30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。第28回は、熊本県民テレビの豊嶋友里花さんです。ディレクターとして担当する『くりぃむしちゅーの熊本どぎゃん!?』(金、19:00~19:56、TVerでも見逃し配信中)は、2024年4月から放送を開始し熊本出身のくりぃむしちゅーが東京に自慢できるモノ・場所を発掘するゴールデン帯のローカルバラエティ番組。番組制作の裏側や感じる手応え、テレビ局でのやりがいを語っていただきました。(編集広報部)
2025年秋、熊本市の中心部に、これまで見たこともない大行列ができました。
その先にあったのは、湯気を立てるアツアツのラーメン。
夜明け前から並ぶ人の中には、東京や沖縄から来た人の姿もありました。
くりぃむしちゅーの有田哲平さんがふるさと熊本で開催した「有田ラーメンフェス」(=冒頭写真)。
熊本はもちろん、ラーメン業界からも注目を集めたまさに"伝説級"のイベントとなりました。
このイベントを生み出したのが、私が現在担当している番組『くりぃむしちゅーの熊本どぎゃん⁉』(以下、『熊本どぎゃん!?』)です。
自分の作ったものは、届いているのか
2000年生まれ、熊本のごく一般的な家庭で育った私は、幼い頃からテレビのバラエティ番組に夢中でした。
『はねるのトびら』『ピカルの定理』『学校へ行こう!』『SMAP×SMAP』──。
テレビを見るために夜更かししたり、前日に見た番組について友達と語り合ったり。
そうした時間も含めて、テレビは私にとって日常の一部であり、いつしかテレビ業界に憧れを抱くようになりました。
念願かなって地元局の熊本県民テレビ(以下、KKT)に入社したのが、約4年前。
最初に担当したのは、夕方の情報番組でした。
ネタを見つけて、取材をして、編集をして、10分ほどのVTR企画や生中継を、自分なりに懸命に届けているつもりでした。
しかし、身の回りで番組を見てくれていると実感できるのは、家族くらい。
友人は、番組の存在すら知らず、「自分の作ったものは、本当に誰かに届いているのか」と、虚しくなることもありました。
スマートフォンを開けば、サクッと撮影したような動画が大バズリしている。
この時代にテレビ局を選んだのは間違いだったのかもしれない──。
そんな不安が頭をよぎることもありました。
何のために番組を作るのか

「どぎゃん班に異動です」
2025年4月、当時の部長からそう告げられました。
『熊本どぎゃん⁉』は、熊本出身のお笑いコンビ・くりぃむしちゅーを起用したKKTのゴールデン番組です。
先輩たちが立ち上げた"KKTの社運をかけた看板番組"。
部長から異動を言い渡された正直な感想は、「怖い。絶対にやっていけない......」です。
なぜなら、番組プロデューサーが超スパルタだから(笑)。
そして、それまで10分程度のVTRしか作ったことがない私にとって、"超大御所タレントのくりぃむしちゅーを起用した1時間のゴールデン番組"は、あまりにも未知の世界でした。
『熊本どぎゃん⁉』は、くりぃむしちゅーの2人がふるさとを巡るという一見ゆるい番組ですが、ネタ選びからナレーションの文言、テロップ一つ一つに至るまで、とにかくディテールを大切にする作品で、求められるクオリティは想像以上でした。
ネタ探しのために県内を駆け回り、何度も何度も同じお店に通って交渉を続け、納得がいくまで打ち合わせを重ねる。
「よし、これでいける!」
そう思って自信満々に持ってきた企画も、ネタにうるさいプロデューサーにあっさり却下されて、また振り出しに戻る。
やっとの思いで書き上げたロケ台本を提出すると、返ってくるのは、赤ペンで真っ赤に染まった原稿。
まさに"赤ペン先生再来"。
ナレーションも一つ一つチェックされ、ほぼ全てが修正されて帰ってくることも珍しくありません。
「制作向いてないな~」と何度も思いました。
それでも、必死に食らいついて番組を作り続けるうちに、少しずつ、制作という仕事への向き合い方が変わっていきました。
何のために番組を作るのか――。
そう考えた時に、真っ先に思い浮かべるのは取材先の方たちの姿。
ロケまでに何度も通い、通いすぎて「もう同僚みたいなもんだ!」と言われたこともあります。
正直、何度も来られて迷惑だと思われた時もあったと思います。
それでも、惜しみなく協力してくれたその人のために、絶対にいい番組を作りたい、そう思うようになりました。
「一本のVTRを完成させる」のその先へ
以前の私は、「一本のVTRを完成させること」そのものに必死でした。
とりあえず形になれば及第点。
どうすれば取材先の魅力がより伝わるのか、
どうすれば視聴者に面白いと感じてもらえるのか、
情報を分かりやすく整理するために、どんなナレーションが最適なのか――。
そこまで考え抜く貪欲さが、足りていなかったと思います。
でも今は、自分が作ったVTRを何度も見直して、テロップの文字間隔や色味、BGMまで、納得のいくまで手を入れたい。
こんな泥臭い制作を続けるうちに、自分が作った番組が大きな反響を呼ぶようになりました。
「今までにない客入りでした!」
「過去1の売り上げです」
「店が毎日大行列だよ」
そんなうれしい声も届きました。
もちろん、熊本の大スター・くりぃむしちゅーの絶大なる力も大いにあります。
でも、その影響力に甘えず、自信を持って世に出せるまで、粘り続ける。
その熱量を持って、番組を作っていかねばと思っています。
テレビを見ない若者たちへ、憧れをつなぐ

そんな『熊本どぎゃん⁉』で、2025年に、初めてイベントを開催しました。
それが「有田ラーメンフェス」です。
ラーメン好きの有田さんが厳選したラーメン店10店舗が、熊本の街中に集結しました。
番組ではラーメンフェスを盛り上げるために、さまざまな企画を展開。
熊本の企業とコラボしたフェス限定のオリジナルグッズが完成するまでの道のりも放送しました。
やったことないことばかりで、とにかく怒涛の日々でした。
迎えたイベント初日の朝。それが冒頭の行列の様子です。
ラーメンが売れた、グッズが売れた、ものすごい人が来た。
まさに大成功のイベントとなりましたが、何よりうれしかったのは、会場に私と同じくらいの若い人の姿がたくさんあったことです。
"テレビを見ない世代"と言われる若者たちが、私たちが作った番組をきっかけにこの場所に来てくれた。
その光景を目の前で見たときに、全てが報われた気がしました。
かつての自分が見ていた憧れの番組のように、今『熊本どぎゃん⁉』を楽しみにしてくれている人がたくさんいます。
それだけで、この泥臭すぎる日々を続ける意味があります。
手間をかけて、時間をかけて、妥協を許さない番組づくり。
大変だけれど、「『熊本どぎゃん⁉』を見て育ちました!」
そんな後輩が入ってくることを夢見て。
いつかはKKTで、自分が看板番組を生み出せる日を夢見て。
きょうも赤ペンにまみれながら頑張ります。

