2023年民放連賞最優秀受賞のことば(放送と公共性) テレビ静岡 イーちゃんの白い杖 25年継続取材と全国発信プロジェクト

橋本 真理子
2023年民放連賞最優秀受賞のことば(放送と公共性) テレビ静岡 イーちゃんの白い杖 25年継続取材と全国発信プロジェクト

2023年8月下旬、私は番組主人公・イーちゃん(33歳)と民放連賞「特別表彰部門・放送と公共性」の最終プレゼンテーション(Zoom)に臨みました。あんまマッサージ指圧師のイーちゃんは、この日仕事が休みだったため、取材する側とされる側が互いにどう感じてきたのか、普段私たちがどんなふうに舞台挨拶しているのか、審査員にありのままを見て聞いてもらいたいと思ったからです。

全盲の少女・イーちゃんこと小長谷唯織(こながや・いおり)さんと出会って25年。天真爛漫な幼少期から、いじめを受け、夢破れ笑顔が消えた学生時代、目が見えないが故に気が利かないと就職先に解雇され、先が見えなくなった20代。ずっとずっと取材を続け、見守ってきました。この間、2歳年下の弟・息吹(いぶき)君も姉ちゃんの苦しみを分かち合うかのように入退院を繰り返し、何度も手術を受けることに。生きようと必死でした。「学校にいても、家にいてもつらいんだったら死んだ方がまし」とまで考えたイーちゃんは、弟の頑張る姿を見て自殺を踏みとどまり生きる選択をします。もう一度、イーちゃんの笑顔が見たい。その一心で一緒に歩んできました。

なぜ、25年取材し続けたのか――。

私の父も中途障がい者です。私が小学4年生の時、ステージ4の口腔がんを患った父は手術の末、歯を失い、舌を切除し、言語障がいとなりました。話すことも、食べることも困難になった父は家にこもるようになり「死にたい」と連呼するように。障がい者になったら人生終わるのか、隠れるようにして生きなければならないのか。そうであるなら変えたい、生まれながらに障がいがあっても、人生半ばで障がい者になっても堂々と生きられる社会にしたい、と私は養護学校(現在の特別支援学校)の教員免許を取得したうえでマスコミに入りました。

入退院を繰り返し、手術を乗り越える息吹君と父が重なったのも事実です。取材と看病(高齢の母に代わり一人っ子の私が担う)に疲れ果てた時、イーちゃん家族の強さはお手本でした。どれだけ励まされたか。この間、命の大切さ、家族の大切さを伝えるドキュメンタリー番組を制作し、視聴者に届けてきた理由もここにあります。

しかし、2016年、神奈川県で重度障がい者殺傷事件が発生。犯人は「重い障がいを持った人は生きている意味がない」と主張し、これに同調するようなコメントがSNS上で飛び交いました。「バリアフリー社会を目指そう」と叫んでも「できることなら障がい者とは関わりたくない」そう思う人がまだまだ多い現実がありました。

イーちゃん家族を取材し続け、1999年にドキュメンタリー番組『イーちゃんの白い杖―100年目の盲学校―』を、2010年に『いおりといぶき―私たちが生まれた意味―』を制作していながら何も伝わっていない、愕然とするとともにローカル局が全国発信する限界を感じました。

それならば全国各地で見てもらうためにどうするか。行きついたのがドキュメンタリー映画の制作です。障がい者が主人公。配給会社を見つけるのも苦労しましたが、地元・静岡の老舗映画館が私たちの思いに賛同し協力してくれたからこそ上映が実現し、映画は2018年に公開しました。笑って泣いて誰もが楽しめる映画を目指したことで、自治体や学校、公民館、福祉施設から「自主上映会」の申し込みが相次ぎ、イーちゃんの輪は全国に広がりました。できる限り、イーちゃん家族と上映会場に行き、観客と直接触れ合いたいと考えたのも"障がい"を身近に感じてもらうためでした。次の目標は海外発信です。

「障がいのある子どもたち」をテーマにまとめた『世界子供白書2013』日本語要約版にも、「世界中で多くの子供たちが障がいを理由に社会から疎外され"見えない"状態に置かれている」「"できないこと"ではなく"できること"に注目すれば社会全体がよくなる」と記されていて、障がい者を取り巻く問題は日本だけでなく世界の課題です。

『イーちゃんの白い杖』は、障がいがある中で生きる大変さ、育てる大変さだけに注目するのではなく、唯織さんと息吹君が中心となって家族をひとつにしている、生まれながらに障がいがあったからこそ得られる幸せがあると伝えたくて制作しました。人は年を取れば目も悪くなり、腰も痛くなり、歩くのが困難になります。いつの日かみんな障がい者になる、唯織さんも息吹君も少しそれが早かっただけ、だからこそ生きる術を私たちより早く学んでいる、尊敬すべき存在だと感じます。

新型コロナの影響で人と人とが引き離され、一時上映会はストップしましたが、DVDや配信という方法でイーちゃんの輪を維持してきました。健常者に追いつこうと障がい者が頑張るのではなく、2人が生きやすい社会は私たちにとっても生きやすい社会になると、これからも伝え続けます。


番組部門テレビエンターテインメント番組の最優秀
『テレビ静岡55周年記念「イーちゃんの白い杖」特別編』の受賞のことばはこちら


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