したロンドンで、今年2月下旬に初開催された国際的な番組・コンテンツイベント「MIP LONDON」。前身の「MIPTV」と比べると小規模ながら2,800人近い参加者を集め、主催者の期待を超える成果を上げた。

現地リポートの1回目は大勢で積極的に売り込みをかけた日本が大いに注目されたと報告した。2回目の今回は同じアジアで大きなコンテンツパワーを持つ韓国の動きを報告したい。そのうえで、日韓が手を組んで世界にコンテンツを仕掛けていく試みがみられたことから、その将来性についても考察する(冒頭写真=サヴォイホテルの展示スペースは白手袋の給仕がティーサーブする"サロン風"だった)。

韓国は「様子見」の姿勢

MIPCOMなどの国際見本市では広い展示スペースを確保し、大勢で番組販売を展開する韓国だが、今回の参加登録は日本(76人)の約半分(41人)という少数だった。「ネットワーク中心のイベント」との触れ込みだったこともあり、展示スペースを構えたのは民放のMBCのみ。韓国コンテンツ振興院(KOCCA)もテーブル1つを確保しただけだった¹ 。MIPの関連イベントで韓国側のまとめ役を務めているサニー・キム氏によると、通常、韓国政府は初開催のイベントには大きな代表団を送らないそうだ。

放送局もその習わしに従ったのか、公共放送のKBSや民放のSBSは、開催実績のない今回のMIP LONDONへの参加を見合わせている。キム氏は「見本市とは全く違うタイプのイベントなので、韓国の放送局として、ここに大勢のセールス部隊を送り込むのはリスキーと考えたようだ。これらの放送局は、年内は香港フィルマートやMIPCOMなど他の国際コンテンツ見本市に力を注ぐことになるだろう」と付け加えた。

一方、同氏は「KOCCAは、前例にとらわれず、プロダクション8社と配給会社1社を連れて参加した」とし、これを特別な計らいと強調。さらに、「MIP LONDONでメディアパートナーや共同制作の機会を見つけるため」に韓国のコンテンツを紹介するセッションを2枠開催したと補足した。少し距離を置きながらも、国際的なマーケットでの「K-コンテンツ」の露出はしっかり行うということだろうか。この点は、日本の総務省が放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)と「JAPANセッション」を開催した戦略と通じるものがある。両者を比べると、韓国のセッションでは、コンテンツの売り込みのみならず、コンテンツパートナーを探しているとアピールする会社が数社あったのが印象的だった。

AI技術でグローバル展開目指す
韓国のプロダクション

韓国のセッションも多くの来場者が詰めかけていたが、プレゼン内容の新鮮さで目を引いたのはスタートアップの制作会社「Studio Meta-K」だった。2022年に設立されたばかり² だが、すでに韓国内の有力ディレクターとパートナー契約を交わして放送や配信など多様なプラットフォーム向けに生成AI技術を駆使したドラマのバーチャル制作(VFXを含む)やアニメコンテンツを企画・制作中だ。

また、脚本家らともパートナー契約を結び、オリジナルドラマやアニメを制作して独自のIP(知的財産)コンテンツを増やしていく予定だという。同社によると、韓流ドラマの制作費は過去3年間で3倍に増えており、俳優のデジタルダブルス(CGで描いた本人そっくりの代役)や生成AIなどを積極活用することで効率化が進んだそうだ。セッションでは、全編生成AIを使ってつくられた歴史ファンタジードラマ『Grand Master Hani Park』(写真㊦)の宣伝動画が披露され、本編(16エピソード)を制作する投資を会場のバイヤーに呼びかけていた 。

②Grand Master.jpg

動画の完成度は高く、近年VFXの表現力で力をつけつつある中国と同様に、韓国にも手ごわいライバルが生まれていることを実感したが、一番驚いたのは主演女優の「Suvi」がマルチタレントの"バーチャル・ヒューマン"である点だ。

バーチャル・ヒューマンとは、人間と見間違えるほど精巧な3DのCGで、AIエンジンを駆使してつくられる。日本でも、2018年にバーチャル・ヒューマンの「imma(イマ)」がファッションモデルとして登場し、BMWや野村ホールディングスなどの広告モデルに起用され話題になった。Studio Meta-KもAI技術をベースにして新たなIPを制作する会社だが、狙いはあくまでもコンテンツ・クリエーションにある。その一環として、若者層に支持されるバーチャルなタレントを育てている。

「Suvi」は昨年、同社のバーチャル・タレント集団の1人としてK-ポップ市場でオンラインデビューした。オリジナル曲に合わせて踊る「Suvi」のミュージックビデオはYouTubeやInstagramで好評を博した⁴ 。その後、韓国の民放MBCの番組でバーチャルの司会者役を果たし、現在進行中の企画が「Suvi」の役者デビューとなる。ただし、実際のドラマで主演を務めるのは生身の人間(ダブル=替え玉ないしは代役)らしいが、この種のタレントの育て方として興味深いし、将来的には「Suvi」などを使ったドラマも期待できそうだ⁵ 。

追記しておきたいのは、同社はKOCCA以外にも、韓国技術保証基金や同国政府の中小ベンチャー企業部など公的組織からの補助金や支援を得て事業を発展させており、日本からみると恵まれた環境にある点だ。クリエーティブ支援について、考えさせられる一例でもあった。

フォーマットを国際共同開発する醍醐味とは?

日本の国際共同制作をテーマにしたJAPANセッションのなかで、朝日放送テレビ(ABCテレビ)がシンガポールのコンテンツ制作会社「Empire of Arkadia」(EOA)と共に登壇し、日本、韓国、EOAが共同開発した音楽ゲームショー(フォーマット)『Miracle100』を紹介した(同番組については昨年のMIPCOMリポート でも紹介した)。

③ミラクル100のセッション.jpg<フォーマットを紹介するEOAのパラスカキス氏(壇上の左端)と
ABCテレビの菰生奈美氏(同左から3人目)/筆者撮影>

欧米のバイヤー向けの最大のセールスポイントは、グローバルヒット作『ザ・マスクド・シンガー(覆面歌王)』のオリジナル番組をつくった韓国のプロデューサー、ウォンウー・パク氏が開発に関わっている点だ。会場では海外のバイヤーが熱心にフォーマット紹介に耳を傾けていたが、注目のパク氏はMIP LONDONに参加しなかったため、動画での短いメッセージだけにとどまったのは少し残念だった。代わりにアジアのコンテンツ・インキュベーターとして知られるEOAのフォティニ・パラスカキス氏が国際共同開発について発言。感覚的に番組を組み立てていくアジアのクリエーターの想像力を素晴らしいとしながらも、欧米のバイヤーに売り込むには、より明確な制作意図や説明が必要だと説く。同氏は、番組(フォーマット)の構成づくりや肉づけで苦労したが、最終的によい作品ができたと振り返った。

ABCテレビ・コンテンツプロデュース局の菰生奈美氏は、音楽ゲームショーの制作にあたり、「欧米で人気があるゲーム要素⁶ だけでなく、独自のテイスト=『物語性』を膨らませた」と説明⁷ 。コンテストに参加する人たちの「思い」を深く描くことで、よりエモーショナルな番組に仕上がり、多くの視聴者の共感を得たとアピールした。

『Miracle100』は国際共同開発されたフォーマットだが、放送された日本版と韓国版ではかなり印象が異なっている。前出の韓国のキム氏に話を振ると、「フォーマットの共同開発はなかなか難しい」との反応だった。日本と韓国は視聴者のテイストが異なるうえ、それぞれが強い国内市場をもっていることがハードルを高くしているという。「詩を書くときに2人で書きますか?」とは脚本家のキャリアを持つキム氏らしい意見だ。

一方で、よいコンセプトにはユニバーサル性があるという。彼女が例に挙げたのは、テレビ朝日がMIP LONDONで披露したフォーマット『Song vs Dance』(第1回目で既報)。キム氏は「あれを米国で制作したら、かなり違ったつくりになるだろう。正しい勝者を見つけることが重要なので、バトルが見せどころ」という。しかし、日本向けにつくるなら、バラエティ特有のトーク部分が大事となり、韓国ではもっとエモーショナルな要素がいるそうだ。「出演者がプロかどうか、あるいは勝負の勝ち負けにかかわらず、参加チームの練習や指導のプロセスをとおして、エモーショナルな瞬間を全部見せる」と、会話が弾んだ。

確かに、フォーマットのエッセンスが際立っていれば、それを軸にローカライズしやすい。『Miracle100』の肝は、参加メンバーの合計年齢が100歳のチームだけが参加できるという「ユニークさ」だ。日韓それぞれのテイストで放送され、よい視聴率を得たということは、作品の"アダプタビリティ(適応性)"の高さを示しているのだろう。国際共同開発の醍醐味のひとつは、違いのなかからユニバーサル性を見つけることかもしれない。その一方で、放送局として、開発段階でどこまで海外を意識した制作ができるのか、今後の課題も見えたように感じた。

公的支援で業界全体の底上げを

日本の民放は、地上波による広告収入減を補完する新たな収入源として海外ビジネスに積極的に取り組むようになった。具体的には、各局が深夜のドラマ枠を増やして自前のIPづくりに力を入れているほか、海外販売を意識した新番組(フォーマット)のパイロット版を単発で深夜や週末昼帯に放送し、フォーマットの詳細(バイブル)の作成や宣伝動画づくりに役立てている。

その一方で、放送での視聴率も度外視できないことから、多くの作品は日本の視聴者のテイストや期待を意識した演出でつくられる。開発ジャンルで言えば、海外で大ヒットしたタレントショー(歌謡コンテスト)やお見合い(デート)番組のフォーマット開発が日本の放送局では実に少ない。もちろん、それが「日本コンテンツのユニークさ」につながってもいるのだが、冒険をしない欧米などのバイヤーに対する売り込みで、いまひとつアピールに欠ける理由ともなっている。別の言い方をすれば、売り込み先の市場のニーズにもっと寄り添っていく必要があるのではないかということだ。

しかし、海外市場への売り込みを最優先にしたコンテンツづくりの体制を放送局が整えるには組織内のハードルがある。MIP LONDONで発表に参加した放送局の方々にじっくり話を聞いてみると、海外市場向けのコンテンツ開発のための人員や予算のやりくりが大変だという。制作から番組販売担当まで、他部署と兼務をしているケースもあり、開発や商談のフォローアップに十分な時間が割けないという実情があるようだ。また、局によっては時間をかけてビジネスを育てる余力も不足気味で、開発担当は大きな投資決裁を上層部にしてもらった場合、その成果がすぐにでないことへの不安や焦りも感じているようだ。

当然ながら、放送局の間にも戦略や会社規模などで違いがあるのだが、全体のレベルアップを目指すのであれば、より公的な形での人材や能力(またはスキル)の育成を図り、業界の底上げをすることも必要ではないかと感じた。生の情報をどう収集し、プッシュするかなどもスキルのひとつとなる。ネットワーキング中心のイベントMIP LONDONでは、各自が長年培ってきた人脈がビジネス開拓で役立つが、こうした場は日本だけでなくアジア勢には苦手とされている。

④MIP LONDONネットワーキング.jpg<展示中心の見本市とは雰囲気が異なるMIP LONDONでの懇親会>

この点について、現地でJAPANセッションの開催に立ち会っていた総務省・情報流通行政局放送コンテンツ海外流通推進室の増谷瞭国際係長に話を聞いた。増谷氏は、個人的な考えと前置いたうえで、「人材育成では、息の長い支援が必要と感じている」と述べ、引き続きBEAJや民放連と連携していきたいとの考えを示した。総務省としてもコンテンツの海外展開に関する情報を提供する予算を本年度に確保しており(関連記事)、調査結果を同省のサイトなどで公表する予定だという。

また、各省が個別に展開するコンテンツ制作・販売支援の今後の方向性について、「コンテンツはやっぱりひとつで見ないといけないだろう」との考えを示し、昨夏にコンテンツ産業官民協議会が立ち上がり(既報 )、総務、文科、経産の各省などからの支援体制を包括的に検討する場ができたことを挙げた。助成についても「単年度予算では支援しづらい面があるので、基金をつくってそれを活用する方法もあるのでは」とし、「文科省と経産省が来年度からクリエーター基金を作るという話もあり、新しい流れができつつある」との見方⁸ を示した。

増谷氏は、MIP LONDONでのJAPANセッションが大入りだったことは日本にとってひとつの収穫だったとし、今後「日本勢がチームを組んで闘う場面がもっとあってもいいのでは」と述べ、韓国からは制作会社ベースの売り込みが多かったことを参考に、今後は日本の制作会社がイベントに参加する形もあるのではと感想を述べていた。さまざまな角度から日本のコンテンツ産業への支援のあり方が検討されており、早期の実施が待たれるところだ。また、それらの実効性についても期待したい。

次回の現地リポート最終回では、ノウハウの蓄積が成果を生み出している放送局の動きに触れつつ全体を総括するとともに、今回紹介しきれなかった韓国の支援情報にも触れる予定だ。

(第3回につづく)


¹ KOCCAは韓国のセッションに登壇したAIコンテンツの制作会社Studio Meta-KやSTUDIO CRなどの商談用に共有商談スペース(テーブル1つ)を提供していた。

² 米国でVFXのプロデューサー経験を持つCEOに、Disney+や韓国放送局向けのドラマや映画制作の実績がある演出家2人が共同創立者となっている。

³   Studio Meta-Kは2024年11月にグローバル投資家やバイヤーに企画を売り込むU-KNOCK 2024 in Las Vegas(KOCCA支援イベント)でも、同作品の投資を呼びかけていた。

⁴   オリジナル曲「SUNCREAM」はYouTubeで15万回再生されている。

⁵   ドラマ制作などでのAIの導入は米ハリウッドで脚本家や役者がストライキを起こしたほど取り扱いが難しい課題だが、俳優のデジタルダブルスは了解のうえでなら受け入れられる土壌があるようだ。逆にバーチャル・ヒューマンのドラマであればアニメと扱いは同じとなる。

⁶   出演グループのメンバー同士のつながり(家族、職場の同僚など)を予想するゲーム要素と、歌の競演そのものがゲーム的な要素となる。

⁷   毎年加齢するので、同じメンバーで翌年もゲームに参加することは不可能。今だから成立する「希少性」を深掘りしたという。

⁸   基金活用について増谷氏は、過去に基金の不適正な利用事例もあったとも指摘しており、「外(納税者)の視点というのはまた違ったりするのではないか」とも述べている。基金を熱望する側の利用責任(アカウンタビリティ)を期待する発言でもあった。

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