気になる本=持続可能なメディア
下山進 著、朝日新聞出版発行(朝日新書)
既存メディアの将来を危惧する声が日増しに高まっています。いまや「オールドメディア」とまで揶揄される新聞や雑誌、テレビの未来について考える、最適の本が出版されました。ノンフィクション作家の下山進さんが書いた朝日新書『持続可能なメディア』です(以下、敬称略)。
下山は1962年生まれ。大学卒業後に文藝春秋に入社。独立後はメディアや医療についての優れたノンフィクションを書き続けてきました。緻密な取材と斬新な視点によって、部数が激減する新聞業界の変化を描いた『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)は、マスコミに衝撃を与えました。その後も『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)や、複数の週刊誌連載で、国内外メディアの現状を取材しながら、その未来を考え尽くしています。
本書は、下山が『サンデー毎日』『週刊朝日』『AERA』に書き継いできた2ページのコラムを、「メディアの持続可能性」という観点から再構成し、書き下ろしも加えて出版されたものです。6つの章と結論ともいうべきまとめから構成され、国内外のメディアの事例が紹介されています。たとえば第2章「繁栄する国内の雑誌メディアを探す」では、有料デジタル版に成功した『週刊ダイヤモンド』や日本一売れる月刊誌『ハルメク』の事例、第3章「海外の持続可能なメディアを見る」では、スキャンダルが得意な『フィナンシャル・タイムズ』や「主観」を打ち出す『エコノミスト』、第5章「地域メディアの挑戦」では、データ報道に取り組む秋田魁新報、部数を減らさない北國新聞、増収成長を続ける中海テレビ放送などです。
第1章は衝撃的な予言から始まります。それは2017年に下山が、毎日新聞社取締役で編集幹部だった小川一からかけられた言葉でした。
「あと4年で業界全体でさらに1000万の部数が失われ、10年で現在の半分になる」
小川の予想通り事態は進みました。「2017年には4212万部あった新聞の部数は、2661万部(2024年の数字)になった。7年で、1551万部近くの部数を失い、すでに約4割減、『10年で部数が半分になる』と言った小川の予言は的中することは確実だろう」
もちろん各新聞社もただ手をこまねいているわけではありません。有料、あるいは無料のウェブ版を新設して、なんとか部数減に歯止めをかけようとしています。けれど、紙版と同じような企画・記事スタイルでは、それほど読者は増えません。それは現状の「クラブ取材や官僚、警察官に情報をもらって書く『前うち』至上主義からぬけきれていない」という、別の新聞編集幹部の言葉も紹介されています。そして下山は、厳しく指摘します。
「その新聞でなければ読めない古びない記事を脳味噌を洗うようにしてとことん考えデジタル有料版に出していかなくては有料会員は増えない」
下山がこれからの新聞に期待しているのは、その新聞社(記者)ならではの、調査報道です。調査報道は日本の地方紙でも度々取り組まれています。なかでも本書で取り上げられている2003年高知新聞の「サツまわり記者」竹内誠によって暴かれた県警裏金作りは、大きな注目を浴びました。
事件は、「竹内が、県警キャップとなった2003年3月、とんでもないペーパーを、県警内部の人間から渡される」ことから始まりました。「捜査費執行状況等一覧表」と書かれたB4用紙3枚には、現場の捜査員の名前、事件名、情報提供者の名前、いくら情報料が出金されたかが書かれていました。しかし竹内が取材すると、情報提供者はすべて虚偽で、電話帳から適当に名前を拾っていたことが判明します。
しかし、ここから竹内の苦しみは始まります。「高知は狭い。警察の人間は、ニュースソースであると同時に、友人や親戚だったりする。これを書けば、自分は警察から一生相手にされなくなるのではないか? それどころか高知で生きていけなくなるのではないか?」東京にいてはわからない、取材する側とされる側の近さの中で、苦闘する地方メディアの困難さが、手に取るように伝わってきます。
また能登半島地震のさいに、地元の北國新聞がどのように記事を作っていったのかのドキュメントも読ませます。そしてビデオジャーナリスト方式で、地元のニュースを「課題解決型」で伝え続ける、島根県のケーブルテレビ局「中海テレビ放送」の試行錯誤にも目を見張ります。
あなたは働いている企業が、30年後にどうなっているのか? を考えたことがありますか。もちろん定年まで同じ会社で働く人自体が減っている現在、今の会社が駄目なら次の会社へと考えている人もいるでしょう。
でも、もしこの会社で、メディアで働き続けたいと思っている人は、本書を読んで、自分の会社とメディア産業が、これからどのように変わっていかなければならないのかを考えてみてはどうでしょうか?
本書は手軽な新書版で読みやすく、でも中味は念入りな取材に基づいた深く、重たい本です。
持続可能なメディア
下山進 著 発行=朝日新聞出版(朝日新書)
2025年3月13日発売 320ページ
定価:1,045円(税込)
ISBN:9784022953063
このほかの【書評 本、気になって】の記事はこちらから。