2021年10月11日(月)より22年1月23日(日)まで、早稲田大学演劇博物館において特別展「家族の肖像―石井ふく子のホームドラマ」を開催している。
ホームドラマは、アメリカのシットコム(シチュエーションコメディ)の影響を受けつつも、独自のジャンルとして日本のテレビ史の中で大きな役割を果たしてきた。日本で「ホームドラマ」という和製英語が生み出されるほど人気を博した一因には、おそらく戦後復興があっただろう。こうたきてつやは、日本のホームドラマは戦後のアメリカ民主主義と文化生活への憧れを反映していたことを指摘し、『肝っ玉かあさん』シリーズ(TBS、68~72年)などを経て、『ありがとう』(同、70~75年)でピークを迎えたと述べている(「テレビドラマと家族――テレビドラマ史・作家の視点から」『GALAC』2021年10月号 )。こうたきによれば、これらのドラマでは「家族のなかに起きたいろいろな問題を、家族でとことん話し合って解決していく」点に特徴がある。たしかに、さまざまな問題について気持ちをぶつけ合い、絆を再確認して乗り越える姿が、明るく民主的な新しい家族像として提示され、目指すべきモデルとなったと言えるだろう。テレビは日本が高度成長期へと突き進むなかで瞬く間に普及して、お茶の間で家族全員が揃って見る日常的なメディアとなり、ホームドラマはダイレクトに家族の幸福のあり方を問いかけたのである。
そしてこれらのドラマをプロデュースし、以降も日本のホームドラマを牽引してきたのが石井ふく子だ。石井が60年以上にわたって手がけたホームドラマは実に多様であり、時代とのかかわり方も一筋縄ではいかない。ここでは代表作の幾つかを取り上げて、石井のホームドラマが何を描いてきたのかをあらためて考えてみたい。
東芝日曜劇場『女と味噌汁』
石井は1958年の『橋づくし』 を皮切りに、95歳の現在に至るまで現役プロデューサーとして膨大な数のホームドラマを手がけてきた。とりわけ「東芝日曜劇場」(現「日曜劇場」)が人気を博したのは、石井の貢献によるところが大きい。東芝日曜劇場は、93年に連続ドラマ枠となるまで 単発ドラマを放送したが、人気ドラマはシリーズ化されて繰り返し放送された。石井が手がけたドラマには、シリーズ化されたものが多い。
シリーズ化されたドラマのうちで忘れがたいものの一つに、65年から80年まで放送された、平岩弓枝脚本による『女と味噌汁』 がある。東京は新宿に近い花柳界・弁天池で、しっかり者の芸者てまりこと室戸千佳子(池内淳子)は、お座敷がはねた後、ライトバンで移動味噌汁屋を営んでいる。いつか自分の力で小料理屋を開くのが夢だ。お座敷やライトバンで出会う男たちや周辺の人びととの間に起こる出来事や問題を、てまりは持ち前の才覚と人間味で乗り越えてゆく。今のように社会で働く女性が一般的ではない時代にあって、男性に頼らず自分の足で立つ彼女は、いわば自立した女性の先駆けであった。このドラマは、芸者という「外部」から見たホームドラマであり、てまりによる、家庭や家族、あるいは女性の生き方の(時には辛辣な)批評でもあった。こうした、単純な「家族バンザイ!」ではない批評性も石井ドラマの魅力であり、客観的かつダイナミックに家族を捉え直す視点は、その後も一貫して活かされてゆく。
『ありがとう』
言うまでもなく、東芝日曜劇場以外でも、石井は数々のヒット作を生み出してきた。その代表格が『ありがとう』(1970年〜75年) だろう。平岩弓枝の脚本による同作は、母と娘の関係を中心に昭和の家族や地域の人びとの濃密な結びつきを明るく描き、民放ドラマ史上の最高視聴率56.3% を記録して「お化け番組」と称された。全4シリーズのうち、第1シリーズから第3シリーズまでは、当時すでに「三百六十五歩のマーチ」が大ヒットしてチーターの愛称で親しまれていた演歌歌手の水前寺清子が主演を務め、それぞれ警察官、看護師(当時は看護婦)、魚屋の娘を演じ、山岡久乃が母親を、ヒロインの恋人役を石坂浩二が演じた。水前寺の飾らないナチュラルな演技や石坂のホームドラマらしからぬ端正な佇まいはドラマの大きな魅力となった。第4シリーズでは佐良直美と京塚昌子が母娘を演じた。
このドラマで石井が描いたのは、「ありがとう」という言葉が家族や社会の潤滑油になりうるという思想だった。それを「感謝の気持ちを伝えよう」などと翻訳してしまうと道徳の教科書のようになってしまうのだが、「すみません」や「どうも」ではなく「ありがとう」という言葉を相手に対して衒(てら)いなく発すること自体が大事だったのだと思う。
『ありがとう』が放送された1970年代前半は、72年の連合赤軍によるあさま山荘事件と山岳ベース事件によって68年を中心に巻き起こった学生運動が失速し、その反動で「無気力・無関心・無責任」の三無主義や「しらけ世代」と呼ばれる若者たちが登場した時代であった。そんな中で「ありがとう」という言葉を口にすることの大切さを正面切って訴えるドラマが実は広く受け入れられていたことは特筆に値する。
ホームドラマの変貌
そうした時代にあって『ありがとう』のようなドラマに違和感を覚える者たちもいた。こうたきは、「ありがとう」シリーズの人気がピークを迎えた70年代初頭に、「話し合いですべてが解決する家族」像へのアンチとして、「アットホームドラマへの異議申し立て」をするドラマが登場したと指摘している。実際、70年には『お荷物小荷物 』のような沖縄問題を盛り込んだ実験的なホームドラマも生まれている。
そして70年代以降、家族のありようは大きく変貌していく。ドラマもそれを受けて、70年代後半からは山田太一や向田邦子が『岸辺のアルバム』 や『阿修羅のごとく』 など家族の秘密や崩壊を鋭く抉り出す脚本を書き、83年には鎌田敏夫が『金曜日の妻たちへ』 で団塊世代の不倫を描いた。80年代後半からは、バブル経済の影響下に若い男女の恋愛を描いた華やかなトレンディドラマが主流となり、ホームドラマ自体、日本のドラマの主流ではなくなっていく。
そんな逆風の中でスタートしたのが、まさにホームドラマの代名詞となる『渡る世間は鬼ばかり』だった。
『渡る世間は鬼ばかり』
『渡る世間は鬼ばかり』(以下『渡鬼』、1990年~2019年) は、橋田壽賀子脚本による国民的人気ドラマである。全10シリーズで、スペシャル版を含めれば、約30年にもわたるご長寿ドラマとなった。
岡倉大吉(藤岡琢也、宇津井健)・節子(山岡久乃)夫妻と5人の娘たち、弥生(長山藍子)、五月(泉ピン子)、文子(中田喜子)、葉子(野村真美)、長子(藤田朋子)、そしてそれぞれの婚家や周囲の人びととの間に巻き起こる出来事を軸に、家族が抱えるさまざまな問題と登場人物たちの悲喜こもごもを巧みに描き続けた。とりわけ五月と嫁ぎ先の中華料理店「幸楽」の姑・キミ(赤木春恵)との嫁姑問題、実家と婚家の対立や価値観の相違はしばしば深刻な問題としてリアルに描かれ、視聴者の共感を呼んだ。
平成2年に始まり、平成から令和へと変わる年に終了した『渡鬼』は、まさに平成の申し子だった。では、平成とはどのような時代だったのか。『渡鬼』が始まった平成2年、つまり1990年は、表面的にはバブル経済絶頂期だったが、その一方で湾岸戦争の光景がリアルタイムでテレビに映し出された年でもある。翌年バブル経済は破綻し、95年には阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こり、社会全体が不穏な空気に包まれていく。2008年にはリーマンショックが起こって世界的な大不況が訪れ、2011年には東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故が起こる。「失われた30年」とも呼ばれる平成は、長い停滞期だったと言える。
そんな時代にこのホームドラマが支持を集め長年にわたって愛されたのは、本作が描き出した家族の問題が普遍的であったことを物語っている。が、おそらくそれだけではなく、各シリーズの発するメッセージが、決してブレることなく「家族の絆」であり続けたからだろう。登場人物それぞれがいかに多くの問題を抱え、激しくいがみ合ったとしても、最終的には互いに理解し合おうとする家族像――それはもはや手の届かぬ理想でしかないのかもしれない。しかし生きづらい時代だからこそ、視聴者は心のどこかでそのような家族を求め続けているのではないだろうか。
おわりに
このように見てくると、石井ふく子は時に時代の趨勢に抗いながら、ホームドラマを作り続けてきたことがわかる。上記のドラマ以外にも、たとえば1963年に「核家族」という言葉が流行語となったが、石井がプロデュースした『ただいま11人』 が始まったのは、翌64年である。それは失われゆく家族の絆を取り戻そうとする孤独な闘いだったのかもしれない。人はさまざまな事情や、やむにやまれぬ思いを抱えながら、それでも他者を思いやり、関係を繋ぐ努力をしてきた。石井ドラマが描いてきたのは、そのような努力を続ける人間への限りない愛情と信頼だったのだと思う。
格差と分断が日本の社会を覆い、コロナ禍による自粛で人と人との結びつきが希薄化する一方で、自粛生活のなかで家族のあり方が見直されている。そんな時代だからこそ、昭和、平成と石井ドラマが描いてきた家族像に、あらためて目を向けてみたい。そしてテレビ草創期から絶えることなく続いてきたホームドラマが、この令和の時代にどのようにアップデートされてゆくのか、見てみたいと思う。そんな思いで、特別展「家族の肖像――石井ふく子のホームドラマ」を企画した次第である。
なお、石井ふく子氏の盟友で石井ドラマの数多の脚本を執筆された橋田壽賀子氏 が、2021年4月4日に惜しまれつつ逝去された。享年95。ご冥福を心からお祈り申しあげる。
【展覧会情報】早稲田大学演劇博物館 特別展「家族の肖像――石井ふく子のホームドラマ」
会期:2021年10月11日(月)~2022年1月23日(日)
開館時間:10・00~17・00(火・金曜日は19・00まで)
休館日:11月5日(金)〜7日(日)、17日(水)、23日(火・祝)、12月8日(水)、12月23日(木)~2022年1月5日(水)、10日(月・祝)
会場:早稲田大学演劇博物館 1階 特別展示室
入館無料
主催:早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点
後援:TBSテレビ
※開館日程は急きょ変更となる可能性がありますので、訪問される際には同博物館ウェブサイトにてご確認ください。