本稿は、イギリスのロイター・ジャーナリズム研究所が毎年公表している『デジタル・ニュース・レポート』(外部サイトに遷移します。NHKによる部分的な日本語訳はこちら)の最新版の概要を紹介する。2025年1〜2月にかけ、48の国・地域の約10万人(日本は2,000人)にオンライン上で実施した、報道の受容全般に関するアンケートをまとめたものだ。初回の調査は2012年に公表され、これが14回目である。
レポートは、広くジャーナリズム活動に関して世界規模で実施される最大級の調査として信頼度が高く、また蓄積も比較的に豊富なため定点観測として優れ、その結果は日本を含む各国で重視されている。世界の主要な報道機関、巨大テック企業、大学なども協力し、日本ではNHKが加わっている。
本サイトでの概要紹介は、2022年、2024年につづき3回目である。前2回分をごく簡潔に要約すると、ニュースに対する信頼度・関心は世界的に低下する傾向にあり、その担い手である既存マス・メディアから距離を置く姿勢も強まっている一方、日本では似た傾向は見られるものの比較的に軽度、とまとめられる。
国際的な大きな流れでは、ニュースを専門的に扱う媒体の苦境が深まるなかで、最新の結果を報告する。
2025年版『デジタル・ニュース・レポート』の概要
全体で約170ページにも及ぶレポートから、本稿ではニュースの信頼度、ニュース離れ、ニュースの主要な入手先、生成AI(人工知能)の利用などに絞って概説しながら適宜、日本の結果も紹介し、最後に若干の考察を示す。
大まかに結論を先んじれば、放送をはじめとする世界の伝統的な報道機関にとって、好転する兆しはまったく見えない。ニュースへの信頼度は3年連続で40%と踏みとどまっている一方、目立つ2つの変化として、1)動画サービスを含むSNSの伸長、2)とくに若い世代で生成AIからニュースを入手する動き――が見られる。ニュース情報源としての生成AIの利用は今後もさらに広まる可能性が高く、注視に値する。
日本でも似た傾向は見られるが、これまでと同じく、全体として比較的に穏やかで、極端な変動はなく、安定的に推移している。
ニュースへの信頼度は3年連続で40% 日本はやや低下
まず、前述のとおり、ニュースへの信頼度は3年連続で40%と踏みとどまっている。昨年のレポートは「底を打ったか?」という見方を示していたが、世界全体で見れば的はずれではなかったといえる。
もちろん、国・地域により上下動はあり、日本は前年から4ポイント低下の39%、世界平均をわずかに下回った。近年は2022年(44%)、2023年(42%)、2024年(43%)と安定して40%台を維持してきたため、来年以降の動きによっては何らかの傾向が浮かびあがってくるかもしれない。
他国に目を移すと、最高はナイジェリア(68%)、最低はギリシャ・ハンガリー(22%)、その中間にドイツ(45%)、カナダ(39%)、イタリア(36%)、イギリス(35%)、アメリカ(30%)、フランス(29%)などが並ぶ。
「ニュース離れ」も40% 日本は最低の11%
たとえ信頼度の低下が収まったとしても、世界全体では同率の40%がニュースを意図的に避けており(「ニュース離れ」)、2017年からの11ポイント増は軽視できない。
ここで目を引くのが、日本が調査国のなかで最低の11%であったことだ。その次に低い台湾が21%であることを考えると、その低さが際立つ。
ニュースを避ける主たる理由は、気分が害される(39%)、情報過多で疲れる(31%)、紛争・戦争の報道が多すぎる(30%)、政治に関する報道が多すぎる(29%)、ニュースに無力感を覚える(20%)、などである。
こうした感情が日本のメディア・情報環境では生じにくいのかなど、日本の低い数値の背景や要因は、より詳細な個別の検討に値する。
もはや「ニュースは非報道系のネットで」が主流
次に、世界的な傾向として、ニュースの主要な入手先としてのネット依存がすすむ一方、テレビ、新聞・雑誌(印刷)、ニュース専門サイトの利用は低下しつづけている。もはや「ニュースは非報道系のネットで」が主流で、この趨勢が反転する気配はない。ちょうど調査実施時期が第2次トランプ政権誕生とかさなったアメリカでは、この傾向がとくに顕著である。直近の1週間で54%が動画サイトを含めたSNSをニュース情報源として利用しており、はじめてテレビ(50%)を上回った。他の媒体では、ニュース専門のサイト(48%)、ポッドキャスト(15%)、新聞・雑誌(印刷)(14%)、ラジオ(13%)である。2013年と比較すると、SNSが27%から倍増しているのに対し、テレビは72%から22ポイントも落ちている。
ニュースの入手先としてのSNSの多用、報道専門のメディア離れは日本にも共通して見られるが、他国ほど急激ではない。直近の1週間でニュース情報源としてSNSを利用したのは24%であるのに対し、テレビは50%と依然として差をつけている。
SNSプラットフォームの多様化
アクセスするSNSプラットフォームは多様化、分散化している。10年前は毎週10%以上の人々にニュースを届けるオンライン・サービスはFacebookとYouTubeの2つだけだったが、2025年には6つに増えている。単純な利用率では、高い順にFacebook(36%)、YouTube(30%)、Instagram(19%)、WhatsApp(19%)、TikTok(16%)、X(12%)となる。
昨年のレポートも指摘しているように、なかでもTikTokの伸びは若者を中心に著しい。タイでは10ポイント増えて全体の49%がこのショート動画共有アプリを通じてニュースに接している。
なお、2022年にイーロン・マスクが買収したXは、とくに「右寄り」な若い世代を中心に堅調、ないし伸長している。ニュースを知る手段としてアメリカでは前年から8ポイント、オーストラリアとポーランドでは6ポイント上昇している。
ニュース動画の伸長 「読む」だけでなく、「見る」「聴く」も
前述の各プラットフォームの高い利用率からもわかるように、2〜3分以内のショート動画の存在感も増すばかりである。SNS上での週間のニュース動画視聴者率は、世界全体で2020年の52%から2025年には65%に上昇している。
ニュースを「読む」「見る」「聴く」に分けて嗜好を尋ねると、国・地域によっては「見る」「聴く」の視聴派が優勢ですらある。たとえば、フィリピンとメキシコでは約3分の1が「読む」を好むのに対し、約3分の2は「見る」「聴く」を選んでいる。タイやケニアでも視聴派が優勢である。
「読む」 | 「見る」 | 「聴く」 | |
フィリピン | 31% | 55% | 14% |
メキシコ | 36% | 41% | 23% |
世界全体、とくに西側先進国では依然として「読む」が多数派ではあり、日本は中庸に位置している。ただし、若い世代ほど「見る」「聴く」を選好するため、今後も「読む」派が優位でありつづけるかは定かでない。
「読む」 | 「見る」 | 「聴く」 | |
世界全体 | 55% | 31% | 15% |
ノルウェー | 76% | 15% | 9% |
イギリス | 73% | 16% | 11% |
アメリカ | 60% | 27% | 13% |
日本 | 48% | 41% | 10% |
インフルエンサーの躍進
必ずしも「報道」に従事していない特定の個人が、「ニュース」発信者として甚大な影響力を発揮する例も散見される。たとえば、アメリカではトランプ大統領の2度目の就任後の1週間に、22%が人気ポッドキャスターであるジョー・ローガンに接していた。その大多数は若者である。フランスにも、YouTubeやTikTokを通じて35歳未満の層の22%に視聴されるインフルエンサーがいる。
プラットフォームの特性により、伝統的な報道メディア・ジャーナリスト、およびインフルエンサーへの注目度は異なる。たとえば、SNSとしては「老舗」といえるFacebookでは「もっとも注視する」対象は伝統的な報道者が44%、インフルエンサーが25%とニュースの専門家が優位である。他方、TikTokでは前者が36%、後者が49%、Snapchatでは前者が45%、後者が56%と報道の非専門家的な個人が注目を集めている。
ただし、日本では個人の「出演者」や「話し手」がマス・メディアをしのぐほどのニュース発信力を発揮している、とまではいえない。
オンライン依存、生成AIには不安も
しかし、ニュースをオンラインに頼ることの弱点も人々は自覚しており、昨年と同率の58%が情報の真偽について危惧を感じている。とくにアフリカ諸国とアメリカが73%と高く、最低水準の西ヨーロッパ諸国でも46%と約半数に迫っている。オンラインの利便性にはあらがえないものの、依存・耽溺することの危険性もある程度は自覚しているわけだ。
「偽・誤」情報をもたらす元凶については、全世界で「自国の政治家や政党」と「ネットのインフルエンサー・パーソナリティ」が最多でそれぞれ47%、「他国の政府・政治家や政党」(39%)、「ニュースメディア・ジャーナリスト」(32%)が続く。
報道に接する手段として生成AIが頭角を現しつつあるのは新たな動きだ。ニュースのために毎週利用するのは全体で7%にとどまるが、25歳未満では15%と倍以上になる。検索エンジンが生成AIを導入したことなどが背景にあるが、今後はさらに増える可能性が高い。
他方、報道メディアによる生成AIの利用には依然として慎重・懐疑的な意見が根強い。全世界で賛否の割合の差を見ると、AIが報道のコスト軽減(+29)、速報促進(+16)につながると考える人はそう考えない人よりも多いが、信頼性(−18)、透明性(−8)、正確性(−8)では懐疑派が上回っている。少なくとも第1次的なニュースは、生身の人間が直接的に取材・報道すべきだという期待が強い。
日本の現状 急激な変化はないが、拭えぬ不安
最後に日本に関して若干の考察を記すと、急激に変化しない点は「らしい」といえるが、長期的には「極端」な方向にむかっているのではないか、という不安が拭えない。
とくに、直近の参院選をはじめ注目を集めた選挙で、SNSやショート動画をもっぱらの判断材料とする層が結果を大きく左右したことを踏まえると(たとえば、「【参院選2025】メディアシフトがもたらした『日本版トランプ現象』と報道の課題」)、たとえ数値上は「ニュース離れ」は見られなくとも、他国の動向を他人事として座視はできない。
最新版のレポートは、はじめてニュースに関するリテラシー教育を受けた経験を尋ねているが、全世界平均の22%に対し、日本はフランスとともに11%と低位であった。公式・非公式を問わず何らかのリテラシー教育に接した層は、不正確な情報の流布により敏感で、83%がSNSやニュース動画アプリを主たる脅威と認識しており、そうでない人々の74%を上回っている。
昨年の本稿で指摘した「ゆでガエル」にならぬよう、放送を含む報道機関はもちろん、教育界を含む社会の各方面が「なすべきこと」に努めるほかない。日本の民主主義の将来は、そこにかかっている。