2025年日本民間放送連盟賞(民放連賞)でテレビグランプリに輝いた静岡放送『SBSスペシャル 無限の檻~袴田巖さんと再審~』。袴田巖さんの再審無罪判決(2024年9月26日)を機に、逮捕から58年にわたり冤罪が疑われながらもそれを正す機会がなかったのかを、公判に関わった3人の元裁判官への取材を軸に浮かび上がらせた。グランプリ受賞を記念し、同番組の取材にあたった静岡放送の山口駿平さんと、同じく民放連賞の特別表彰部門「放送と公共性」で優秀を受賞した関西テレビ放送の「冤罪を生む刑事司法の壁に挑む検証報道」に携わった上田大輔ディレクターの対談を企画しました。冤罪事件をどう報じるか、司法の壁をどう乗り越えていくか――実体験に基づいた熱い思いを語っていただきました。
なお、テレビ・ラジオのグランプリ、準グランプリ受賞作は全国の民放で放送されます。放送予定はこちらのページから「全国向け放送の予定」参照。(編集広報部)
バラエティ目指すも、いきなり袴田事件の担当に
上田 『無限の檻~袴田巖さんと再審~』(以下、『無限の檻』)のグランプリ受賞、おめでとうございます。袴田事件は地元の静岡放送としても脈々と取材を続けてこられたと思います。山口さんが担当することになった経緯は?
山口 私は2022年の入社で、現在4年目です。バラエティがやりたくてテレビ局に入ったのですが、入社して配属されたのは報道部で最初が浜松総局でした。袴田巖さんのお住まいが取材エリアです。「それでは袴田事件を担当してもらおう」となって......その1年後に袴田さんの再審開始が決まります。当然、そこから勉強や取材をがっつりと重ねていくことになりました。
上田 袴田事件のことはご存じでしたか? スケールの大きさと問題の深刻さ、そして歴史的な重み。報道に配属されただけでも大変なのに、いきなり担当するプレッシャーは?
山口 事件のことは知ってはいましたが、「冤罪が疑われている」「再審がなかなかうまくいかない」といった程度でした。静岡放送では2003年ごろから袴田事件のドキュメンタリーをつくってきましたが、それまで取材を担当してきた歴代の先輩たちにまず話を聞くことから始めました。「再審制度」って、そもそもなに? そんな、ゼロからのスタートです。「自分でいいのか」というのが正直なところでしたが、正義感というと口幅ったいのですが、無実かもしれない人を国家権力が半世紀以上拘置し続けているのは誰が考えてもおかしい。僕自身も強くそう思いました。幸い先輩にも恵まれ、資料もしっかり受け継がれてきた。それらを時系列で追って、判決文も含めてすべて読み込むところからでした。勉強しなければ取材も始められません。2022年から3年近く勉強と取材を重ねました。
<静岡放送入社後、直ちに袴田事件に携わることになった山口駿平さん>
上田 その3年で山口さんになにかスイッチが入った瞬間ってありますか?
山口 2023年3月に再審開始決定が出たことです。証拠が捏造された疑いがリアルタイムで出たことで、間もなく大きな節目に立ち会うのだと実感しました。単に事実を伝えるだけではなく、そうなった経緯を詳しく検証して、同じようなことを繰り返さないための報道をしなければいけないと思うようになりました。
上田 静岡放送をはじめ地元や中央のメディアは袴田事件をさまざまに伝え、いくつものドキュメンタリーを世に問うてきました。山口さんはどこに軸足を置いて、それらと差別化しようと考えましたか?
山口 関わってきた裁判官がこれまでどう思ってきたのかという点です。だから今回は袴田巖さんのお姉さんのひで子さんの努力といった部分は、あえて少なくしました。裁判に直接関わった人の声で問題点をわかりやすく提示して、どこかで止めることができなかったのかを考えてみたかったのです。
上田 ひで子さんの視点で描けば、エモーショナルに、この事件の残酷さを広く訴えかけられますよね。そこはあえて抑えて、今回は事件に携わった熊本典道さん、熊田俊博さん、村山浩昭さんの元裁判官3人を軸に、さらに数多くの情報を散りばめつつ、わかりやすくまとめられた番組だと思いました。とはいえ、巖さんご本人の声も伝えている。巖さんに無罪判決が出た数日後でしょうか、巖さんが支援者の方々にお話しされた、無罪を勝ち取った言葉をしっかりと番組のなかで使っておられた。ここに山口さんの思いを受け止めました。長年にわたって死刑囚として拘置されることの不条理をご本人の言葉から感じてもらう。これほど説得力があることはありません。

<『無限の檻~袴田巖さんと再審~』㊤、ひで子さんを取材する山口さん>
裁判官の証言にフォーカス
山口 当事者はあくまでも巖さんです。その姿と言葉......いまはコミュニケーションが取りづらい状況にありますが、支援者の協力で映像を撮ってもらったりして、番組の内容は巖さんからは絶対に離れないようにしたかった。ご本人の「自分が死刑囚とされて苦しんだ」「判決でようやく解放された」という感覚はなんとしても伝えなければ、と。
上田 1980年代に巖さんの再審請求審に携わった熊田俊博元裁判官のお話はこれまで聞いたことがありませんでした。退官されたいまも、ずっと後悔されていることがとてもよく伝わってきました。法務省では再審法改正の検討が始まっていますが、証拠開示の規定がない、上訴しても抗告が繰り返されるという再審法の問題につなげる意識を強く感じました。
山口 事実を伝えたからといって、この58年という時間は返ってきません。第2、第3の袴田事件を生まないためになにをすべきか、そもそもなにがこういう状況にさせたのかを実感を持って話してもらえる人と言葉を意識しました。
上田 熊田さんの実感もよく伝わってきました。
山口 熊田さんはわれわれ静岡放送のグループ会社の静岡新聞が先行取材していて、私もとりあえず行ってみたのですが、ご本人も思うところがあったようで、「当時、私はこう思った」と話していただけました。その後も何度も取材するなかで、「後悔」とか「申し訳ない」というストレートな言葉はなかなかいただけなかったのですが、再審無罪の判決が出た当日(2024年9月26日)にもカメラ取材させていただき、「こういう形になったのは、これまで関わってきた裁判官にも責任がある。それは自分も含めてだ」と。
上田 重い言葉です。すべての裁判官に響くのではないでしょうか。また、1968年に袴田さんに死刑判決を下した静岡地裁の3人の裁判官のうちの一人、熊本典道さんのインタビューなども当時の映像がよく残っていましたね。
山口 熊本さんは「過酷な取り調べの末の自白」という当時の判決を疑い、無罪を主張されましたが、他の2人が死刑を支持したため、やむを得ず死刑の判決文を書いたと約40年後に告白されています。あのインタビューはありがたかった。静岡放送の歴代の先輩やTBSテレビなどの系列局が丹念な取材で積み上げてきたものを、このタイミングで最後に僕がアンカーとしてバトンを受けた。だから、今回の受賞で歴代の担当が「俺も報われたよ」と言ってくれたのはとてもうれしかったです。
上田 畝本直美検事総長が無罪判決の内容に「到底承服できない」という談話を出したことも、彼女の絵(映像)を入れてしっかりと伝えていましたね。検察への異議申し立てという山口さんの意志が強く感じられました。
山口 あの談話をどういう意図で出したのか、取材を続けてきた身としてはわかりかねるところがありました。その違和感はどうしても皆さんにも持ってもらいたかったですね。
「絵がない」問題とメディアの信頼
山口 上田さんにぜひうかがいたかったのは、「揺さぶられっ子症候群」の取材にしてもドキュメンタリー『逆転裁判官の真意』(2023年、以下『逆転裁判官』)も「絵」が難しいじゃないですか。司法のドキュメンタリーの絵づくりをどう意識されていますか?
上田 あるのは、裁判所の建物や開廷前の冒頭映像だけ。テレビが裁判報道に消極的になっているのには、そんな遠因もあるように思えます。自己紹介的な話を少しすると、私は学生時代に無実の人を救う刑事弁護人になろうと思い立ったのですが、司法試験に受かったころには、"有罪ありき"の現実を知って刑事司法と闘っていく自信を失っていたんです。それで関西テレビの社内弁護士として、7年半ほど法務部門で著作権や訴訟対応などに携わりました。やがて、一度諦めた刑事司法の問題を、記者として伝えることはできないか――そう志願して転身したんです。それまでの仕事は説得的な文章を書くことでしたが、テレビの記者は絵で考えなければいけない。いままでにない、いい裁判ニュース原稿が書けたって自信満々だったのが、「じゃ、絵どうするの?」みたいな......。「絵は適当に裁判所の外観とかあるじゃないですか」と、最初はそんな感じだったんですよ(笑)
<関西テレビの社内弁護士から報道部の記者に転じた上田大輔さん>
そんなときに出合ったテーマが「揺さぶられっ子症候群」です。乳児を激しく揺さぶったとして親などが逮捕される事件ですが、取材を深めていくと冤罪が疑われるケースが少なくありませんでした。ここからこの問題との付き合いが始まるのですが、話を戻すと、映像をどう工夫するかが裁判報道では大事なところで、しかも難しい。試行錯誤に尽きるのですが、いままでやっていないことにチャレンジするようにはしています。例えば、ドキュメンタリーだと、まずインタビューをマルチカメラでやってみたり。複数のアングルで撮りますから素材はどうしても多くなりがち。でも、それで編集のバリエーションを増やせるし、インタビューを印象的に見せることに役立ちます。
山口 一眼のカメラとかを使っているんですか。
上田 はい、一眼のシネマカメラを複数台で撮ってみるのも一つの工夫ですし、再現というとやや語弊がありますが、ドラマっぽく描くやり方とか、顔は映らないけどちょっと自然な感じで再現映像を入れてみる。映像がないぶん、イメージを想起させる映像にもチャレンジしています。もう一つの特徴は自分も画面のなかに出るということ。自分も込みで取材相手との距離感とか自分の狙いを視聴者と共有しながら進めていくやり方です。『逆転裁判官』は本当に全くなにも絵がないところからの企画だったので、逆にゼロからやるのなら、自分がいまからどう取材するのかを見せることで、難しいとされる刑事司法の話を一緒に悩んでもらうことを狙いました。自分としては、ちょっと恥ずかしかったり、自分が出ていると面白く見られないんですけどね(笑)
山口 『逆転裁判官』は、上田さんが違和感を持たれたことをご自身のナレーション込みでおっしゃられているところがとても理解の助けになりました。私も番組をつくるときに「この映像はこういう意図で、ここのナレーションはこういう意図で」みたいなことをプロデューサーに説明することがありますが、「君がそれを説明している時点で伝わってないから」と言われて......。『逆転裁判官』を見て「そうだ、このやり方もあるのか!」と。
上田 「客観報道」を掲げながら、記者の目線や存在をあまり前面に出さないのが民放テレビの文化というかセオリーのように思われていますよね。でも、本当にそうなのでしょうか。メディアの信頼というものがそもそも大きく問われているいまだからこそ、取材する側、特に記者の目線や視点、取材過程などを見せていくアプローチが、逆に信頼を得る、あるいは回復するための大きな力になるような気がします。スタジオに記者が出るのも一つです。すでに行われていますし、すべてをそうする必要はないとは思いますが。
山口 私が袴田事件を取材し始めたころは、すでに社会もメディアの間でも袴田さんが冤罪である可能性は高いだろうという空気感でした。しかし、上田さんの「揺さぶられっ子症候群」の取材は、そういう前提すらないなかで数々の事案を発掘し、取材されてきました。そういった事案について冤罪の可能性を信じて取材を進めるのは、とても勇気が要ると思うのですが。


<上田さんが手がけた『引き裂かれる家族』(2023年)㊤と
『逆転裁判官の真意』(同)で福崎伸一郎元裁判官に対峙する上田さん>
上田 「揺さぶられっ子症候群」にもいろんなケースがあります。刑事事件だけではなく、児童相談所の親子分離の問題もあります。30組近い家族を取材してきましたが、虐待の根拠や科学的根拠という点からみてこれは無罪だろうと確信を持てた事案が多く、なんとか伝えたいと取材に行くわけですが、相手は逮捕報道の時に実名で報じた方々。最初は必ずメディアへの不信感を投げかけられることから始まるんです。じっくりを話を聴けたと思っても、最後は取材を断られることも少なくありませんし、仮にカメラ取材を受けていただいても、次は個人が特定されないような配慮が求められる。「顔出しすることで本当に不利益はないですか?」と問われると、「ありません」と断言することもできません。ご本人がOKされてもご家族が反対されることもありました。私にできることは、時間をかけるということ。まずはカメラを持たずにいかに同じ時間をどれだけ共有できるか。そのうえで私の取材姿勢に納得、共感してもらえるか。映画『揺さぶられる正義』に出ていただいた4家族とは、そういうかたちで時間をかけて信頼関係を築かせていただいたと思っています。
山口 記者が一生懸命にやっているその熱意は相手に伝わっているのではないでしょうか。性質は違うかもしれませんが、『無限の檻』に出ていただいた村山浩昭元裁判官も最初はかたくなに取材を拒まれていたのですが、取材成果を粘り強く送り続けていくうちに応じていただくことができました。
これからの裁判報道に必要なもの
山口 無罪判決を書くことに積極的だったことで知られる木谷明元裁判官に取材したとき、「裁判官は再審決定を出しにくい。先輩が出した判決を覆すようなものは出しにくい」とおっしゃっていました。もちろん、木谷さんはそういうタイプではないのですが、「そういう裁判官っていっぱいいるんだよ」とお聞きしたときに、おかしくないですか? と突っかかかってしまったことを思い出しました。
上田 そのぐらい、あの世界のなかにいると外が見えなくなるんでしょうね。そこに、再審を始めようにも証拠はほとんど検察が握っていて、被告人に有利な情報は開示できない、いや開示しなくていいという制度のシステムが重くのしかかってくる。私が刑事弁護の道を諦めたのもそうした不条理な世界への絶望感がありました。
山口 それを放送局の立場からどれだけ変えていけるのか、あるいは変えようとしている方々の声をどれだけ届けられるのか――これからの課題はそこではないでしょうか。一連の取材を続けて思ったのは、「自分は絶対に犯罪など犯さないぞ」と思っていても、冤罪はいつ降りかかってくるかわからない。「揺さぶられっ子症候群」も、大川原化工機事件もそうですが、誰もが当事者になり得る可能性がある。だから、もっと放送を通じて当事者意識を皆さんに持ってもらえるようにしたいと思いますね。

<『無限の檻』から熊本典道、熊田俊博、村山浩昭の元裁判官3氏>
上田 裁判官に語ってもらう意義はとても大きいですね。けど、元裁判官も含めてほとんど表に出てこないし発言しない。だから木谷さんとか一部の方に集中する。裁判の実像が紹介されないなかで、人が人を裁いている。そこにはいろいろな主観も交じり得るだろうし、時間的にも制度的にも限界があるなかで判断されているという、あたりまえのことすらなかなか想像されないし、検証もされない。だからこそ、メディアがその役割を果たしていかなければならない。その意味でも、山口さんの『無限の檻』は、とりわけ熊本元裁判官が袴田事件によって人生を後悔とともに送ることになったという、ある種の悲劇性というのか、裁判官の職責の重さがよく表れていました。日ごろのニュースにも、こうした視点を増やしていかないといけないと思います。
山口 袴田さんの再審無罪の決め手となった「5点の衣類」のカラー写真が2014年になって出てきたことなどは、村山元裁判官ですら「衝撃だった」と語られています。当事者として見てきたからこそ伝わるリアリティです。この言葉を聞けただけでも、話をうかがった意義がありました。取材を受けていただくのは大変でしたが。
上田 語る裁判官がもっと出てきてほしいですね。村山さんもいまでこそ『プロジェクトX』(NHK)などメディアの取材を積極的に引き受けておられますが、私の『逆転裁判官』のときは断られてしまいました。退官から時間を経ると、司法の実情を伝える役割を果たしていかねばと思う方はもっといらっしゃるはず。そこをメディアがしっかりと扉をノックしていかないといけないですね。
山口 あの立場の方って、日々のニュースでは見えないじゃないですか。取材しながら感じたのは、上田さんが先ほど述べた「人が人を裁いている」ということ。裁判官も人、再審開始決定は出しにくい――そんな感覚を持った人間なんだ。番組を通じて、そうしたことももっと伝われば......。『無限の檻』の最後に村山元裁判官が判決当日に囲み取材に応じるなかで「自分がいままでやってきた裁判が100%全部正しい保証はない」「再審制度は裁判官も救う」とおっしゃっていました。だからこそ、自分がミスをした可能性があって黒と言ってしまったものが白になる制度がきちんと整うことで裁判官も救われるということです。いま始まりつつある再審制度の改革は、裁判官をも救うんだ――そんな観点で伝える必要があるのだと思います。
上田 再審法改正をめぐって激しい議論が続いているなか、『無限の檻』が全国放送で多くの方に見てもらえる機会があるのはとてもいいことですね。ありがとうございました。
山口 配信もされていないので、ぜひご覧いただきたいと思います。ありがとうございました。
(2025年12月8日 民放連会議室にて)
静岡放送 報道制作局制作部
山口 駿平(やまぐち・しゅんぺい)
1999年静岡県生まれ。東北大学経済学部卒業。2022年静岡放送入社。浜松総局、社会部などで記者として勤務。2023年『袴田事件57年~此の国の司法を問う~』、2024年『無限の檻~袴田巖さんと再審~』を制作。第62回ギャラクシー賞奨励賞、2025年日本民間放送連盟賞テレビグランプリを受賞。現在はディレクターとしてバラエティ番組を制作。
関西テレビ放送 報道情報局報道センター
上田 大輔(うえだ・だいすけ)
1978年兵庫県生まれ。2009年関西テレビ放送入社、社内弁護士として法務担当。2016年に報道局へ異動し記者に。大阪府政・司法キャップ等を経て現在「ザ・ドキュメント」ディレクター。8年にわたる「揺さぶられっ子症候群」取材をまとめたドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』が25年9月から公開中。2025年日本民間放送連盟賞の特別表彰部門「放送と公共性」で「冤罪を生む刑事司法の壁に挑む検証報道」で優秀を受賞。
