【審査講評】「伝統メディア」の変わらぬ価値をデジタル情報空間の中でどう活かしていくべきか(2025年民放連賞放送と公共性)

石澤 靖治
【審査講評】「伝統メディア」の変わらぬ価値をデジタル情報空間の中でどう活かしていくべきか(2025年民放連賞放送と公共性)

8月29日最終審査【参加/19社=19事績】
審査委員長=石澤靖治(学習院女子大学教授・元学長)
審査員=藤田結子(東京大学大学院情報学環准教授)、みたらし加奈(臨床心理士、公認心理師)、安田菜津紀(メディアNPO Dialogue for People副代表、フォトジャーナリスト)、山﨑晴太郎(セイタロウデザイン代表取締役、クリエイティブディレクター)


今回の選考にあたって強く印象に残ったのは、応募者の口から出てきた「ネット言論」との関係性についてだった。ひとつは以前からの事情ではあるが、自らを「オールドメディア」と位置付けて地盤沈下への不安。もうひとつはネット言論による報道への批判や攻撃への不安、あるいは恐怖であった。このふたつの不安と恐怖との闘いが現在のテレビメディアの大きなテーマであることをあらためて強く感じさせられた。
一方で、若いテレビマンが、危機意識をもちつつも生き生きと活動していることが今回示されたのも事実である。オピニオンだけではなく(それを否定するものではないが)、事実を積み上げていく活動を長年行ってきた「伝統メディア」には、その手法と資産を活かすことで、今後の展開が可能である――そんなことを同時に思わせてくれた実りの多い選考であった。

最優秀=東日本放送/旧優生保護法 強制不妊手術をめぐる一連の報道(=写真)
「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的に、本人の同意なく障害のある人などに不妊手術を行う、旧優生保護法に基づく強制不妊手術。1948年から1996年に施行されたが、当事者以外にはあまり知られていないことだった。同局は1997年に当事者から告発の電話を受けて以来、その実態を20数年間リポートしてきた。社会でごく一部の人しか興味を示していないテーマを手掛けるのは容易ではない。冤罪報道などがそのひとつであるが、今回は同局の地元自治体がこの強制不妊手術を推進する立場をとり、報道はそれに逆行するものだっただけによりハードルが高かった。だが200本以上のニュースや特集など、同局の粘り強い報道は告発活動を後押しして、2018年に初の提訴がなされた。そして2024年7月には、最高裁が強制不妊手術は憲法に違反していたとする判決を言い渡すに至る。同局の4代目としてのこの問題を手掛けた記者は、告発のあったころに生まれたという若手記者であった。

優秀=北海道放送/アイヌ差別に関する一連の報道
これは「テレビ対ネット空間」の現状を示したものであると言えるかもしれない。ある国会議員がアイヌについて物議を醸す発言を行った際に、地元局としてこの問題を大きく取り上げた。それに対してネット空間で同局やスタッフを逆に激しく非難する声があがり、強いプレッシャーと恐怖を感じたという。中立的で傍観者的であることは報道機関として容易だが、問題に一歩踏み出して報道を行ったことに価値があった。

優秀=青森朝日放送/シリーズ「還暦で歩む医師の道」
この事績は60歳で医師免許を取得した元農水省官僚のその後の10年間を描いた作品である。シニアのチャレンジと、この医師が尽力する地域の訪問看護の重要性のふたつを描きだしたことに大きな価値がある。だがこの医師は自らが報じられることを強く拒んだという。それを同局の若手ディレクター中嶌修平氏の粘り強い依頼に根負けして取材に応じることになった。若手ディレクターの情熱が医師の情熱を知らしめることになったということだろう。

優秀=関西テレビ放送/冤罪を生む刑事司法の壁に挑む検証報道
同局の上田大輔記者は、司法のプロフェッショナルとしてかつて冤罪事件報道で多大な功績があった。その後若手記者が加わり再びいくつかの冤罪報道を手掛けたのがこの事績である。一方で現場では長く指摘されてきた「犯罪」報道の壁にあらためて直面していることも吐露している。だが現場で取材を重ねて事実を明らかにしていく「オールドメディア」だからこそ、ネットメディアにはできない事実の解明を行えるはず。それを活かしてほしい。

優秀=RKB毎日放送/BC級戦犯に関わる報道
第二次世界大戦における日本のA級戦犯については多くの人の知るところだが、それ以外のBC級戦犯についてはあまり明らかにされていない。戦後80年を経た現在、記憶と記録が曖昧になっていく中、遺族を探し出し丹念な取材を重ねたことでリアリティのある報道に至った。A級戦犯は国家の指導者が対象だったが、BC級戦犯には兵士や軍属も含まれた。そうした人たちを通じて、当時の戦争との距離感を近づけたことが功績である。

それぞれのテレビ局がYouTubeに番組をアップしたり、ウェブサイトで情報を発信したりすることは普通のことになった。ネットとの協力であらためて問題を掘り起こすことに成功した局もある。一方でネット空間では、相手を傷つけることばや不確かなメッセージが氾濫している。そうした中でしっかりと事実を積み上げる「伝統メディア」には変わらぬ価値がある。放送とネットが融合したデジタル情報空間の中での可能性をさぐりたい。


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