【審査講評】「社会に問いかける力」をあらためて認識(2025年民放連賞テレビ報道番組)

森 まどか
【審査講評】「社会に問いかける力」をあらためて認識(2025年民放連賞テレビ報道番組)

8月22日中央審査【参加/99社=99作品】
審査委員長=森まどか(医療ジャーナリスト)
審査員=遠藤薫(学習院大学名誉教授)、坂井眞(弁護士)、澤康臣(ジャーナリスト、早稲田大学教育・総合科学学術院教授)

※下線はグランプリ候補番組


報道・ドキュメンタリー番組が持つ「社会に問いかける力」をあらためて認識する、見応えある作品が集まった。今この作品を選ぶことの意義や今後の期待も含めて、それぞれの作品の持つ価値を真摯に見つめ、その上で最優秀1作品を決める議論は白熱した。やや定型的な構成が見られる傾向はあるものの、調査報道の意義と映像作品ならではの表現力の強さを深く感じている。

最優秀=CBCテレビ/評価不能γ ワクチンの影  (=写真)
ワクチン接種の負の側面という繊細かつ困難なテーマに誠実に向き合った作品。いわゆる「陰謀論」としての反ワクチン論とは一線を画し、冷静で客観的な視点から問題を掘り下げた点が高く評価された。健康被害を受けた方々のありのままの姿や、本人が語る映像は、現実を知る上で強い印象を与える。医学的な見解やデータ、さらには海外の動向などにも取材を広げ、多角的な視点を織り込むことで、事実に基づいた問題提起を果たした秀作である。コロナワクチンを巡って発言を不適切とされた議員へのインタビューが作品全体の印象に影響を及ぼす懸念が指摘されたことも付記する。

優秀=山形放送/時給10円という現実~消えゆく農民~
店頭から米が消え価格が上がる中で、主食である米の需給がいかに不安定であるかが明らかとなった今、米農家が生産を続けることの難しさを広く伝えた本作品の意義は極めて大きい。菅野芳秀さんを中心に、米を守り抜く農家たちの生きざまと農業への思いが丁寧に描かれ、「コメ問題」の本質に迫る課題を浮き彫りにしている。農業政策に関心を持たず、責任をすべて生産者に委ねてきた消費者に対し、深い問いを投げかける力を持った作品といえる。

優秀=フジテレビジョン/1995 ~地下鉄サリン事件30年 救命現場の声~
本作品は、人々の記憶を呼び起こし、事件を知らない世代にもわかりやすく伝える点で重要な役割を果たしている。独自に入手した当時の音声には意外なほど緊迫感や恐怖感がなく、現場では何が原因で何が起きているのかさえ把握困難であったというリアルな状況が記録されている。一方で、演出が加えられた作品を「報道」番組と位置付けることが適切かどうかは疑問が残る。貴重な資料を用いているからこそ、事実と創作の境界を曖昧にする手法に、もったいないという声も多かった。

優秀=静岡放送/SBSスペシャル 無限の檻~袴田巖さんと再審~
長年「袴田事件」の冤罪の可能性を追求してきた地元局の取材が際立っている。袴田再審無罪判決の経緯と全体像を、非常にわかりやすく構成した秀逸な作品である。裁判所を含む日本の刑事裁判手続きに潜む問題点を市民が理解するための報道としても意義深い。袴田さん本人の手紙やはがきの言葉からは、長い拘禁で心身が蝕まれていく過程が切実に伝わり胸が痛む。一方、担当裁判官の老いを捉えた映像は、袴田さんの自由が奪われた年月の重さを物語っている。過去の検証が社会に与える影響は大きく、本作品はその役割も十分に果たしている。

優秀=朝日放送テレビ/ABCドキュメンタリースペシャル 見えない傷あと ~JR脱線事故20年~
本作品は、事故を巡る人々の記憶が薄れつつある中で、事故から20年という節目に、心身に深い傷を抱えながら生きる当事者たちの記録を丹念にまとめている。事故の重さと、公共交通の安全確保がいかに重要かを強く訴えかける内容である。取材対象と誠実に向き合い、長期にわたって信頼関係を築いたからこそ、継続的な取材と作品としての公表が可能になったのであり、そうした姿勢も高く評価された。

優秀=広島テレビ放送/WATCH「テニアン」
テニアン島の歴史と「原爆の島」と呼ばれる背景に鋭く切り込んだ本作品は、戦争による民間人の悲劇や日本軍と市民の関係を生々しい証言で伝え、その恐怖と異常さをあらためて強く認識させる。対照的に原爆投下部隊の司令官ポール・ティベッツ氏にも焦点を当てたことは、戦争の本質を考える上で意義深い。制限がある中でも精力的に取材した映像は貴重であり、広島の放送局として平和への強い使命感が伝わってきた。

優秀=鹿児島テレビ放送/警察官の告白~鹿児島県警情報漏洩事件を問う~
鹿児島県警の不祥事に真正面から向き合い、元警察官ら当事者の声を丁寧に引き出した点が高く評価される。元警察官とキャリア官僚の取材対応の対比が警察組織の不透明さを際立たせた。事実関係の調査も丹念だった。ただし複数の事案を扱った中で、情報漏洩以外の論点がやや曖昧になった点が課題として残る。


全部門の「審査講評」および「最優秀受賞のことば」はこちらから。
審査結果はこちらから。

最新記事