「日本の放送が民間にも開かれるようになった戦後、九州の地方都市から新しいメディアに挑戦した熱い人間ドラマを描く」(カバー袖より抜粋)――
昨年11月、Inter BEE2024のセッション「ローカル局 元トップが次世代に託す放送局の未来像」でモデレーターを仰せつかったが、パネリストのお一人がKBCグループホールディングスの和氣靖・取締役相談役であり、直前の10月に同社が九州朝日放送(KBC)の70年史である本書を上梓したので、予習を兼ねて早速拝読した。
「民放連も数年前に70年史を出したけど、百科事典みたいな分厚い時系列ものを読むのはしんどいなあ」(民放連には申し訳ありません)と身構えていたのだが、その懸念は完全に払拭された。読み物として面白いのだ。自分がフジテレビ在籍中、郵政記者クラブにいたり渉外担当をしたりと"業界"に足を突っ込んでいたこともあるが、一読してそのストーリーに引き込まれていった。これはKBCの社史というより、タイトルどおりローカル局の戦後史を、KBCをとおして描いたものだ。
前半は開局から系列変更までの変遷を書いている。
まず驚いたのが、KBCが福岡県の県庁所在地ではない久留米市でラジオ放送の免許を得ていたこと。しかし、さまざまな事情で開局に至らず、一旦は免許返上に追い込まれながら再度予備免許を取得している。その陰には政治の力があったことまで克明に書かれており、当時から電波利権に政財官、新聞業界が絡み合っていたことを教えてくれている。
その後、田中角栄郵政相(当時)の辣腕で、テレビ放送が全国に開局。同社はラジオ・テレビ兼営となるのだが、当初KBCはフジテレビとNET(現テレビ朝日)のクロスネットで、テレビ西日本が日本テレビ系列だった。またテレビ開局当時、自社制作番組が多かったのだが、これは九州へのマイクロ回線が全局分たりず、東京からネットできない時間帯は自社で作らざるを得なかったことなどは、自称業界通の自分にも初耳だった。
さらに開局から数年間は外国テレビ映画とクイズが多かったのだが、それも「準教育局」として「教養」「教育」番組に分類し要件を満たすと同時に、視聴率も稼がざるを得なったという苦労の一端を披露している。
こうした今では考えられないようなエピソードの一方、全国紙と地上波テレビの系列問題について、こちらは朝日新聞の内部からの視点も交えて紐解いている。1964年にKBCがフジテレビからいきなり系列解消を通告されるのだが、そこからNET系列への素早い乗り換えの背後に朝日新聞の全国ネットワーク戦略がすでに検討されていたことがあり、その後70年代に田中内閣において今の全国紙と5大ネットワークの関係が整理されていったプロセスが描かれている。このあたりの記述は、テレビ局再編がささやかれはじめた今こそ、読み返しておいて損はないだろう。
後半は、KBCの 編成史をまとめているが、特に興味深いのが20%を超える自社制作比率の中身だ。そもそもNETが教育局だったために一般番組に量的制限があったためだが、独自のローカル朝ワイドを70年代から展開。それが今も人気の『アサデス。KBC』につながっている。またスポーツでも古くは西鉄ライオンズの中継に始まり、福岡国際マラソン、KBCオーガスタゴルフなど、全国的にも名の知れたコンテンツを発信している。
一方で報道においては、良いことばかりではなく、中国残留孤児取材における「ニセ手紙」報道や、雲仙普賢岳噴火で複数人の取材関係者に犠牲を出したことなど、マイナスの歴史も取り上げている。災害報道についてはこの時の惨事がその後の同社の姿勢につながっており、2018年から地元の自治体と「防災ネットワーク協定」を順次締結し、定期的な勉強会などを行っているという。費用もかかると思うが、「住民の命と暮らしを守る」というローカル局の使命を体現している点で、他のローカル局にも参考になるのではないか。
この自治体との連携は、最後に触れている同社の根幹をなすもので、防災だけでなく、「ふるさと応援企画」や地域活性化、地域メディア(ケーブルやコミュニティFM)との連携など具体的なアクションプランとして経営計画に定められた。そしてその地域戦略の延長線上に認定放送持株会社(ホールディングス化)という選択をしたと書かれている。
先般、日本テレビ系列の基幹4局による持株会社のもとでの経営統合の発表があったが、普通は縦の再編を想像するのが一般的だ。自分もKBCのホールディングス化の先に、九州系列局の統合や朝日新聞の全国戦略があるのかと考えたが、当時の経営責任者であった和氣相談役にInter BEEのセッションで聞いたところ、そうではないという。あくまで地域のマルチメディアグループを目指すのだと。
これは「社史」の体裁をとっているものの、事実上執筆責任者である和氣相談役の「卒業論文」である。その観点からみると、同氏の地域に対する愛と情熱に驚く。朝日新聞の役員から2015年にKBCの役員として赴任してまだ10年だというのに、まるで福岡で生まれ育ったプロパーのようだ。KBCの掲げる「地域との共創」は全国紙やキー局の思惑とは必ずしも一致するものではないが、これこそがローカル局の生き残りにとって大切なヒントになるのではないかと再認識させる一冊であった。
ローカル局の戦後史 九州朝日放送の70年
KBCグループホールディングス編 ミネルヴァ書房 2024年10月1日発売 2,750円(税込)
四六判/298ページ ISBN:978-4-623-09794-4
このほかの【onlineレビュー】の記事はこちらから。