米ワーナーブラザース・ディスカバリー(WBD)の買収をめぐる動きが12月に入って急展開している。WBDはNetflixから約720億㌦(約11兆円)規模の買収額で提示を受け、12月5日に両社が独占交渉に入ったと報じられた。ところが3日後の8日早朝、パラマウント・スカイダンス(Paramount Skydance)がこれを大幅に上回る約1,080億㌦(約17兆円)規模の敵対的買収案を提示した(冒頭画像はNetflixとパラマウントのリリース)。WBDは同日午後、パラマウント・スカイダンスからの提案を10営業日以内(12月19日まで)に返答すると明らかにした。一方のNetflixはライバルの反撃を「想定の範囲内」と独占交渉を継続する意思を崩していない。
Netflixの名乗りにパラマウント側が敵対的提案
そもそもWBDは、10月21日に「複数企業から資産売却を含む打診があった」として株主価値を最大化するための検討を開始すると発表(既報)。2026年半ばまでに映画・配信部門のWarner Bros.(ワーナー・ブラザース)と、ケーブルと欧州事業を担うDiscovery Global(ディスカバリー・グローバル)への分社を進めていた矢先のことだった。以後、パラマウント・スカイダンスは3回にわたって買収を提案していたが、WBDのデビッド・ザスラフCEOは「提示額はWBDの企業価値を反映していない」と退けてきた。10月末にはNetflixやコムキャストも関心を示し、3社による買収競争の様相を呈するに至った。
パラマウント・スカイダンスが今回示したのは、WBDの発行済み株式すべてを1株30㌦、総額約1,080億㌦で全額現金で買収するというもの。パラマウント・スカイダンスのデビッド・エリソンCEOの父親でIT大手オラクルの共同創業者ラリー・エリソン氏、投資企業RedBird Capital Partnersに加え、サウジアラビア、カタール、アブダビなど中東の政府系ファンド、さらにはドナルド・トランプ大統領の義理の息子ジャレッド・クシュナー氏率いる投資会社Affinity Partnersが資金を拠出する。これらのファンドは議決権を持たず、ガバナンス上の権利は放棄すると伝えられている。また、買収対象を「映画・テレビスタジオ+配信(HBO/HBO Maxなど)」とするNetflixに対して、パラマウント・スカイダンスは「WBDを存続することを主眼とする」としてCNNやTNTなどのテレビ資産も含むWBD全体を買収する提案だ。Netflixの提案にはパラマウント・スカイダンスは「現金と相場変動のリスクがある株式を組み合わせたNetflix案より、当社の提案の方が価格の安定性と確実性で優位にある」と主張。買収完了の時期もNetflix案(12〜18カ月)より短い12カ月以内を見込む。
当初は「旧来メディア資産には関心がない」と公言していたNetflixは10月下旬に一転して買収への検討に舵を切り、12月初旬にWBDとの独占交渉権を獲得する電光石火の動きをみせた。NetflixがWBDに強い関心を示す理由は、WBD傘下のケーブルチャンネルHBOが持つ良質なドラマの文化的価値と配信プラットフォームHBO Maxが有する経済的価値。いわば、伝統と実績を持った"プレミアムブランド"の獲得で、配信サービス全体の差別化を強化したい意向がある。しかも、Warner Bros.の映画スタジオが含まれる。ただし、Netflixのテッド・サランドス共同CEOは「映画館文化は旧時代のもの。映画を自宅で見るスタイルこそが未来だ」と公言してきた。このため、「映画館文化」の代名詞ともいうべきWarner Bros.を買収し、映画業界を内部から弱体化することが真の狙いだと危惧する業界関係者も少なくない。このため、映画業界からは強い反発の声が上がっている。米大手劇場チェーンは「NetflixがWBDを買収すれば劇場公開作品が減り、映画文化が損なわれる」と警戒を示している。
政治の影も構造を複雑化?
政治の影もちらつく。Netflixのサランドス共同CEOは買収計画発表の直前にトランプ大統領とホワイトハウスで会談している。しかし、同大統領はその後、「Netflixによる買収は市場シェアをあまりにも拡大させ問題だ」と発言。Netflixの対象になってはいないが、「CNNを維持すような取引には賛成できない」「CNNは売るべきだ」とCNNの報道を批判してきた立場らしい発言があったという。一方のパラマウント・スカイダンスが前述のようにサウジアラビアなど中東系ファンドに支えられていることに対しては民主党の議員から「国家安全保障上の懸念がある」と異論も出ている。いずれの陣営にも政治的リスクがくすぶっている。
関係企業の思惑に加え政権の姿勢や規制当局の判断が最終的な帰趨を決めることになり、見通しは不透明だが、今回の結果次第では米メディア産業の勢力図を大きく塗り替える可能性が高いだけに、その動向からしばらく目が離せそうにない。
