【核心インタビュー】地元局サンテレビは兵庫県知事選挙にどう向き合ったのか

編集広報部
【核心インタビュー】地元局サンテレビは兵庫県知事選挙にどう向き合ったのか

2024年11月の兵庫県知事選挙は、元県民局長の文書による告発に端を発し、兵庫県議会が知事の不信任を全会一致で決議、知事は議会を解散せず、自動失職したため行われた。11月17日の投開票の結果、斎藤元彦・前知事が再選した。同選挙について、サンテレビジョン(以下、サンテレビ)社会報道部デスクで、県知事選の開票特番『キャッチ+ 兵庫県知事選スペシャル』(=冒頭画像)のプロデューサーを務めた政田謙次氏にインタビューを行った。


――昨年11月の兵庫県知事選を振り返っていかがでしょうか
当社にとっても過去に経験のない、注目度の高い選挙でした。前回2021年の知事選は当時過去最多の5人が立候補しましたが、今回はそれをさらに上回る7人が立候補した点と、何より前知事が議会から不信任決議を受けて失職しての"出直し選挙"という経緯からして前代未聞でした。また、選挙期間中にはSNS上では真偽不明なものを含め、さまざまな情報が飛び交いました。これも前例のない事態でした。世の中の混乱と熱狂を感じた選挙でした。

――知事選の取材はどのような態勢で対応されたのでしょうか。また、他の報道機関などとの協力はありましたか
社会報道部が一丸となって事前の取材から投開票特番まで、外部の派遣記者を含めて18人で分担して行いました。デスク業務を5人が担い、そのうち2人は記者を兼務しました。政見放送も編成部と共に社会報道部で対応して、部長や局長立ち会いの下、当社のスタジオで収録しました。

他社との協力としては、10月20日に神戸新聞社との共催で立候補予定者の討論会を当社のスタジオで実施しました。期日までに立候補を正式に表明していた6人によるもので(うち2人はその後立候補を取りやめ)、収録は2時間以上に及びました。その模様はダイジェスト版として翌21日に平日の帯番組『NEWS×情報キャッチ+』(月~金、17:05~18:00)で放送しました。フルバージョンは当社のYouTube公式チャンネルで10月30日までの10日間、配信を行い29万回以上再生されました。

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<立候補予定者の討論会>

前回21年の知事選の際の討論会は、神戸新聞社の主催でしたが、今回は当社から声をかけて共催で実施しました。当社が首長候補者の討論会を行うのは40年ぶり、神戸新聞社との共催は初めてでした。

――知事選の告示日まではどのような報道をしていましたか
議会の不信任決議を受けて斎藤元彦知事が失職した9月末から告示日の10月31日までは、衆院選と時期が重なりましたので、部員総動員で役割を分担しながら、衆院選と知事選の取材にあたりました。知事選の立候補意向表明などに応じ、どの立候補予定者の発表も漏れなく扱い、その時点で他に表明している人がいれば、付け加える形で可能な限り平等に、公平性を保つよう報じました。

今回の選挙の発端となったと言える元県民局長によるいわゆる"文書問題"について、当社としては慎重に、そして冷静に報じようと努めてきました。例えば、文書にある「おねだり」という表現は他のメディアでは見出しなどでよく使われていましたが、当社のニュースでは「贈答品の受領」という言葉を使うようにしていました。また、それをもってすぐに「収賄罪にあたる」というような扱い方はせずに、授受の事実関係を取材して報じました。プロ野球優勝パレードの担当課長が亡くなっていたことが判明した際も、「3カ月公表されず」といった見出しで報じているメディアがありました。その理由については遺族の意向を受けてのことだと弁護士への取材などで情報を得ていましたので、県に悪意があって意図的に公表していなかったような表現は違うのではないかと考え、そうした見出しでは報じませんでした。

元県民局長が作成・配布した文書の内容は、現在も真偽を確認中という中で、各社の報道でも臆測を助長するような表現が散見されていました。私も取材の中で、政治的な意図を持った動きも見聞きしました。こうした状況への危機感から、7月の時点で同僚部員に対して注意喚起し、「事実を冷静に見極めて報じていくことが肝心で、臆測を助長するような表現や、見出しについては注意していこう」と呼びかけました。

「おねだり」や「パワハラ」を中心に、他局の報道量が増える中で、引きずられた部分もなきにしもあらずだと思います。しかし、当社としては伝えるべきことは淡々と、いつもと変わりなく、ストレートニュースや夕方の情報番組で、事の経緯が分かるように伝えてきました。

――兵庫県はサンテレビの株主であり、副知事が非常勤役員を務めていました。県に対して気を使うことはあるのでしょうか
全くありません。報道の自主、自律の姿勢を守り、公平に伝えています。例えば、県の公益通報の窓口の委員が副知事であったことで、公益通報しにくいのではないかという問題がありましたが、そうしたことも報じています。

――選挙期間に入ってからの報道は
11月11~15日までの5日間に、各候補者の選挙戦特集を放送しました。1つの項目に対して7候補者が答える特集の組み方もありますが、候補者ごとに扱う方が分かりやすいと考え、4人(放送日順に清水貴之氏、稲村和美氏、斎藤元彦氏、大沢芳清氏)を1日ずつ、3人(福本繁幸氏、立花孝志氏、木島洋嗣氏)は1日にまとめてそれぞれ届け出順に放送しました。候補者の主張や政策を主にしつつ、人柄が分かるシーンを含めて取材し、まとめるスタイルはこれまでの大型選挙でも継続してきた取り組みです。SNSでの報道については、放送してウェブサイトに掲載した記事のリンクを投稿しましたが、SNS単独での報道はしていません。

1日ずつ扱った4人と1日にまとめた3人の扱いは、判断が難しいところではありましたが、政党の支援や推薦を受けていること、知事選以前に出馬していた選挙での得票数の実績や本人が当選を目的としていない旨を表明していることなどを踏まえて判断しました。

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<JR神戸駅前で演説する斎藤元彦氏>

また、SNS上でさまざまな情報が出回っていることに注意を払いました。情報が氾濫し、何が事実で、何がデマなのかが分からない状態になっていました。当社内でも記者としての経験値に差があることに加えて、SNS上で触れる情報は記者によってさまざまなので、それをどう受け止め、咀嚼するかは難しいです。立花氏が主張の軸とした、元県民局長の公用PC内にあるプライベートな情報について、「マスコミはなぜ報道しないのか」という声も増え、マスメディアへの不信感が醸成されていきました。そうした中で、当社の記者でもSNS上の真偽不明な情報に引きずられる懸念もありました。同僚の記者からは「メディアへの不信感につながっている理由は何なのか、私たちは必要な情報を報じられているのか。どうすべきなのか」といった声が上がり、有志メンバーによるミーティングを開いて話し合いました。そして、あらためて事実ベースで確認できたことのみを報じていくことと、見解が分かれるものについては両論併記する基本方針を共有しました。これらの話し合った内容については、局長らと協議の上、会社見解としてまとめ、全部員にも共有されました。社としての見解をまとめたのは1997年の神戸連続児童殺傷事件以来だったと聞いています。現場間でコミュニケーションを取りながら取材や確認を進め、地元局として事実を伝えていくことがぶれないようにしました。

――11月17日の投開票日に開票特番『キャッチ+ 兵庫県知事選スペシャル』を放送しました
前例のない選挙戦となったことから、特番についても工夫を凝らしました。放送枠の設定は19時55分~21時55分としていましたが、当選確実の情報が出て、候補者へのインタビューが成立するまで延長すると決めていました。接戦が見込まれていたため、最大放送時間が4時間半~5時間になった場合も想定して、進行台本も2パターン用意し、ディレクターとともに準備しました。スタジオのゲストには、神戸市出身でジャーナリストの堀潤氏、弁護士の小坂祥子氏、兵庫県職員・兵庫県議を経て豊岡市長を5期務めた中貝宗治氏、Z世代の若者として、学生起業家で兵庫県立大学4年の男子学生を招きました。老若男女、多様な視点と意見を番組に反映させようと意識しました。

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<開票特番『キャッチ+ 兵庫県知事選スペシャル』の出演者>

また、文書問題の経緯の詳細や県の事情が分からない県外の人よりも、県民目線を大切にしたいというディレクターの意見も反映させました。特番はYouTubeでライブ配信しました。

20時の段階で斎藤氏に当選確実の情報を出しましたが、陣営が他メディアの当確情報を待つという姿勢を一時見せたため、斎藤氏が事務所に姿を見せたのが22時ごろとなり、番組は当初の2時間枠を30分延長しました。

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<当選確実を受け、選挙事務所であいさつする斎藤元彦氏>

また、先ほど述べた元県民局長のプライベートな情報を報道しなかったことについては、特番内で解説を担当した当社の藤岡勇貴キャスターが「告発文書の中身と、この(元県民局長の)プライバシーの情報というのは、まったく別の問題で切り分けて考える必要がある。そして、遺族らの名誉を傷つける恐れがあるというのが、サンテレビとしての判断です。(略)今回、立花氏の演説やポスターの中で、(元県民局長の)犯罪の疑いを示唆する発言、文字がありました。サンテレビとしてはそのような証拠は、現時点で把握はしていないというのが現状です」と当社見解を説明しました。

――特番では藤岡キャスターが「私たちにも反省はあるというのは言えると思います」と述べたことがネットニュースで報じられました
解説を担当した藤岡キャスターが「『職員が亡くなったイコール斎藤氏が原因』という印象を持ってしまうような報道の仕方をしてしまったという反省もあると思います」などと、メディアとしての反省を述べました。

当社としては一連の報道において注意を払ってきましたが、至らなかった点はあると感じています。平日のニュース・情報番組内ではゲストのコメンテーターが感想を述べることもありましたが、その意見が偏ったものだったとすれば、それは私たちが提供する情報が一面的なものになってしまっていたことによるものだとも考えられます。公平・公正に努めていたとしても、人間が携わる以上、完璧というものは難しく、複数人で取り組む中で、バランスを一部欠くことがあるのも実態だと思います。

当社はパワハラ疑惑については取り上げたものの、贈答品の受領について「おねだり」という表現ではほとんど扱っていません。インパクトがあり視聴率を取れるかもしれませんが、当社は地味でも淡々と伝えることを大事にしているので、皆もどかしい気持ちを抱いていたかもしれません。特番での藤岡キャスターの発言は、個人として述べたものではなく、社会報道部として述べたものであり、特番中の発言での「私たち」は「パワハラ」「おねだり」という表現が独り歩きしたメディア全体を意図したものでもありました。

なお、特番のMCは当社の榎木麻衣アナウンサーが担当し、藤岡キャスターは『NEWS×情報キャッチ+』でキャスターを務めながら、現場の取材も行っていることから、内容の解説や、ものごとの見方について発言する役割を担う"解説"という立場での出演でした。そのため、こうした内容を述べたということです。

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<サンテレビの藤岡勇貴キャスター(解説担当)㊧と榎木麻衣アナウンサー(MC)㊨>

――特番の反響は
賛否両方の多くの意見が寄せられました。放送中から翌日までにメールと電話を合わせて約200件ありました。批判的な感想の中には「偏った報道内容だ」「今さら文書問題を取り上げてどうする」「偏向報道だ」という声もありました。中立的な報道に努めてきましたが、視聴者からのこうした声については真摯に受けとめる必要があると思っています。

また、YouTubeのライブ配信でコメント欄を設けていました。配信を担当した部署によると「出演者へのヘイト発言、ガイドライン違反と思われる書き込みについては適宜チャットのミュート対応を行った」ということですが、これに対する声も寄せられました。そもそもコメント欄を閉めていた方がよかったのか、オープンで野放しでよかったのか。今回は開いたうえで削除する対応を行いましたが、難しい問題であったと思います。

兵庫県知事選の特番は、当社の開票特番としては過去最高の視聴率となりました。当社だけが地上波で特番を放送していたことも要因に挙げられますが、あらためて注目度の高さがうかがえました。それと同時に、私たちに課せられている期待と役割を感じました。番組に対して厳しい意見をいただくということは、前向きに捉えれば、叱咤激励、期待の裏返しと受け止めることもできます。「あんたたち、しっかりしてや!頼むで」というメッセージとして捉え、姿勢を正していかなければいけないと思います。

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<知事選投開票日(11月17日)の斎藤元彦氏の選挙事務所前>

――今後に向けては
今回の兵庫県知事選では、視聴者が「真実を知りたい」と強く思っていることと、報道に対して「公平・公正」「フェアであること」を厳しく求めていることがあらためて表面化したと感じています。そうした中で、放送メディアはいま一度、取材のあり方や、報じ方を見つめ直さなければならないと思います。臆測を助長するような表現を避け、裏付けの取れた確実な情報を伝える。一方的ではなく、多角的な視点で取材して伝える原点に立ち戻らなければ、視聴者はメディアを信頼してくれません。

また、公示・告示後にテレビは選挙報道が減るという指摘を受けます。当社は投票日直前の5日間に各候補者の選挙戦特集を放送するなど、告示後も適宜報じました。SNS上での情報量が増えてきているので、さらに選挙報道に力を入れていく必要があると思います。もう一つは、これまで公益通報の問題、元県民局長のプライバシーの問題など、真偽が分からないものについての取材過程をあまり説明してきませんでした。今後は、丁寧に「われわれはここまで分かっている」「これ以降は分からない」「このような取材をしている」と取材過程も報道していく必要もあると思います。これが信頼につながるはずです。

メディアに携わる一人として、視聴者からの信頼が最も大切だと考えています。信頼を得るには、きちんとした取材活動をするしかありません。放送基準に則ることも、ネットメディアとの違いだと考えています。私たちは地域の独立局として、「さすが地元のメディアだ」と言ってもらえるような姿勢を大切にして、派手さはないかもしれませんが、地に足のついた取材と報道に努めていきたいと考えています。

(2024年12月16日、サンテレビ本社にて/取材・構成=「民放online」編集長・松尾真一、同編集担当・松浦寛斗)


【編集広報部注】
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