【民放報道の現場から①】 確かな信頼への環境整備とは

伊佐治 健
【民放報道の現場から①】 確かな信頼への環境整備とは

民放連では、民間放送の価値を高め、それを内外に広く伝えることに力点を置いた「民間放送の価値を最大限に高め、社会に伝える施策」を策定し、2022-2023年度の2年間にわたり取り組んでいる。その具体的取り組みとして、報道委員会(委員長=大橋善光・読売テレビ放送社長)は、報道現場を熟知する担当者によるシリーズ企画「民放報道の現場から」を始めることとした。報道に関するトピックや実情などを、定期的に掲載する。
1回目は、民放連報道委員会委員であり、委員会の下に置かれた報道専門部会の部会長を務める伊佐治健・日本テレビ執行役員報道局長が、最近の事例から「信頼される報道とは何か」を考察する。


テレビ報道の信頼性を疑う言葉がネット上に溢れて久しい。「ニュースは真実を伝えていない」「視聴者より政治家や芸能事務所の方ばかり向いている」などと痛烈な批判もある。このような既存メディアへの不信感を直視しつつ、私たちは報道への信頼をどのように築いていくべきか。
この「民放報道の現場から」のシリーズを始めるにあたり、最近の、いわゆる統一教会と、ジャニーズ事務所をめぐる報道を振り返って考えてみたい。

職場の「空気」を作る

1年前、安倍晋三元首相銃撃殺害事件をきっかけに、"統一教会"をめぐるトラブルの実態と、政治家の癒着が明るみに出た。
報道局の管理職にあって筆者が悔やんだのは、発生前年の2021年秋、"統一教会"の関連団体に安倍氏が動画メッセージを送った事実をニュースで報じていなかったことだった。日数が経ってからネットで知ったので、現場に出稿を打診するに至らなかった。おやっと思った時点で"統一教会"と政治の関係を徹底的に取材するべきだった。

安倍元首相襲撃.jpg

<2022年7月8日放送『news every. 特別版』より>

銃撃事件直後も、メディア各社の報道の出足は比較的鈍かった。まず問われるべきは警備上の問題であり、"統一教会"の問題は本筋から離れるのではという懸念や、「元首相銃撃犯」の私怨を晴らすのにマスコミが手を貸す形になりかねないことへの躊躇もあったように見える。

日本テレビ報道局でも、普段は新しいネタに敏感な番組制作陣の動きは鈍かった。プロデューサーに声をかけると「番組から踏み込んでいいものか、お見合いになっている。政治部の確実な原稿が上がらないと動きづらい」と返ってきた。目詰まりを起こしている気配だ。政治部長と向き合い、"統一教会"問題は放置できないこと、政界サイドの取材の徹底を確認した。
その日のうちに自民党担当記者が、当選したばかりの参院議員から「派閥の長から、"統一教会"の票を割り振ることがあると聞いた」という証言を得た。当事者の告白だけに、伝える根拠は十分であり、地上波『news zero』で速報した。取材現場は活気づいた。番組での扱いにも一定の基盤が出来ていく。

管理職は、職場の「空気」を作るのも仕事と痛感した。「空気」というと論理的・科学的根拠のない印象があるから「環境」と言ったら良いだろうか。闊達な取材活動を促す環境を作る責任がある。

明確な指示と基本原則

故ジャニー喜多川前社長によるジャニーズ事務所タレントへの性加害問題も環境作りが問われた。海外出張中の317日に外国特派員協会でBBCディレクターのオンライン会見があったことを後から知った私は、取材班が出ていなかった理由を現場の担当者に聞いた。「情報は入っていたが、バリューの判断がつきかねた」と返ってきた。誰が責任を持って取材するのか、明確な指示が必要だった。

4月。同じ外国特派員協会で元ジャニーズJr.の男性が会見すると聞いた私は、迷うことなく社会部長に取材を指示した。

一方で慎重さも要した。会見前夜、LGBTQ+など性的マイノリティーに造詣が深いプロデューサーに今回注意すべきポイントを聞いた。「現役タレントへの中傷が予想されます。セカンドレイプ的なことになりかねない」。
潜在する被害者にとっては性加害事件が話題にされることさえ苦痛なのだ。報道の扱い方次第では、情報番組における展開にも影響する。性加害事件の報道では、2次被害の拡大にも目配りする基本原則を、社会部と再確認した。

会見の内容は衝撃的だった。事実なら、結果的に見過ごしてきたテレビ報道への批判を真摯に受け止める以外にない。故人への取材は叶わないからジャニーズ事務所に取材を申し込み、コメントを得た上で、第一報を「日テレNEWS24」とwebサイト「日テレNEWS」上で伝えた。

その後、『真相報道バンキシャ!』の枠で、元Jr.の男性への取材が実現し、「ジャニー氏と同じ年代の男性がいると、恐怖心がわいた。普通に接することができない」等と被害者のデリケートな心の傷を語っていただいた。実名での告発インタビューだったが、センセーショナルな扱いにはならぬよう注意した。

 多様な人材と経験を礎として

折あるごとに読み返す「放送倫理手帳」(民放連)に掲載されている提言「放送番組の倫理の向上について」(1993年 民放連/NHK)には放送人の心構えとして「同僚やスタッフの間で(中略)議論を深める。」「職場で自由に議論できる制作環境を整える。」とある。風通しの良い職場では新しいアイデアも育つし、ミス防止への声掛けも生まれる。何より報道の方向性を誤らないための議論が期待できる。

"統一教会"の問題はまだ決着が見えない。ジャニー喜多川前社長をめぐっても、未成年者に対する性加害に加え、これまで軽視されてきた「男性の性被害」という問題を私たちに突きつけている。

テレビ報道の現場は、多様な人材と個々人の経験が強みだ。各自の思いが埋もれることのないよう環境を整え、厚みのある取材、深みのあるニュースを発信して、確かな信頼につなげたいと思う。

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