民放onlineはあらためて「人権」を考えるシリーズを展開中です。憲法学、差別表現、ビジネス上の課題、ハラスメントの訴えがあったときの企業としての対応、などを取り上げてきました。14回目は、テレビ朝日の新堀仁子さんに、人権デュー・デリジェンスや相談窓口など、人権を尊重する意識を高める取り組みについてご紹介いただきました。(編集広報部)
「人権が他人事の企業は一社もない」
「うちの業界は特殊だから、ではなく、他の業界ができていることはうちもできる」
テレビ朝日グループでは、2025年10月23日に社内人権セミナーを開催し「マネージャー層に求められる人権意識」をテーマに学んだ。人権デュー・デリジェンス(人権DD)を2024年から2年続けて伴走してもらっているオウルズコンサルティンググループの矢守亜夕美執行役員から、2024年のテレビ朝日の人権DDの結果を踏まえて、実践的な講義をしていただいた。矢守氏によれば、グローバル展開している製造業などと比べると放送局は、一段遅れを取っていたことは否めないが、旧ジャニーズ事務所の問題、フジテレビの問題を経て、一気に追いついてきているとのことだった。そのお話に勇気づけられる一方で、冒頭の矢守氏の言葉は、放送局は他業界とは違うのではないか、という意識がどこかに依然として残っている私たちに対して、強いメッセージとなった。

<オウルズコンサルティンググループ・矢守亜夕美氏㊧、筆者㊨>
人権DDスタートまで
こうした人権尊重を意識した社内での活動は、人権DDを行うための下準備を2023年の下半期から開始したほか、同年11月に当社の放送番組審議会委員でもある野口聡一宇宙飛行士に「究極の仕事術」として、考え方やバックグラウンドの違う人たちとチームを作ってどう仕事をしていけば良いか、特別講義をしていただくなど、小さな歩みとして少しずつ始まっていた。
<テレビ朝日番組審議会委員・野口聡一宇宙飛行士が講演>
本格的にスタートしたのは2024年2月。まずグループの人権方針を策定して公表した。この中で「国際人権章典」や「労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言」などの人権に関する国際規範を支持、尊重し、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいて事業を進めていくことや、個人の尊厳や人格を傷つけるあらゆるハラスメント行為を認めないことを宣言した。この人権方針は、コーポレートガバナンス・コード(東京証券取引所)の改定に合わせて社外の有識者の方々の意見も伺いながら準備していた中で、旧ジャニーズ事務所の問題が起きたこともふまえて、社内で議論を重ねて作り上げた。また、このタイミングにあわせて、番組制作上の注意点などをまとめた「放送ハンドブック」も改訂し、人権の項目を大幅に加筆するなどして現場にも意識の向上を促した。
人権DDで初の大規模調査
そして、人権方針を基に人権DDを実施すべく、2024年4月には人事局・経営戦略局・コンプライアンス統括室(当時)のメンバーを中心とする社内横断の「人権DDチーム」を発足させた。同年7月には「人権相談窓口」を設置し、社外の方からの人権に関する相談の受付も開始し、9月には、前述のオウルズコンサルティンググループによる、人権リスクの特定のためのテレビ朝日の全役員・職員を対象とするアンケート、および危機管理に関連する12部門の管理職等へのヒアリングが実施された。これまでも内部監査等で、ハラスメントなどをテーマにアンケートやヒアリングは定期的に実施しているが、働き方から、ビジネスパートナーとの関係、番組の内容や表現をめぐるトラブル、契約や知財関連のリスクまでをこのように幅広く、まとめて調査をしたことはなく、かつ外部のコンサルタントが第三者的な視点で行う初めての試みであった。その結果として、パワハラやセクハラなどのハラスメント行為や性別などに基づく差別的な発言・態度、あるいは長時間労働など、いくつかの具体的な重要人権リスクが指摘された。
こうしたリスクへの対応策として、社内で働く社外スタッフや制作会社、出演者等も利用しやすい社外相談窓口を2025年4月から稼働させているほか、出演者控室などにもポスターを掲示するなどして相談窓口の周知徹底を図ることや、冒頭に紹介した、特に人権意識を高めてほしいマネージャー層への研修なども行っている。また、2025年度には、テレビ朝日の全役員・職員だけでなく、グループ会社へのアンケートも行っており、人権DDの活動としては、今後も調査の対象を広げて続けていく方針だ。人権DDは継続してやり続けることに意義があると、多くの専門家からアドバイスをいただいている。人権セミナーもすでにこれまでに3回実施していて、今後も定期的に続けていく予定である。
相談窓口の難しさ
「人を大切にするコンプライアンス」を目指して
テレビ朝日グループには従来「コンプライアンス統括局ホットライン」「人事局ホットライン」「外部窓口(弁護士が一次受付)」の3つの相談窓口があったが、前述のとおり、昨2024年7月には「人権相談窓口」、また2025年4月には専門の業者による「社外相談窓口」を増設した。当然のことだが、窓口が増えたことで、相談も増えている。だが対応する人員は増えているわけではない。部長含め4人の担当者たちは、常にフル稼働で複数案件の相談を抱えながら、1件1件丁寧に対応するよう心を砕いている。みな相談員研修を受けてはいるが決してプロではない。それでも「せっかく勇気をもって相談に来てくれた人をがっかりさせてはいけない」「相談して良かったと思ってほしい」などという思いで頑張っている。一番つらいのは守秘義務、公益通報者保護法や社内規程もあって、部内の一部や契約している弁護士にしか相談できないこと。人権問題への対応策として相談窓口は作るべきであるし、また窓口を増やすことは重要であるが、実際のオペレーションは大変な苦労を伴うものだと痛感している。
「人を大切にするコンプライアンス」ということを、常に肝に銘じながら、できることと言えば、ただひたすら誠実に相談者と向き合って、完全とはいかないまでも、少しでも相談した人の納得感が得られるよう努める――これだけである。
カスタマー・ハラスメント対策について
フジテレビの第三者委員会の報告書には「カスタマー・ハラスメント」と明白に書かれていた。ついに放送業界でも‼ と報告書を読んで素直に驚いた。私は1991年入社だが、放送局の、特に現場においては、出演者優先、取材先や得意先が優先という考え方が、長年の慣習として厳然とあり、かつてはスタッフや社員への安全配慮義務についてあまり深刻に捉えることがなかったと思っている。会食や飲み会の席、特に業務とプライベートの境界線に位置するものでもあり、会社というよりは主に個々の判断に委ねられてきたように思う。
しかし「人を大切にする」というのは、まずは身内であるスタッフ、社員、一緒に働く人たちの心身の健康を保つことであるということが、ようやくクローズアップされることになったことは本当に大きな前進だと思う。テレビ朝日グループでは、2025年7月に「カスタマー・ハラスメントや誹謗中傷への対応方針 ~テレビ朝日で働く人を守るために~」を策定して公表した。カスタマー・ハラスメントを決して許さない姿勢を明白に打ち出すことで、最初の一歩を踏み出した形である。
終わりに
テレビ朝日では毎年春に「コンプライアンス ハンドブック」(=冒頭画像)を発行しているが、2025年はテーマが「人権」だった。この冊子については社内の各部署のコンプライアンスリーダーとグループ会社のコンプライアンス担当者への勉強会が行われ、社内の全部署で、コンプライアンスリーダーによる研修も実施された。
また、初の試みだったが、ネットワーク局主導で系列24社のオンライン講習会も行われて好評だった。こうした地道な活動も、人権を尊重する意識を高める一助になっていると感じる。最近、系列局の担当者から「人権DDをやらなければいけないことは分かっているが、予算もなく人手もない中どうすればよいか」という質問が来るようになった。これについては「まずは社内アンケートをやってみるなど、とにかくできることからやってみてください」とお伝えするようにしている。人権問題への対応策に終わりはないし、正解につながる方程式もないが、これからもできることを一歩一歩、進めていくしかないと、自分たちにも常に言い聞かせている。

