【民放報道の現場から⑤】ヒグマ目撃4,000件超......9人死傷の北海道 "狂騒の1年"

喜多 真哉
【民放報道の現場から⑤】ヒグマ目撃4,000件超......9人死傷の北海道 "狂騒の1年"

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
5回目は、北海道文化放送(UHB)でニュースサイト『北海道ニュースUHB』のプロデューサーを務める喜多真哉氏が、近年各地で頻発するクマの出現から見えてくる地域の課題を考えます。


2023年はヒグマ報道に明け暮れた。北海道内での目撃件数は4,000件超。前年のほぼ倍だ。人を襲うケースも相次ぎ、人が死亡し、人が負傷した。亡くなった人は釣りや登山の最中に被害に遭い、いずれも駆除されたクマの胃の中から遺体の一部が見つかっている。さらに北海道東部で乳牛を襲い続けた「OSO(オソ)18」や人里に出没する「アーバンベア」が流行語大賞のトップ10入り。駆除は1,000件以上に達し、捕殺をめぐり幾度となく賛否が巻き起こった。冬ごもりの季節になっても狂騒が続いた。

乳牛66頭を襲った「忍者グマ」 最後は"みそ煮込み"

何かにつけ、話題となったのはOSO18だった。2019年以降、北海道東部の標茶町(しべちゃちょう)や厚岸町(あっけしちょう)で乳牛66頭を襲い続け、警戒心が強くわなにもかからないことから「忍者グマ」と地元で恐れられていた。そんなクマが人知れず、昨年7月、2町と隣接する釧路町で駆除されていた。
駆除したハンターや持ち込まれて加工した業者も、OSO18だとは思っていなかった。(冒頭写真=OSO18/2023年6月、提供・標茶町)

「脂ものって500キロくらいあるというイメージだったが、実際は毛が薄くて痩せていた」(加工会社の社長)

体長2.1メートル。体重は内臓を除き304キロ。脂は比較的少なかった。DNA鑑定でOSO18と判明したのは約カ月後。すでに東京のジビエ料理店などに"熊肉"として売られていた。

みそ煮込み.jpg

<みそ煮込みとしてふるまわれたOSO18の肉>

「駆除するだけでは申し訳がない」。加工会社の思いから釧路市内の飲食店で「みそ煮込み」としてふるまわれた。客も恐る恐るほおばるが、口に含んだ瞬間笑みがこぼれる。「歯ごたえ最高、こりこり」。あっけない最期だった。

「なぜ殺した」「かわいそう」"駆除への批判" ハンターへ

OSO駆除の知らせは酪農家たちを安堵させたが、予想だにしない反応があった。

「なぜ殺したのか」「クマがかわいそう」「他に方法があったはず」

SNSで批判が続出し、ハンターや家族、役場に電話も寄せられた。これに地元猟友会は憤る。

「これだけクマの被害があるようなところに来て、生活し実態を見てくれと言いたい。われわれも面白半分にクマを撃っているわけではない。批判されるくらいならハンターを辞めるという人も。鉄砲を持たなくなってしまう」(北海道猟友会標茶支部の後藤勲支部長)

ハンター.jpg

<なり手が減り高齢化も進むハンター>

北海道猟友会によると、道内のハンター登録者数は年々減り続けて、ピーク時の1978年に比べると、2023年は4分の1の約5,300人まで減少した。半数が60歳以上と高齢化も深刻な問題。熊撃ちになるには、5―10年の経験が必要とも言われている。銃弾も輸入に依存していて、円安やウクライナ情勢で高騰。「1個の弾が1,000円くらい。昔は600円だった」北海道猟友会 厚岸支部の根布谷 昌男さん)

北海道が9月、「ヒグマ有害捕獲へのご理解のお願い」と題しX(旧ツイッター)に投稿する事態に。

「人を恐れないで何度も市街地に出てくるクマは、危険なものとして捕獲しなければならない場合もある。やむを得ず駆除をしているという事実は多くの人に知ってもらいたい」(北海道の担当者)

子グマを連れて、札幌市南区の住宅街で出没を繰り返したメスのクマが箱わなで捕殺されると、抗議が約650件も殺到した。大半は道外からとみられる。北海道民に街頭でマイクを向けると、駆除に肯定的な人が多い。

「捕獲して自然に戻すことができれば一番良いが、なかなか難しい」「人間の命の方が大事。駆除しないと大変なことになる。これからどんどん被害が続出する」「危険なクマから守ってくれるハンターに苦情をぶつけるのは違うと思う」

10月に実施した『北海道ニュースUHB』YouTubeコミュニティアンケートで、クマ駆除への見解をたずねた。約1万7,000の投票のうち、73%が「問題個体は積極的に駆除すべき」と回答。「やむを得ない場合に限り容認」が22%と続き、「何があっても反対」はわずか3%だった。

「怖い」カメラマンの目の前に......保護重視から駆除へ方針転換

騒動は雪が降り始めても収まらなかった。12月、北海道中部の芦別(あしべつ)市で、木材会社の倉庫にヒグマが居座った。

「クマが出てきた。走り回っている!」(UHBカメラマン)

ヒグマ.jpg

<UHBのカメラの前に現れたヒグマ=202312月、北海道芦別市>

騒ぎを取材していたカメラマンの前に突然現れた。すぐに避難し無事だったが、現場は一気に緊迫。「怖いな」。つぶやいた本音も残っていた。
クマは体長1.3メートル、体重70キロのメス。現場が住宅街だったことや、人を襲うそぶりを見せたこともあり、駆除された。

北海道に開拓使が置かれた明治以降、先人はヒグマと対峙し、人食いグマとの戦いも語り継がれてきた。冬眠中や冬眠明けを狙う「春グマ駆除」が有効な手段として推奨された。草木が雪で覆われ見通しがよく、残雪で足跡も追いやすい。
ただ、価値観は時間の流れとともに変わる。絶滅の恐れがあるとして、1990年以降、春グマ駆除を禁じた。

30年がたった。道のシミュレーションではヒグマの個体数は2020年度で1万1,700頭となり、ほぼ倍増したと推定。環境省の専門家検討会はクマを「指定管理鳥獣」の対象に加える方針案をまとめた。保護に重点を置いてきたクマを捕獲管理へ転換する。クマの捕獲費用の一部を国が負担する。人の生活圏への出没を未然に防ぐため電気柵を設置し、ハンターの育成にも取り組む。北海道の鈴木直道知事も歓迎した。

「スピード感を持って対応してもらい感謝したい。地域の切実な声を理解してくれた」(鈴木知事)

増え過ぎたから減らす。人間の一方的なロジックによる政策転換で、クマとの共生が実現するかは分からない。2月19日、札幌の気温は13.9℃。4月下旬並みの陽気となった。間もなく冬眠しているクマたちが目覚め、動き出す。

最新記事