▽ 高市首相の"YouTubeジャック"
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高市首相の"YouTubeジャック"
高市早苗首相のネット地盤の強さは、就任直後から際立っていた。選挙ドットコムの分析によれば、2025年10月の高市首相就任直後の時点で、YouTubeで「高市早苗」に言及した動画の再生回数は「自民党」に言及したそれの数倍に達していた。かつ、それらの動画の大半は高市氏に対してポジティブに言及する内容だった。
再生回数が稼げる話題には「切り抜き職人」などの動画制作者が群がり、さらに関連する新たな動画を創り出す。こうしてポジティブな内容の動画が大量に投稿され、再生される状況が続くと、それを受け取る側の有権者にも大きな影響を与える。
<図表1. テレビ視聴層とYouTube視聴層における好感度比較>
2025年12月に選挙ドットコムとJX通信社が実施した調査(ネットで全国の有権者1,356人が回答)によれば、高市氏について「とても好感が持てる」とした人は23%だった。これを政治や社会の情報収集に利用している媒体ごとに絞って見ると、YouTubeを使っている層では39%と、全体を大きく上回った。一方、テレビを使っている層では22%に留まっており、全体並みだった(=図表1)。2025年暮れの時点で、既に高市氏の好感度はテレビよりもYouTube視聴層の方がかなり高いことが分かる。高市氏は就任当初からマスコミ由来の認知や支持よりも「ネット地盤」が強い、初めての首相と言っていいだろう。
つまり、選挙よりも前の時点で、ネット・SNS中心の情報空間には既に高市氏にポジティブな評価が溢れる素地があった。その中で行われたのが今回の衆院解散総選挙(2026年2月8日投開票)だったわけだ。その点では、今振り返ってみれば高市氏のYouTubeジャックは起きるべくして起きたとも言えそうだ。
他の全政党を含めてもこの1人の政治家の「YouTubeジャック」にはかなわない。2024年の東京都知事選挙でダークホースだった石丸伸二氏が蓮舫氏を抜いて2位に躍り出た「石丸現象」以来、国民民主党の玉木雄一郎代表、参政党の神谷宗幣代表といったネット地盤の勢いで突き抜けた支持の伸長を見せる政治家が相次いだが、高市氏は総理大臣だけに、その規模感は彼らの比にならないほどだった。
情報空間における「情報の総量」と「切り抜き動画」
かくして自民党は大勝し、1党で316議席と戦後最大の議席数を得た。比例代表でも、現行選挙制度導入以降の最高値である2005年の小泉政権下の郵政解散に次ぐ高い得票率を記録した。
一方で、興味深かったのは、政治キャリアの長い与野党の候補者や選挙を取材する多くの記者から「小泉郵政解散の時と違い、さほど盛り上がりを感じなかった」という趣旨のコメントが多く聞かれたことだ。惨敗した中道改革連合(以下、中道)のある候補者も選挙期間中、筆者に「自分のところの反応はとても良い」「高市人気の雰囲気は感じない」などと語っていた。こうした感覚的な意見にも、実は小泉政権時代とのメディア接触の状況の違いが表出しているのではないだろうか。
かつては、政治や選挙に関する情報流通の大半はテレビ、新聞をはじめとするマスメディアを起点としていた。いわばマスメディア中心の情報空間しかなかったと言ってもいい。テレビ局、新聞社といった限られた発信者が1億人に同じ情報を発信する構造だから、視聴者・読者の側が触れる情報の総量が少なかった。
だが、今は「誰もが発信する時代」に変わった。したがって、発信される情報の総量が往事とは桁違いに多い。前出の選挙ドットコムの分析でも、衆院選に関連して再生された動画の8割超は、政党の公式動画でも候補者自身の動画でもなく、切り抜き動画などのサードパーティ作の動画だったという。それら膨大なコンテンツを、YouTubeなど各プラットフォームのアルゴリズムが個人の関心に合わせて選別することで、一人ひとりが全く違った種類の情報と接触しているのだ。
これでは「盛り上がり」は共有しようがない。人々のスマホのフィードをのぞかない限り、その人がどんな「雰囲気」の中にいるかも分からない。メディアシフトの進展で、街の雰囲気で選挙の情勢を把握できるような時代ではなくなったのだろう。
こうした情報空間の状況と「高市首相か否か」という争点設定は絶妙にマッチした。選挙までの期間の短さもあり、高市氏の人柄をポジティブに取り上げる切り抜き動画が高市自民党を選ぶ有権者の判断に強く働きかけた格好だ。選挙期間中、1週間あまりで1.5億回以上とジャスティン・ビーバー並みに再生された自民党の公式動画が「広告費を使い過ぎではないか」と問題視されたが、衆院選関連動画の総再生回数28億回(選挙ドットコム調べ)に占める割合は微々たるものだ。切り抜き職人たちの影響力がマスメディアに匹敵するかそれを凌駕したと言ってもいい。
立憲民主党支持層の"溶解"
無論「こんなはずではなかった」というのが、公明党とともに中道を立ち上げた立憲民主党出身の野田佳彦前共同代表や安住淳前共同幹事長らの思いだろう。この劇的な選挙結果は、高市人気だけでは説明しきれない。比例代表の得票では小泉郵政選挙を下回っているにもかかわらず、自民党が結党以降最大の議席数を得た背景には、中道に向かうと思われた基礎票、とりわけ立憲民主党支持層の溶解が大きく影響したことがあげられる。

<図表2. 衆院選2026「事前のイメージ」と「実際に起きたこと」>
当初、筆者を含め政治や選挙を分析する多くの人が注目していたのは、公明票の動向だった。自公連立が解消されたことで、小選挙区で1選挙区あたり2万票程度あるとされる公明票が自民から野党側に移動する「公明シフト」が生じる。野田氏や安住氏が期待したのも、その公明シフトの恩恵を立憲に上乗せすることだったと言えよう。
だが、中道の結党後現実に起きたのは「公明シフト」を完全に打ち消す立憲支持層の離反だった(=図表2)。

<図表3. 前回参院選で立憲・公明にそれぞれ投票した層の衆院選比例投票先>
中道結党直後の2026年1月17日〜18日に実施した選挙ドットコムとJX通信社の全国調査によれば、2025年の参院選で立憲に投票した層のうち、今回の衆院選の比例代表で中道に投票するとした割合は62.2%だった。この数値はその後さらに上昇することが予想されたが、選挙戦中盤を過ぎた2月2日〜4日に実施した同じ調査では55.7%にとどまった。対照的に、参院選で公明党に投票した層では時間の経過とともに浸透が進み、最終的に8割前後の人が中道に投票したと見られる(=図表3)。
結局「公明シフト」により選挙区で接戦に持ち込んだり、あるいは逆転したりというシナリオも、土台となる立憲票が守れなければ成り立たない話だった。北海道や東北、東海など、立憲の金城湯池とも言える地域でベテラン現職が次々に落選するという事態も、立憲支持層が失われたことが大きい。
選挙情勢調査もネットシフトへ
この点をどう評価するかについては各社の情勢調査でもやや差が出たように見える。具体的には、電話調査を主体とする社が中道改革連合の議席の減少幅を少なめに予測していた半面、ネット調査を主体とした社が自民党の圧勝を早くから予測していた。社によっては議席予測の幅が最大で100議席近くに達するなどかなり広いケースが見られた。
情勢調査はこれまで、長らく電話調査で行われてきた。それもオペレーターによる人海戦術の調査から、自動音声で回答を回収するオートコールに変わってきた経緯がある。近年はそれに加えて、電話のショートメッセージを活用したり、ネットで登録モニターを対象に調査をしたりする方式が取り入れられている。
われわれJX通信社も新聞、テレビ各社から情勢調査を受託していたが、基本的にはネットを軸としながらも、電話(オートコール)を併用するハイブリッドの形をとっている。それぞれをあえて分けて見ると、今回の選挙では電話調査では中道の候補が強く出やすく、ネット調査では自民候補のリードが広がる傾向が見られた。これは、中道の支持層に占める高齢者や政治意識が強い人の割合が多いことと関係していると考えられる。そのような層は、相対的に地方に多く、電話調査にも協力しやすいからだ。
特に都市部においては、固定電話の減少や特殊詐欺への警戒から電話調査の回収効率が著しく低下しており、電話への依存度が高い調査ほど実態との乖離を招いた。今後は「ネット地盤」の強弱や勢いを正確に捉えるためにも、ネット調査を軸に据えたハイブリッド型、あるいはネット中心の調査手法へと移行せざるを得ないだろう。
政治報道、選挙報道の再考を
今回の選挙結果は、日本の政治報道、選挙報道のあり方に根本的な再考を迫っている。これまでの選挙報道は、長らく平時の政治報道の延長で「永田町の内側」の論理や争点を追いかけてきた節がある。だが、それが有権者の関心や争点の認識とズレが生じると、そのズレを埋める情報発信が有権者の側から行われて、ネット・SNSの情報空間を支配していく。そんなマスコミの争点設定の無効化がまたもや繰り返されたように見える。筆者を含め、政治報道や選挙報道に関わる報道人がこの現実と正面から向き合っていくことが求められている。
「民意」を正確に捉えて、可視化していく。筆者が多用する調査結果のデータを活用した細かな解説もその一つの手段だ。こうした営みを通じて「あなたのことは分かっている」「あなたの声は届いている」というメッセージを有権者に明確に伝えていくことで、争点や政策、政局についての情報提供を受け入れてもらう入口を作っていく。言い換えれば、ネット中心の情報接触をしている視聴者の「認知的不協和」を呼び起こさずに、正確な情報提供や権力監視の役割を果たしていくことが重要になっている。
方法論は一つではない。さまざまな試行錯誤を通じて有権者の要請と報道姿勢のズレを解消し、ネット中心の情報接触をしている視聴者との「対話」を成立させることで、事実を公平・公正に伝えるマスコミの選挙報道の真価を伝え、認め直してもらうこと。これが当面、政治報道・選挙報道全体でクリアすべき課題になるだろう。

