バイデン大統領の出馬辞退を受け、カマラ・ハリス副大統領の指名がほぼ確実になった7月半ば以降、それまで共和党のトランプ陣営が優勢とみられた今年の大統領選挙で民主党が反撃に転じている。選挙広告の支出額、大統領候補の正式指名が行われた両党の全国大会の視聴者数のいずれも民主党が共和党を上回った。
▶ハリス候補擁立で民主党が反撃に
政治広告を調査・分析するAdImpact社によると、今年の大統領選挙における広告支出額は民主党が共和党を圧倒しているという。3月5日のスーパーチューズデー(両党の大統領候補を絞り込む予備選挙日)から8月26日まで両党合わせた大統領選挙の広告支出額は全メディア合計で7億7,800万㌦(約1,100億円)。このうちの3分の2が民主党からだという。バイデン氏が撤退を表明した7月21日までの地上波テレビへの支出だけでも民主党は2億5,400万㌦で、共和党の8,200万㌦をはるかに上回っているとAdImpactは試算している。デジタル広告なども合わせるとさらに差は広がるはず。ハリス副大統領の出馬が決まった7月末以降、民主党の広告支出は加速し、今後もさらに拍車がかかるとみられ、9月から11月5日の投票日までに地上波テレビだけでも両党から21億6,000万㌦(約3,100億円)が投じられると予測している。
また、アドエージ誌の独自調査によれば、今年1月から8月までに民主党の広告支出は地上波、ケーブル、ラジオ、スペイン語テレビ、衛星、CTV(コネクテッドTV)、Google、Facebookをあわせてすでに20億㌦に達している。AdImpactは大統領選だけで両党合わせた広告費の総額は106億9,000万㌦(2019~20年比19%増)に達すると予測しており、メディア調査・投資会社のGroupMも大統領選だけでなく米国での今年全ての選挙広告支出の総額は160億㌦(約2兆3,000億円)を超えるとみている。
広告合戦の本番はまだこれから。9月のレイバーデー(今年は9月2日)から11月の選挙までが勝負だ。9月以降は特に民主党にとって激戦区となるジョージア州、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ミシガン州などに広告投下を集中させ、各地域のニーズに絞り込んだ広告展開になることが予想される。同じ意味で、共和党の鍵となるのがジョージア州。2020年はここで負けたことがトランプ氏の敗北につながっており、今後トランプ陣営のテレビ広告予算はここに集中投下されるとAxiosほか米メディアが伝えている。
▶テレビとデジタルの双方にフォーカス
広告予算の支出先も変わりつつある。民主党はこれまで広告予算のほとんどを地上波のローカルテレビ局に投下していたが、今年はデジタル広告(GoogleやFacebook)が最も多いとAxoisは指摘している。僅差で地上波テレビが続き、続いてCTV/配信、ケーブルテレビ、ラジオとなっている。ちなみに共和党は現在も地上波テレビへの支出が圧倒的に多い。
テレビ広告のメリットは大画面向けにストーリー展開することで有権者に語りかけられること。一方のデジタル広告は資金調達や有権者リストの作成に役立つとともに、若者層やマイノリティの有権者をターゲットに直接アプローチできる。民主党の今年の広告予算の割り振りはその両方にフォーカスしており、デジタル広告の比率が若干だが上回っていることは注目に値する。
また、両党ともCTV/配信サービスの広告にかなりの金額を投下しているとAdImpactは分析。政治広告を受け付けていない配信プラットフォームもあるものの、うまく利用すれば地域や個人の嗜好に合わせてかなり絞り込んだターゲット広告展開が可能になると指摘する。
両陣営で広告で訴えるメッセージも変化している。バイデン氏の撤退前、民主党は候補者の性格や医療、中絶問題に焦点をあてていた。しかし、ハリス副大統領に代わってからは犯罪や経済、住宅問題などにシフトしている。共和党も対立候補の変化でインフレ問題より移民や犯罪に注目するようなっているという。
▶全国大会は平均で2,000万人を超える
8月19日から4日間、イリノイ州シカゴで開かれた民主党全国大会は地上波のABC、CBS、NBC、Scripps News、スペイン語放送のTelemundoとUnivision、ケーブルのBET、CNN、CNNe、Fox Business、Fox News Channel、MSNBC、Newsmax、NewsNationに加え、公共放送局PBSの最大15局が生中継した。ニールセンによると初日(ヒラリー・クリントン元国務長官が応援演説、以下カッコ内同じ)は13局が中継し平均2,000万人超、2日目(バラク・オバマ元大統領とミッシェル夫人)が12局で2,100万人、3日目(ビル・クリントン元大統領とピート・ブティジェッジ運輸長官)が12局で2,020万人、そしてメインの最終日が15局で2,600万人と4日連続で2,000万人の大台を超えた。
最終日の2,600万人は2016年の平均2,980万人には及ばなかったものの、それに次ぐ高視聴者数となった。この日のハリス副大統領による大統領指名受諾演説は東部時間で22時31分から23時11分まで行われ、この一部またはすべてを視聴したのは15局合わせて今大会最高の2,900万人を記録(ニールセン調べ)。7月半ばに開かれた共和党全国大会でのトランプ氏のそれを50万人上回った。ちなみに共和党大会の視聴者数は4日間一度も2,000万人に達しておらず、4日間平均で1,907万人。2020年の1,939万人に及ばなかった(関連記事はこちら)。
会場となったシカゴ(中部時間)と米東海岸(米東部時間)では1時間の時差があり、4日間を通してスケジュールが微調整されたのも国内(本土)で時差が最大3時間ある米国ならでは。初日は現地時間(米中部時間)21時開始で、目玉となるバイデン大統領のサヨナラ演説が始まったのが東海岸では23時半を過ぎていた。平日の夜、52分にわたった演説を最後まで見られなかった東海岸住民から苦情が寄せられたため、翌日から大会開始時間が1時間早められた。
▶大会にはインフルエンサー200人以上を招待
今回の民主党大会はスマホ視聴向けにバーティカル動画(縦長の動画)でも撮影され、TikTokやInstagram、YouTubeでライブ配信された。目的は多くの若者層に見てもらうこと。さらに、この戦略に合わせ今回は200人以上のインフルエンサー/クリエーターを党大会会場に招待。個々のインフルエンサーが各自の視点とテーマでソーシャルネットワークのそれぞれのチャンネルやアカウントで会場の様子を発信し、若者層に直接アプローチした。大会中の応援演説として、舞台に上がって独自に制作した動画でプレゼンテーションしたインフルエンサーもいた。これらデジタル時代への対応は、民主党大会では初の試みとなった。
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このように広告予算、視聴者数のいずれも民主党が共和党を上回っている。9月から11月にかけてのラストスパートで両党がどのような動きを見せるのか。米メディアがどれだけ誤情報をふるいにかけ、事実と正しい情報を国民に伝えていくか――民主主義の一翼を担う役割が期待される。