ラジオ局が手がけるイベント、グッズ販売、ポッドキャスト配信etc.――。ローカルラジオを中心に放送外ビジネスの事例を取り上げ、ラジオ事業の可能性を探ります。ライターの豊田拓臣さんが各局の担当者などへの取材をもとに経営の側面にも焦点を当て放送外ビジネスのノウハウの一端に触れていきます(まとめページはこちらから)。第3回は、南海放送・田中和彦会長インタビュー。「ラジオのメソッド」を聞きました。(編集広報部)
「僕が思うラジオのメソッドがあって。それはコミュニティを作って、そのコミュニティが動いていったらもう社会から認められたわけじゃないですか。そういう番組を何本か作って、コミュニティに合ったスポンサーについてもらえれば生きていける」(三才ブックス『ラジオマニア2023』86ページ)
以前、南海放送の田中和彦会長が聞かせてくれた話だ。このメソッドを田中氏が自ら実践した番組が『ヒコヒコジョッキー ラジオマンの憂鬱』であり、番組から生まれたコミュニティを具現化したのが本連載②で紹介した「リスナー集会・松山ランチ会」である。ランチ会にはスポンサーも招待し、コミュニティや番組の熱気を披露する場になっていることも記事のとおりだ。
このメソッドについてより深く話を聞くべく、田中氏にインタビューを行ったところ、話題はコミュニティの作り方から番組を作るうえでの心構え、果てはラジオ局の経営論にまで及んだ。経営のトップを経験したラジオマンの熱い想いを感じてほしい。
ローカルのラジオ番組がコミュニティを作る意義とは
在京局のラジオイベントだと、番組を担当している有名な芸人さんが大きな会場でやって、そこに売れっ子の歌手が出演するとか、芸能面での有名人が何かをすることで人が集まりますよね。ただ、それはタレントがいる東京だからできること。ローカルのラジオ局がイベントで人を集めようと考えると、しゃべり手のアナウンサーだけでは弱い。だったら番組の中で有名リスナーを作って、素人同士でも「あの人に会いたい」という気持ちを抱かせるのが、コミュニティを作る意義です。
ランチ会の参加人数を抽選で150人に限ったのも、「向こうのステージにあの人がいる」ではなく、「歩いて行ったらその人としゃべれる」というサイズ感を維持しようとしたから。それに、抽選をすると「選ばれた、当たった」という喜びもありますよね。
ランチ会はコミュニティを強化することと、スポンサーに番組の熱気を分かってもらうためのものなので、収益は一切関係なくやっています。
「メソッド」をおろそかにした結果、招いた状況と打開策
僕がコミュニティを作るうえで意識しているのは、人の悪口をいわない仲間を集めること。悪口はシャレとか、それから夫婦間のざれ言とか、本音をちょっと出す程度の毒ぐらいで止めています。あと、政治と宗教は絶対触れないの2点ぐらいです。
それと、コミュニティを作るには、やっぱり意義を分かってくれるプロデューサーが必要ですよね。しゃべり手は各局にいっぱいいるから、「この人を使って作ろう」と仕掛けるプロデューサーが大切。僕はたまたまラジオ業務セクションにいたから二役やっていますけど、プロデューサーがちゃんとしていたら、営業的に数字を上げて、社内説得ができるものを作って、番組の意義を社内にちゃんといえて、安心してしゃべり手がものを作れる環境を作っていけますよね。これはラジオの根本的な部分だから僕は「メソッド」といっているのですが、「そういうことをちゃんとしていなかったから、ラジオが今の状況になったんじゃないの?」と思っています。
「小さい頃からドリルをやって漢字を覚えておかないと、作文は書けないでしょ?」とか「本を読んでいないと作文できないでしょ?」というのと同じで、「ドリルをしないまま始めたでしょう? 今の仕事を」みたいなところがあって。楽に金が稼げるから放送という仕事を選んだ雰囲気の人がやっぱり多い。僕は1977(昭和52)年の入社なのですが、その頃はもうみんなテレビに顔が向いていて、「ラジオは終わっているからもういいんだよ」みたいなところがあったから、元々ちゃんとドリルをやってきたラジオマンはもうあまりいなくて。実際に、昔の人のラジオを上回るものを作ってきたわけじゃない。そこら辺が敗因だったんじゃないかなと。

<「ラジオの現状は『メソッド』をおろそかにした結果」>
特に僕は、男女のアナウンサーが毎年同じことをパターンでしゃべっているダラダラした長時間の昼ワイド番組が嫌いです。ワイド化によって確かに救われた部分はありますよ。長い時間を3人ぐらいでやることでコストが収まるし、聴きやすいし、何でもできるしということだったんでしょうけど。うち(南海放送)でもテレビのついでにちょっとラジオに出て、ワイド番組をやろうかみたいな人もいたんだけど、緊張感というか勝負をしている感じもあまりなく、話題を拾うでもなく、本を読むわけでも、映画を観に行くわけでも、旅行に行くわけでもなく、「君は何を語れるの?」というしゃべり手が増えてきて。当然、番組はつまらないですよね。日本中のラジオ局はそういうパターンの番組が多くなってきてフェードアウトしていったから、制作の責任だと思っているんですよ。ただ、それはやり直せる。
とりあえず、うちがラジオ番組をワンマンで進めるスタイルにしたように、緊迫感を持ってしゃべり手が担当時間を全うしなさいと。ワンマンはコスト面に目が行きがちだけど、そこだけじゃない。コストを下げたら次はどうやって収入を増やすかという話になってくる。それはやっぱり担当者の覚悟というか、人を集めるんだという気持ちが必要ですよね。だから、僕らが楽をしちゃったからラジオ局がこういう結果になったんだという自覚を持たないといけません。
でも、諦めたわけではなくて。自分でいうのも何ですが、僕たち、全国のラジオの制作陣たちが、生ぬるい思いでやってきたから、神の罰が下ってラジオの総売上が落ちている。そう考えたら、ちゃんと善行を施せば神は認めるぞみたいな、精神的なところからもう1回全員やり直そうよと。そうしたらラジオは光るぞ、絶対って。理想・本質論みたいな話ですけど。
だから、「(ラジオに対して熱い想いを持った)いい子が入らない」とか人のせいにせず、われわれがダラダラしていたから神の罰が下って収入が落ちて、収入が落ちたら給料があまり高くないからいい子が逃げていったんじゃないかと。やっぱり振り返ったら自分たちの責任で。よく政治の責任で「失われた何十年」とかいうけど、「ラジオの失われた20年」は絶対僕たちの責任だよなと思っていて。じゃあ、どうするんだというと、ラジオに対して熱い想いを持った社員を1人2人各局が持つべきだと。そこから始めなきゃいけないと思っています。
ラジオ局のこれからと個人的な野望
テレビ局とラジオ局は同じ放送局でも基本的に違うので、「ラジオはせいぜいこのぐらいの収入だけど、これをやれば社会的な影響や使命は果たせるから、それでいい」と思うべきですよね。だから、本当はスポット収入がいいんだけど、もしかするとタイム収入でやっていけるぐらいの大きさに、組織自体がなった方がいいのかもしれません。極論ではありますが。
「この看板の前は1日50万台の車が通りますよ、みんな見ますよ」がスポット販売じゃないですか。それは理想的な売り方ですよね。何もしなくていい。「みんな聴いている」と営業がいえるようになったら完成形ですが、今の時代ではなかなか難しいですよね。
僕個人の夢としては、実現できなかったのですが、強烈な編成をやっていいといわれたら、しゃべり手は曜日別で7人だけにするんですよ。月曜は朝の8時から夕方5時まで1人。「あの人の声が聴こえているということは、今日は火曜日」というしゃべり手を7人、選別しきって。そういうラジオは作ってみたいですね。7人のしゃべり手は個人経営の会社の社長のようになってくると思うのですが、しゃべり手が営業に要望を出して動いてもらって。そういう7つのプログラムで7人がやるラジオ局が夢で。ラジオの編成部長の頃にそのアイデアを上にいったら笑われて怒られましたけど(苦笑)。
でも、可能性があるうちに手を打たなきゃ。やってみて駄目だったら引いてやり直せばいいんだから。なのに、テレビ編成的なことをラジオ編成が考えていて、硬直化してきている。何をやってもいいのにね。あんまりいい過ぎると愚痴みたいになっちゃいますけど、南海放送は前途洋々だと思っています。
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南海放送 代表取締役会長
田中和彦(たなか・かずひこ)1954年愛媛県生まれ。1977年アナウンサーとして南海放送に入社。深夜放送『POPSヒコヒコタイム』(1982年春~2002年春)など、人気番組を多数担当。2014年同社代表取締役社長。2020年から現職。

