【審査講評】秘めたる可能性と次代への希望 (2025年民放連賞ラジオ教養番組)

阿部 るり
【審査講評】秘めたる可能性と次代への希望 (2025年民放連賞ラジオ教養番組)

8月19日中央審査【参加/56社=56本】
審査委員長=阿部るり(上智大学文学部教授)
審査員=カライスコス・アントニオス(龍谷大学法学部教授)、村井美樹(俳優、タレント)、吉岡忍(作家)

※下線はグランプリ候補番組


日本でラジオ放送開始から100年。現在では、当時存在しなかった多様なメディアやテクノロジーが広く普及しているが、そのような時代にあっても、ラジオでなければ表現し得ない番組やテーマが、なお数多く存在することを番組を聴きながらあらためて実感した。

 音声のみで構成されるラジオには、表現上の制約や難しさもあるが、だからこそ想像力をかき立て、言葉や音がダイレクトにリスナーの心に届く力を持つ。今回の応募番組はいずれも、制作者の思いが明確なメッセージとして伝わり、とても聴き応えのある内容であった。ラジオというメディアが秘める可能性、そしてこれからの時代へとつながる希望を、あらためて実感させられる審査となった。

最優秀=文化放送/文化放送開局記念 昭和100年スペシャル「ドンとモーグリとライオンと~やなせたかし 名作前夜」(=写真)
やなせたかしの多彩な才能、詩的な美しさやリズム、ユーモアのなかに万物への深い愛と慈しみが感じられる番組だった。その根底には、やなせの戦争体験が確かに息づいていることが本番組の底流に深い意味を添えている。『アンパンマン』の前史としても貴重なエピソードが多く、番組構成も秀逸。ナレーションもまた、「やなせワールド」の魅力を一層際立たせている。過去の貴重な音源や資料を効果的に活用し、入社間もない若手制作者たちが、ラジオの過去と現在を結び、未来へとつないでいく姿勢も素晴らしい。ラジオ放送開始100年、そして戦後80年という節目を象徴するような番組であった。

優秀=青森放送/あなたと見た風景 ~目の見えない初江さんと時のうつろい~
青森放送のラジオで47年にわたって放送している『RAB耳の新聞』のパーソナリティだった内田初江さん(85歳)、亡き夫、娘が織りなす「小さな暮らし」が丁寧に描かれている。本番組は目の見えない初江さんの穏やかで優しい日常をまるで追体験しているかのような感覚を与える。ラジオという音のメディアだからこそ、音が研ぎ澄まされて耳に自然と入ってくる。最小限のナレーションと、言葉や音声のあいだに流れる絶妙な「間」。その組み合わせが、情景をより鮮やかに浮かび上がらせている。小さな物語ながらも、印象に強く残る一作である。

優秀=信越放送/SBCラジオスペシャル いじめの授業 副島淳と考える
担任役の副島淳さんが自身の体験をもとに、いじめに悩む人へ寄り添いながら進行する姿勢には共感が持てる。授業形式で進められ、中学生や若者が自分の考えをリアルに語る構成は、リスナーにとっても等身大で受け取りやすく、番組としての工夫が感じられた。いじめを生む社会のあり方やいじめる側の問題に切り込むことができれば、より深みのある内容になっただろう。

優秀=東海ラジオ放送/オールドルーキー
50歳を過ぎてスタジオアナからスポーツ実況中継アナに転身した源石和輝さんの挑戦を軸に、スポーツ(野球)実況の仕事の舞台裏や奥深さを臨場感豊かに描き出す良質な番組。見たものを瞬時に言葉にし、音声だけでラジオのリスナーを「想像のなかで野球場に連れていく」スポーツアナの技量に圧倒される。ラジオ放送開始から100年という節目に、現場にいない人に現場の状況を音声で届けることの大切さをあらためて考えさせる、ラジオならではの番組だ。講評の場では、これからのラジオスポーツ中継の展望として、女性の実況アナウンサーの活躍にも期待が寄せられていることが話題に上ったことも、触れておきたい。

優秀=朝日放送ラジオ/ダウン症で、幸せでした。~10年追いかけてわかった幸福の秘密
新型出生前診断が2013年に導入され、「陽性」の診断を受けた人の約9割が中絶を選択するという現状のなか、ダウン症の本人や家族の声を丁寧に伝えていくことの意義はきわめて大きい。取材開始から10年を経て当事者たちが語る言葉は虚飾がなく、時間の積み重ねも説得力を増している。本番組には、ダウン症の家族にも、またそうでない人たちにも、それぞれの幸せのあり方を考えるきっかけをつくるとともに、翻って人生って何だろうと反省を迫る力がある。

優秀=RSK山陽放送/中四国ライブネット 岡山発 マモちゃんラジオ~みんなで守ろう黄色い道~
駅のホームや横断歩道で見かける点字ブロック。岡山で考案され世界に先駆けて設置されたことはあまり知られていない。点字ブロックの色の意味、音響式信号機の音の方角、誘導チャイムの役割、盲導犬との適切な接し方など、聴いているだけで「なるほど」と知見が広がる。点字ブロックにまつわるさまざまな活動に取り組む地元岡山の人々の熱意も伝わってくる。地方局ならではの視点が光る、学びの多い番組。

優秀=RKB毎日放送/障がい者のきょうだい~心の重荷をおろして~
障がい者のきょうだいという、見過ごされがちな存在に焦点を当て、かれらの抱える苦悩や葛藤を、弟の画才をきっかけに絵で起業した太田信介・宏介兄弟ら当事者たちの実直な言葉をとおして描き出す。幼少期から心に抱えてきた思いに光を当てるとともに、結婚や親亡き後の問題、生涯にわたるケアラーとしての現実など、重要な課題を提示している。日本の障がい者約1,160万人、その2倍近くいるとされるきょうだいたちの存在は決して小さくない。かれらの複雑な思いや関係性の機微を"可視化"していることに大きな意味がある。


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