【放送人 この言葉、あの言葉⑤】~「これから生まれてくる女の子たちがもっと生きやすい社会に」(前川瞳美) 

丹羽 美之
【放送人 この言葉、あの言葉⑤】~「これから生まれてくる女の子たちがもっと生きやすい社会に」(前川瞳美) 

面白い番組、優れた番組の背後には魅力的な作り手や演じ手がいます。その人たちの残した印象的な言葉は番組制作の極意を伝えるとともに、一種の演出論や映像論、社会論とも言えます。連載【放送人 この言葉、あの言葉】はこれら珠玉の言葉の数々を、東京大学でメディア論の教鞭を執る丹羽美之さんの視点で選んでいただき、毎回ひとつずつ紹介していきます。5回目は日本テレビ放送網(以下、日本テレビ)で好評放送中のバラエティ『上田と女が吠える夜』『上田と女がDEEPに吠える夜』の総合演出を務める前川瞳美さんの「この言葉」です。(編集広報部)


『上田と女がDEEPに吠える夜』(日本テレビ、火、23:59~24:54)は、さまざまな女性のリアルな悩みを深く語り合う深夜のトークバラエティだ。2024年の放送開始以来、「令和の性教育」「毛のお悩み」「女性同士でも分かり合えない生理の悩み」「ルッキズムの呪い」「性的同意」「不妊治療のリアル」「ワンオペ育児」など、他のバラエティ番組では扱いそうもないテーマを取り上げてきた。TVerで2024年に放送・配信が開始された新作バラエティ番組の中で総再生数が1位となるなど、女性たちから多くの支持を集めている。

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<『上田と女がDEEPに吠える夜』ⓒ日本テレビ>

この番組は2022年にレギュラー放送を開始した『上田と女が吠える夜』(日本テレビ、水、21:00~21:54)のスピンオフ番組として誕生した。ひな壇に並んだ女性芸人たち(大久保佳代子、いとうあさこ、MEGUMI、若槻千夏、ファーストサマーウイカなど)が、司会のくりぃむしちゅー・上田晋也を相手に、歯に衣着せぬトークを繰り広げる構図はどちらも同じだが、深夜の『DEEP』版では女性の悩みや生きづらさをテーマにより深く語り合う。『上田と女が吠える夜』でたびたび、ハラスメントやジェンダーバイアスの話題が出たことから、それらをもっと掘り下げるためにこの番組が生まれたという¹ 。

自身の生きづらさを原動力に

『上田と女が吠える夜』『上田と女がDEEPに吠える夜』を立ち上げ、その総合演出を務める前川瞳美は、エンタメと社会的なテーマを両立させることができる稀有な作り手だ。前川は多摩美術大学を卒業後、2010年に日本テレビに入社した。これまで『月曜から夜ふかし』『世界の果てまでイッテQ!』など、人気のバラエティ番組でディレクターとして笑いの腕を磨いてきた。2025年に放送された『24時間テレビ48 愛は地球を救う』では、女性初の総合演出に抜擢されたことでも話題になった。

気鋭のバラエティ演出家として注目を集める前川だが、彼女にとって『上田と女がDEEPに吠える夜』は、自分自身の切実な思いから生まれた番組でもあった。前川によれば、彼女自身がこれまでの人生や仕事の中で抱えてきた女性としての悩みや生きづらさが、この番組を制作する原動力のひとつになっているという。その制作の舞台裏を紹介する記事の中で、彼女は「女性として生まれて、生きづらいなと思うことは未だにあります」と語り、この番組を通して実現したいことを次のように述べている。

「自分のようにあまりパワーがない女性でも、ごく当たり前に自分のやりたいことを諦めないですむ社会になってほしい...というのも今の原動力の1つかもしれません」「これから生まれてくる女の子たちがもっと生きやすい社会に。そんな手助けをできるような番組を作れたらと思います」²

前川をはじめ、この番組の制作チームのほとんどが女性で構成されており、スタッフが抱える個人的な悩みの相談から、番組で取り上げるテーマが決まることもあるという³ 。日常生活の中で誰にも相談できずに困っていること、「女だから」という理由で知らず知らずのうちに我慢していること、表立って言葉にできずにモヤモヤしていること......テレビの中で女性たちが自分たちの愚痴や憤りを率直に語り合える場はそう多くはない。女性が抱える悩みや生きづらさに、制作チームが自分事として正直に向き合っているからこそ、多くの人々の共感や支持が得られるのだろう。

女性同士の対立構図を超えて

もちろん、女性中心のバラエティがこれまで全くなかったわけではない。数は少ないものの、女性がひな壇の中心に並ぶトークバラエティはこれまでも確かに作られてきた。しかし、以前の女性中心のバラエティは、男性目線を意識して作られることが多く、若い女性の恋愛話やバトルで盛り上がる傾向が強かった。そこでは「罵り合う女たち」や「足を引っ張り合う女たち」のように、女性同士の仲の悪さを強調し、対立を煽るような演出がされがちだった。司会の男性はそれを焚き付ける役割を求められた。

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<放送文化基金の全国制作者フォーラム
登壇した前川瞳美さん

/2025年2月15日(編集広報部撮影)>

実際、『上田と女が吠える夜』の前身となった企画もその例外ではなかった。CREA WEBに掲載されたインタビュー記事によれば、この番組は、もともとは『ニノさん』(日本テレビ)というバラエティの中で「女が嫌いな女たち」として放送された単発企画からスタートした。その後、『女が女に怒る夜』というタイトルで特番として何度か放送された後、『上田と女が吠える夜』としてレギュラー化された。そのタイトルからもわかるとおり、当初の企画では女性同士の対立構図が必要以上に強調されていたという。

最初の『女が嫌いな女たち』のときは完全にそういう意図がありました。そのときの自分は非常に未熟だったなと思います。本来は「女性が愚痴を言う番組」というだけの企画でなんの問題もないはずなのに、なぜそこで「女性VS女性」にしたのかという理由を今考えると、やっぱり男性中心のテレビ業界で男性に嫌われないテイストを少し入れておきたい、という気持ちがあったんでしょうね。⁴

だから「DEEPに吠える夜」は、贖罪のようなつもりでやっている感覚があるんですよ。これまで自分や、自分だけじゃなくテレビ業界がやってきた良くない刷り込みを正すというか、それに対する償いの気持ちがあって。そういう妙な正義感でやってるところはありますね。⁵

前川自身が番組作りの過程で自分やテレビの中にある古い感覚を問い直し、乗り越えてきたことがわかる貴重なエピソードだ。『上田と女がDEEPに吠える夜』では、女性同士の対立を作為的に煽るような演出はされていない。それどころか、むしろ女性同士の結束力やチームワークの良さが印象に残る。女性たちとの対話をとおして、自分の価値観を問い直していく司会の上田晋也の存在も光る。もちろん女性も一枚岩ではなく、女性同士でも分かり合えないことは多々ある。しかし、互いを理解し、尊重し、勇気づけようとする姿勢は番組の中で一貫している。

世界経済フォーラムが発表している日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位と相変わらず低い(2025年版)。日本の社会がそうであるように、テレビの世界でも男性中心の価値観は根強い。テレビ局の意思決定層や制作現場には男性が圧倒的に多く、女性の悩みや生きづらさは理解されにくい。エンタメやバラエティの世界もその例外ではないだろう。一方で、エンタメには可能性もたくさんある。バラエティには古い秩序や権威を笑い飛ばし、明日への救いや希望を、面白く、大まじめに、そして愉快に届ける力がある。「これから生まれてくる女の子たち」のためにテレビができること、変わるべきことは少なくない。


¹ 「『上田と女がDEEPに吠える夜』反響で変化、女性演出担当の気持ち」朝日新聞DIGITAL202485日掲載、2025121日取得)
² 「『男性だったら子どもが欲しいと思えた』女性の本音バラエティーを仕掛ける女性ディレクターにきく"共感戦略"」日テレNEWS NNN2025411日掲載、2025121日取得)
³ 同上
⁴ 斎藤岬「テレビマンって呼ばないで#16 前川瞳美 後篇 前身番組『女が嫌いな女たち』から一変...『上田と女が吠える夜』ディレクターが明かす、番組が辿った"道のり"と"後悔"『やり方を変えたいと思った』」CREA WEB202564日掲載、2025121日取得)
⁵ 同上

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