「onlineレビュー」は編集担当が気になった新刊書籍や映画、ライブ、ステージなどをいち早く読者のみなさんに共有すべく、評者の選定にもこだわったシリーズ企画です。今回は、民放onlineで「ドラマ総括」をクールごとに寄稿いただいている成馬零一さんが書き下ろした『坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙』(blueprint、2025年9月刊)を、成馬さんと同様、大の坂元裕二ファンを自認する早稲田大学教授の岡室美奈子さんに紹介いただきます。(編集広報部)
本書の著者でテレビドラマ批評家の成馬零一にとって、坂元裕二は「めんどくさい」脚本家であるという。坂元は弱冠19歳で第1回フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞し、23歳で『東京ラブストーリー』を大ヒットさせ、一時期テレビの世界から離れるも、復帰後には『Mother』『Woman』『anone』の日本テレビ3部作や『それでも、生きてゆく』『最高の離婚』『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』などの傑作ドラマの数々を生み出し、近年では『花束みたいな恋をした』『ファーストキス 1ST KISS』『片思い世界』などヒット映画の脚本を手がけ、是枝裕和監督と組んだ『怪物』で第76回カンヌ映画祭脚本賞を受賞するなど、日本を代表する脚本家である。その坂元を「めんどくさい」と言い放つところから本書は出発する。
なぜ「めんどくさい」のか。それは、「いざ作品の奥に踏み込んで内容を理解しようとすると、複雑怪奇で理解不能な存在へと様変わりするため、途方に暮れてしまう」からである。ドラマ批評家なのにこんなに正直でいいのかと心配になるが、この愚直なまでの正直さと坂元へのアンビバレントな感情(これについては後述する)が、当初目指していたという「『花束みたいな恋をした』や『怪物』で坂元裕二を知った方が過去作を知る際に便利なガイドブック」という目的をはるかに超えて、本書を唯一無二の坂元裕二論にしている。
成馬の坂元観は次の一文に要約されている。
坂元裕二は「手紙と他者」にこだわり続けてきた作家で、テレビドラマや映画の脚本を通して、理解の及ばない他者と向き合い、届くかどうかわからない手紙を書き続けてきた脚本家だと、筆者は考えている。(6ページ)
たしかに「手紙」は坂元ドラマにとって重要なアイテムで、坂元ファンなら『それでも、生きてゆく』や『最高の離婚』の届かない手紙や『ファーストキス 1ST KISS』の遺された手紙がすぐに思い浮かぶだろう。しかしこの文章でより重要なのは、「理解の及ばない他者と向き合い」というフレーズだ。
たとえば、出世作『東京ラブストーリー』において、柴門ふみの原作漫画から複雑なバックボーンを削ぎ落としたことで、ドラマ版の赤名リカは、何を考えているのかわからない、男から見た「他者としての女性」という側面が強まっていると、成馬は指摘する。たしかに坂元にとって、理解できないから書く、もっと言えば理解したいからこそ書く、というのは重要なモチベーションに思われる。
そのことがもっともよく顕れた作品が『それでも、生きてゆく』であることは言を俟たない。このドラマでは、15年前に、まだ幼かった妹を同級生の三崎文哉(風間俊介)に殺された深見洋貴(永山瑛太)と文哉の妹・遠山双葉(満島ひかり)の恋とともに、加害者家族と被害者家族がいかに心を通わせうるかを描いた。本作でもっとも衝撃的だったのは、自殺しようとした文哉を救った洋貴が、「おまえと朝日を見に行きたい。おまえと一緒に見たい。もう、それだけでいい」と語りかける感動的な台詞に対して、文哉が涙を流して洋貴の気持ちに応えるかと思いきや、「ごはんまだかな」と呟くというシーンである。成馬は言う。
その瞬間、理解できない「絶対的な他者」としての文哉の存在感が作品全体を覆い、視聴者は圧倒的な無力感に襲われる。(86ページ)
本書でも引用されているが、放送翌年の2012年に私が聴き手を務めたインタビューにおいて、坂元は文哉のことをわかろうとしたが、「最後までわからなかった」と語っている。しかしその事実こそが、本作を「ドラマ史に残る傑作」にしたと成馬は指摘する。完全同意である。
ところが本書の終盤で、成馬は近年の映画『片思い世界』を取り上げ、『それでも、生きてゆく』と比較しつつ、坂元に対して思いのほか厳しい言葉を投げかける。
しかし、『片思い世界』は「断絶」という結論部分だけを抽出しているように見えて、もはや「向き合うこと」自体を諦めてしまったように感じる。
だが今後、坂元裕二が「理解できない他者」を描き続けるなら、そろそろ殺人犯の側から世界を見つめる覚悟が必要なのではないか? それができないのであれば、「自分は他者と向き合っている」という作家としてのアリバイ作りのためだけに彼らを登場させるのは止めるべきである。(212ページ)
最初にこれを読んだとき、なぜここまで批判するのか、正直理解できなかった。多くの坂元ファンが手に取るであろう本書において、なぜあえてこんなにも手厳しい文章を書いたのか。『片思い世界』において、「絶対的他者」はほかならぬ主人公の3人として描かれているのではないかと反論したくもなった。
けれども、これは成馬による坂元へのきわめてパーソナルで切実な手紙として理解すべきなのだと思い至った。と同時に、私はこれまで坂元ドラマを本当に理解できていたのかと自問することにもなった。
というのも、『それでも、生きてゆく』を見るとき、私は明確に殺人を犯さない側、すなわち「理解し合える側」に自分を置いている。その上で文哉の理解不能性を目の当たりにして、その溝の深さに戦慄するのだ。しかしおそらく、成馬は違う。成馬は「理解されない側」、いうなればマジョリティーによってはじかれる「他者」の側から坂元ドラマを見続けているのだと思う。だからこそ、成馬にとって坂元は特別な脚本家であり、本書は成馬にしか書けない坂元裕二論になっているのだ。
坂元は、いわば洋貴の側から文哉にコミュニケーションをとろうと試み続けてきた脚本家だ。絶望を繰り返し「痛み」に打ちのめされつつも、理解できない他者を理解しようとすることをやめず、よく生きようとする誠実な登場人物たち。坂元はどのドラマでも、連続ドラマというフォーマットを最大限に活かして、そんな登場人物たちをじっくりと丁寧に醸成してきたように思う。2022年以来、坂元は地上波の連続ドラマから遠ざかっているが、坂元が書かなければ、「理解されない他者」は社会から不可視の存在になってしまう――そんな危機感が、本書からは魂の声として聞こえてくる。
坂元が今後、成馬が求めるように文哉の側から世界を見つめるような作品を書くのかどうかはわからない。けれど、本書が成馬から坂元への手紙だとすれば、本書が坂元に届き、坂元が連続ドラマに戻ってきてくれることを、私も心から願っている。
【編集広報部注】文中で紹介した坂元裕二氏の代表作の制作局・年次は以下のとおりです(本文登場順)。
<連続ドラマ>『東京ラブストーリー』(フジテレビ、1991年)、『Mother』(日本テレビ、2010年)、『Woman』(同、2013年)、『anone』(同、2018年)、『それでも、生きてゆく』(フジテレビ、2011年)、『最高の離婚』(同、2013年)、『カルテット』(TBSテレビ、2017年)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ、2021年)
<映画>『花束みたいな恋をした』(2021年)、『ファーストキス 1ST KISS』(2025年)、『片思い世界』(2025年)、『怪物』(2023年)
坂元裕二論 未来に生きる私たちへの手紙
成馬零一著 blueprint 2025年9月12日発行 2,750円(税込)
四六判/240ページ ISBN978-4-909852-61-8
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