2023年民放連賞審査講評(放送と公共性) 強い問題意識と丹念な取材の積み重ね

石澤 靖治
2023年民放連賞審査講評(放送と公共性) 強い問題意識と丹念な取材の積み重ね

8月23日中央審査【参加/17社=17件】
審査委員長=石澤靖治(学習院女子大教授・元学長)
審査員=草野満代(フリーアナウンサー)、増田明美(スポーツジャーナリスト)、水島久光(東海大教授)、山﨑晴太郎(セイタロウデザイン代表、クリエイティブディレクター)


今回もまた、力のこもった、そして強い思いに裏打ちされた事績に巡り合うことができた。最優秀、優秀に漏れたものでも、新機軸を打ち出したものもあれば、調査報道として成功を収めていたものもあり、各局の力量と努力が十分に感じられた。一方で、放送の公共性とは何か、もう一歩意識してほしかったものもあったことも指摘しておきたい。

最優秀=テレビ静岡/イーちゃんの白い杖 25年継続取材と全国発信プロジェクト
この事績は、生まれながらにして目が不自由なイーちゃん(小長谷唯織さん)、そしてそれ以上に身体的ハンディを背負って生まれてきた彼女の弟(息吹さん)、そのきょうだいの成長の過程を同局の橋本真理子氏が25年にわたって追い続けてきたものである。困難な体験をしている人に密着して取材し、番組とすることには多大な苦労がある。その困難さが大きいほど、公表する社会的インパクトは強いものになる。しかしながらインパクトが強いからこそ、困難者への対応やアプローチの仕方、そして報道する姿勢などには細心の注意が必要である。ところが、このリポートからはそういった懸念は一切感じられない。それはこの種のテーマについて、自らの経験からこの仕事に就く前から強い問題意識を持っていた橋本氏であったからであろう。一方、伝えられる側のイーちゃんからは、素直さや明るさで困難を乗り越えてきたことが気持ちよく伝わってくる。伝える側と伝えられる側のベストマッチであり、これまでのこの種の事績とは別物で、爽快感さえ覚えるものであった。また他局でもすでに導入しているものではあるが、DVDや映画、ネットでの配信によってより多くの人に見てもらえる手法を駆使した点も評価できる。

優秀=信越放送/満蒙開拓・不都合な史実を語り継ぐ~ドキュメンタリー制作とアーカイブの活用~
長野県は戦前に日本が行ってきた満蒙(満州・内蒙古)開拓団を全国で最も多く送り出してきた。同局の手塚孝典氏は地元に関連の深いこの問題について長く取材を重ねてきた。今回の事績は理解してもらうことが容易ではないこの満蒙開拓問題について、より多くの人に知って理解してもらうための丹念な積み上げであった。それらは自著『幻の村-哀史・満蒙開拓』の出版であり、ネット配信であり、平和学習利用のためのライブラリーの充実であり、学校の授業や学習会などである。自らの問題意識をより広げていこうという一貫した姿勢が評価された。

優秀=東海テレビ放送/キャンペーン「かわるPTA」
私たちが子どもを学校に通わせると必ず遭遇するPTA。このあり方や、本来なら行政が整備するべき備品や設備がPTAの寄付によって賄われている実態を解明したのがこの事績である。いつも目にしていることで、何となく疑問を感じるものをあらためて問い直してみたのが、岩佐雄人記者が手掛けたこのPTA問題だった。日常的におかしいと思っていることについて、勇気をもってそれを指摘し、事実をもって立証していくことは、まさにジャーナリズムの原点である。この事績はまさにそれを踏襲したものである。この問題をさらに突き詰めていけば、学校と家庭とのあり方の全般的な関係の見直しにもつながっていく可能性を秘めている。

優秀=山口放送/平和を求めて 50年の放送活動
山口は原爆の被災地広島の隣県であり、瀬戸内にはかつて特攻兵器の訓練基地もあった。また東アジア情勢が緊迫する中で重要性を増す岩国基地が置かれている場でもある。その山口県で、山口放送は50年にわたって戦争のありようについてさまざまな視点から番組を作り、世に問い続けてきた。またその過程において、特定の年代、あるいは特定の人たちが担当するのではなく、年代を超えてこの問題を局として引き継いできたことに大きな意義がある。

優秀=大分朝日放送/子ども食堂応援キャンペーン「笑顔のおむすび」
近年、よく耳にするようになった「こども食堂」の存在。そこから連想するものは人によってさまざまであろう。それらは日本社会の格差の象徴、子どもの食事をないがしろにする親の存在、手を打たない行政の不備などだろうか。しかしながらその実態や原因について、どれほど具体的にフォローされてきただろうか。この事績は丹念に取材を重ねて本質に切り込みつつ、地元局としてこの問題の解決にまで踏み込みを進めている。この企画はまだ手探りの部分もあるようだが、大きく育てていくことを期待する。


・各部門の審査結果はこちらから。

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