民放連にはローカルテレビ局の役職員だけで構成する「ローカルテレビ経営プロジェクト」という組織がある。地域社会のローカルテレビ局への期待やニーズを確認し、今後も地域の情報インフラとしての役割を果たしながら地域課題の解決に貢献するための事業や経営の在り方について検討。経営者が率先して社内や地域のステークホルダーにローカルテレビ局の存在意義を示していこうと議論を重ねてきた。
2024年6月まで同プロジェクトの主査を務めた南海放送の大西康司・社長に話を聞いた。
(副主査を務めたIBC岩手放送の眞下卓也・社長へのインタビューはこちら)
――コロナ禍以降のローカルテレビ局の状況や変化をどのように受け止めていますか。
変わりたいけど変わりきれない――そんな忸怩たる思いでいた時に、コロナ禍がやってきました。それまではずっと宿題がたまっているような感覚で、「いつやろうかな、もう少し先かな」とみんなで様子をうかがっているような状態だったのではないかと思います。そこに現実に向き合って、一気に変わらないといけない状況がやってきた。出張など物理的な移動ができなくなる中で、まずは自分たちの動ける範囲でやっていこうという思いにいきつきましたね。コロナ禍は、足元、地元に、まずしっかり取り組むという当たり前のことを、あらためて気づかせてくれるきっかけになったと思います。
――これからのローカルテレビ局は地域の中でどのような存在であるべきでしょうか。
最も大事なことは、地域情報を正しくわかりやすく伝え続けることです。玉石混交の中から間違いのない情報を選び出して伝えること。これは普遍の役割だと思います。そんな信頼をいただいて、その上で地域の中で何ができるかを考えたい。地域経済、スポーツ、文化など異なる分野が交差する地域コミュニティの真ん中にローカルテレビ局として存在し、地域をつなぐ機能を果たしていきたい。たまたま今メインの事業が放送というだけで、もっとさまざまなことができるはずです。地域の人たちが私たちローカルテレビ局に望んでいることは何なのかを見つめ直し、これまでの自画像を変えていく必要を感じています。
放送離れやネットの台頭が指摘されていますが、現代は従来のメディアとネット両方のメリットを享受できる幸せな時代と言えるかもしれません。双方から情報を得ることができますからね。放送とネット、どちらも大切にしていくことが、地域の中でのローカルテレビ局の役割につながっていくとの思いがあります。
――南海放送は、番組やイベントを通じて地域に溶け込んでいるように見えます。
地元出身の社員もそうでない社員も、みんな覚悟と楽しみを持って愛媛に向き合っています。
地域に向き合う番組は、1回の放送だけではもったいないので、放送後も放送という枠を超え、地域に還元できればと思っています。例えば、ある記者がニュースの中で交通事故を考えるテーマを企画し、1回10分程度でシリーズ放送しています。放送後、その企画を題材に地域の高校に出向き、出前講座をしたことがありました。自分たちで発案して取り組んだようですが、「放送を超えてリアルに落とし込んでいこう」という私の思いとつながっていて、とてもうれしかった。ごみ問題を取り上げたドキュメンタリー番組を放送した後に、県内で上映会や意見交換会を実施したこともありました。地元の歴史上の人物を扱ったラジオドラマの企画では、公開録音のイベントやミュージカルを開催したこともあります。地元の皆さんとさまざまな場で関わりながら、社員がやってみたい形で、放送にとどまらずリアルな形で提供できているのかなと思います。
――売り上げの減少や社員の流出など、数年前と異なりローカルテレビ局の経営者としてのかじ取りは一層厳しくなっていると思います。今、経営者が「覚悟」をもって取り組まなければならないことを教えてください。
まずは経営者として、私自身ができる限り地域に出て声を聴いていく、地域との関わりを増やしていくことを意識しています。社内に対しても、人事や組織面で時代性を盛り込みつつ方向性を示していきたい。南海放送が掲げている「私たちは、愛媛主義」のキャッチコピーは、コロナ禍で足元を見つめ直そうとしていた時に、社内から自然と生まれた言葉です。何か迷ったときに「これは愛媛主義だろうか」というところに立ち返って考える。ダイレクトでわかりやすく、社内外に根付いていると感じています。
経営者だけでなく社員一人一人も、なぜこの会社にいるのか、何のためにここで働いているのかを見つめ直す時期なのだと感じています。「放送が好きだ」「地域に貢献したい」という原点を確認することが求められていると思います。経営者として、社員が自由に表現したいことを実現していくためには、財務基盤をしっかり整えて、後ろ指をさされない経営を目指さなければならない。会社が健康な状態であり続けていくために、必要最低限の"生存利益"を生み出し、心置きなく好きなことにトライしていきたい。健全な肉体に健全な精神が宿るような経営をこれから先も続けていくために、みんなで頑張っていきたいですね。
そのために、これからの経営は、「よき放送」「よきリアルイベント」「よきデジタル」の3本の大きな柱に、「よき新ビジネス」という柱を加えたい。「放送はオワコンでは?」などという声に右往左往せず、適切な自信を持ってしっかりやっていこうというメッセージを繰り返し伝えたい。いい番組、いいイベントを創ったときにきちんと褒めて、「こういうことが地域の役に立ったね」とか「いいリアクションや反響があったよ」と伝える。喜びを共有しながら適切なアドバイスをする。放送に関わることの喜びや小さな成功を共通体験として、若い世代に伝えていきたい。そういう前向きで「自由闊達」な放送局でありたいと強く願っています。
――第3期のローカルテレビ経営プロジェクトを振り返って、印象に残っていることを教えてください。
各社の切迫した危機感を目の当たりにしました。最初のうちは後ろ向きの話が多かったようにも思いますが、ローカルテレビ局が目指す次のステップに向けて、何をやらなければならないか、そんな前向きな考えが徐々に出てきたと感じています。外部の先生方のお話も伺い、ローカル局が今どのように見られていて、時代の中でどういうポジションにいるのか、外堀がはっきりわかってきた点は大きな収穫でした。各社が新しい方向を模索している中でローカル局同士が、一緒に取り組もうという連携ムードが出てきたのは、とてもよいことだと思っています。
――民放連でローカルテレビ局のあり方を議論する意義をどう捉えていますか。
ローカルテレビ局が元気になれば、放送全体が活気づくと思います。ローカルテレビ局目線の議論はこれからも続けてほしいですね。民放連の場で、各社独自の地域活性化イベントや、地域を応援する取り組みに光を当てる機会があると、社会のローカルテレビ局の見方も変わってくるのではないでしょうか。例えば民放連賞にそうした部門があってもよいかもしれません。
――最後にローカルテレビ局に関心を持つ学生に向けて、働く場としてのローカルテレビ局についてメッセージをお願いします。
応募母数の増減のみに左右されず、「放送が好きだ」という熱い思いを持った方たちと一緒に仕事をしたいですね。地域で働く人々と関わることに喜びを感じる人たちに来てもらいたい。今は、放送とネットどちらも楽しめる一番面白い時代。ローカルテレビ局だからこそできるものがある。
愛媛出身でテレビの草創期に関わった脚本家の早坂暁さんは、「テレビは知恵と工夫だ」とよくおっしゃっていました。何かを創るとき、うまくいかないと、金銭面や機材や人数等、環境のせいにしがちですが、自分や仲間達の知恵と工夫、頭をいっぱい使って、面白いものを創る、それが放送局の醍醐味です。ローカル局では、特にその面白さを味わえると思いますよ。
(2024年5月16日、民放連にて/聞き手=民放連役員室・山田眞嗣、構成=同・前池華奈)