Netflixなどサブスクリプション・ビデオ・オンデマンド(SVOD)業界との全面対決となってきたアメリカの放送業界。人々をSVODに向かわせるトレンドを後押ししたのが、新型コロナウイルスの感染拡大による「ステイ・アット・ホーム経済」で、その影響は2022年、3年目に突入した。
SVOD業界との競争をどう乗り切るのか、若い視聴者の獲得を今後どうしたらいいのか――。業界の将来の姿を見定めようと、2021年11月、デジタル・メディア・ワイヤ(以下DMW)が毎年開いているセミナー「フューチャー・オブ・テレビジョン」に参加した。
DMWは、2000年設立のオンラインニュースサイトで、ハイテク、メディア、エンターテインメント、ゲームなどデジタル関連ニュースを配信。「フューチャー・オブ・テレビジョン」は、業界団体である全米放送事業者協会(NAB)のショーとは異なり、最近は、SVOD事業者やフリー・アド・サポーテッドTV(FAST:無料の広告付きストリーミングTV)事業者など、放送業界のライバルが多く参加するため見逃せない。
ここでは、視聴したパネルディスカッションから、以下の主要テーマ3点について登壇者の発言をピックアップし、紹介する。セミナーは全てオンラインで行われた。テーマは以下のとおり。
・放送事業者のSVOD対策
・コネクテッドTV(以下CTV)とFAST
・メタバース
新たな視聴者をどう開拓し、つなぎとめるか
まず、伝統的な放送事業者(放送局、ケーブルネットワーク局)が、SVODの攻勢にどう対応しているのか、証言を集めた。
アイラ・ルーベンシュタイン氏は、団体・個人からの寄付金で運営される公共放送PBSのチーフ・デジタル&マーケティング・オフィサーだ。PBSのデジタルサービスは以下のとおり。
・AppleTVなどCTV向け:「PBS Video」アプリ
・SVODのアマゾン・プライム向け:「PBS Living」、人気ドラマの「PBS MASTERPIECE」、「PBS KIDS」
・自社SVOD:「PBS Passport」(公共放送であるためサブスクリプションではなく月5ドルからの寄付で、過去のアーカイブも視聴できるほか、利用者の地元美術館などの入館料割引などの特典がある)
ルーベンシュタイン氏によると、これらのデジタルサービスは、コロナ禍での成長で、月に計4億5,000万ストリーミングを記録した。また、教育者のためのPBSラーニング・メディアも、教師など月に200万人の利用者がおり、新型コロナ感染拡大によって広がった遠隔授業で急成長しているという。
「PBSはコンテンツ・プロバイダーだ。問題は消費者が今日選んでいるプラットフォームで、どうやって消費者にリーチするかだ。現在はSamsung TV Plus(FASTサービス)、YouTubeも試している。YouTubeではニュース番組と『フロントライン』(ドキュメンタリー番組)を配信しているが、視聴者は従来とは全く異なる、つまりかつてはPBSには見向きもしなかった人たちだ。彼らはテレビよりもパソコンやモバイルのアプリが大好きだ」(同氏)
「でも、そんなことは問題ではない。重要なのは、その新たな視聴者をどうやって、ローカルPBS局のコンテンツにもつなげていくかだ。どんなに異なるプラットフォームであれ、ビジネスモデルであれ、私たちのコンテンツをどこにでも露出させていくつもりだ」
PBSがSVOD対策としてのデジタルサービスにおいて、あらゆるプラットフォームにコンテンツを配信する姿勢であることがわかる。
<PBSのデジタルサービスの種類(PBSのウェブサイトから)>
同氏はポスト・コロナでの番組制作について、「変化や多様化が起きている」と指摘した。例えば、コロナ前のニュース取材はクルー単位が当たり前だったが、全社員の在宅勤務が続く中、そんなルールはもうない。記者やカメラマンが単独で、現場に向かう例が当たり前となった。スタジオ内でのインタビューもなく、オンラインインタビューが一般化している。
一方で、音声だけの短縮版の報道であるポッドキャストの需要が伸びている。
「ニュース制作の質というのは一体何なのか、と議論している間にも、消費者の志向というのはフラグメンテーション化(消費者が情報や商品を得る志向が断片化していく現象)している」と指摘し、新型コロナでライフスタイルが変わる視聴者への対応が取材や制作でも求められているとした。
視聴者が見たいコンテンツは何か
同様に、「あらゆるプラットフォームにおいてチャンスをつかむ」と発言していたのは、ケーブルネットワーク局「A+Eネットワークス」のマーク・ガーナー氏(グローバル・コンテンツ・セールス&ビジネス・デベロプメント担当エグゼクティブ・ヴァイス・プレジデント)。A+Eは、出版のハースト・コミュニケーションズと娯楽大手ウォルト・ディズニーの合弁会社で、オリジナル番組の「A&E」、歴史番組専門の「ヒストリー」、女性向け番組専門の「ライフタイム」チャンネルを提供している。
A+Eのデジタルサービスは以下のとおり。
・SVOD(NetFlix、アマゾン、Hulu)向け:過去番組ビデオ
・FAST向けアプリ:A&E、ライフタイム、ヒストリーなど
・自社SVOD:「ヒストリー・ボールト」(ボールトは金庫室、古代に遡る歴史番組専門、月4.99ドル)、「ライフタイム・ムービー・クラブ」(ライフタイムの映画アーカイブ、月3.99ドル)、「A&Eクライム・セントラル」(人気犯罪ドキュメンタリーのアーカイブ、月4.99ドル)→一部はFASTにも提供
・アマゾンAlexa向け:「ジス・デイ・イン・ヒストリー」
ガーナー氏は、デジタル分野は大きな成長が見込まれるとして、同社の近況を振り返った。
「リニアのテレビからは未だに、堅調な収入を得ている。しかし、数年前からデジタルサービスに真剣に取り組み始めた。ポッドキャストなど尺が短いプラットフォームでも手応えがある。また、アーカイブのサービスも好調だ。リニアの番組だけではなく、視聴者が見たいと欲しているコンテンツのフォーマットを理解することができた」
「数年前は"リニア第1"の会社だったが、今は"マルチ・プラットフォーム第1"へとシフトした」
デジタルサービスによって、視聴者層も広がった。
「リニア第1の時代は、35~49歳の年齢層のためだけにコンテンツを作っていた。現在、YouTubeは25~27歳、Snapchatはその少し下がピークで、リニアとはかけ離れた世代だ。つまり、どのプラットフォームに提供するかで、年齢に縛られず、ビジネスチャンスを最大化することができる」
放送事業者と、SVOD、FASTなど異業種との統合が将来起きるのか、という質問には時期尚早とした。
「現在は、デジタルサービスの成長期で、一社一社がその成長を拡大しようとしているところだ。飽和状態に達すれば、合従連衡の話も出てくるだろう」
無料であれば広告付きでも需要はある
「リニア第1」から「マルチ・プラットフォーム第1」へと発想を転換させた放送事業者と異なり、CTVあるいはFASTの事業者は、今日どんなビジネスチャンスを得ているのか。
FASTの代表格で、CTV向けのストリーミング端末であるRokuのThe Roku Channel/AVODナショナル・ブランド・チーム長、クリスティナ・シェファード氏の発言は勢いがあった。AVODはアドバタイジング・ビデオ・オンデマンドの略で、広告を見ることで動画コンテンツを見られるサービスだ。また、The Roku Channelは、SVODのようなアカウント開設とログインが必要だが、番組は広告付きで月額契約料はゼロだ。
「コロナ禍で視聴時間は激増し、現在は落ち着きを見せている。動きが早かったのは広告主で、広告枠の先行販売(アップフロント)は42%の上昇をみせた。The Roku Channelの契約数は過去2年で2倍になった」
アメリカのテレビ広告市場は10年前、約900億ドルあったが、近年は700億ドル台にまで落ち込んでいる。そこで広告主は、広告付きサービスの成長株としてFASTに注目していることが分かる。
それでは、広告なしで見られるSVODの成長の中で、なぜRokuなどFASTも急成長しているのか。シェファード氏も「CATVや衛星放送の契約を解除するコード・カッティングがなぜこんなに遅いのか疑問に思っていた」という。
同社の分析では、その理由の一つは月額契約料なしでCATVと同じチャンネルが見られるFASTをまだ多くの消費者が経験していないためという。契約料が高いと不満を持ちながらもCATVを維持するのは、「ニュースやスポーツを見るため」という視聴者が多いが、Rokuではそれを無料で見られる。
<The Roku Channelのウェブサイト>
「Rokuには1400チャンネルあり、映画も80,000本ある。無料であれば、広告が付いていても多様なものを見たいという消費者の需要はある。まだまだ消費者もコンテンツの数も増やせる」と、コンテンツの幅広さも強みだという。
CTVとFASTの分野にいかに魅力があるか、CATV大手のコムキャストグループも注目していた。コムキャスト・テクノロジー・ソリューションズのバイス・プレジデント&ゼネラル・マネジャー、バート・スプリースター氏は、広告分野で今後1、2年に大きな変化があるという。
「消費者と広告を一対一でつなげるアドレッサブル広告がやっと現実となる。なぜならAI技術が急速に進歩しているためだ。CTVはそのおかげでさらに注目を浴びることになる」
広告なしのSVOD躍進で、放送業界が広告収入を徐々に失っているのは事実だ。しかしその一方で、広告主にとっては、CTVとFASTという新たな投資先がじわじわと存在感を示していることが分かる。
<右上が、前出PBSのルーベンシュタイン氏。
左上が、後述するマイルズ・パーキンス氏>
個人に向けて発信する仕組みが必要
ソーシャルメディア最大手フェイスブック(旧社名)のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は2021年10月28日、社名を「メタ・プラットフォームズ」に変更すると発表した。「メタ(Meta)」は、オンライン上の仮想社会である「メタバース」から取った。
従来のようにシェアしたテキストや映像を見ているだけでなく、「体験しているような」(ザッカーバーグ氏)空間が、メタバースだという。人々は自分のアバターを作り、複数のプラットフォームとつながって、仮想空間で仕事をしたり、ミーティングに参加したり、スポーツや買い物に行く。
テレビの将来として、この「メタバース」を意識する発言もセミナーで散見できた。
マイルズ・パーキンス氏は、コンピューター・ゲームのエピック・ゲームスでインダストリー・マネジャーを務める。同氏によると、10代など若い人は、パソコン、スマートフォン、タブレットといった端末を自由に行き来し、同時にYouTube、ゲーム、チャットといったサービスでグループを作って常につながりあっている。つまり、技術やサービスの利用によって常に人間とともにいることが、若者のライフスタイルだ。
「それこそが、エンゲージメントというもので、テレビの将来もそこにある。人々は、まるで自分の部屋や家屋のように、オンラインの世界もパーソナルなものにしたがっている。ここにコンテンツと広告のエンゲージメントを高める秘密がある」
「コンテンツの周りにポッドキャスト、メイキングもの、短縮版があり、さらに多くのプラットフォームに対応することであらゆる需要に応えていくのが基本だが、今後はさらに個人個人に向けて発信する仕組みが加わっていく」
ザッカーバーグ氏は、新社名「メタ」の発表をした際、ビデオでアバターを使ってフェンシングをしているところを見せた。すでに、コロナ禍の最中、「ペロトン」が爆発的人気を得た。家にあるエクササイズバイクを使って、オンラインで好みのインストラクターの指示の元、レッスンを受ける。まさにメタバースを先取りしている。
メタバースのような、米シリコンバレー企業がリードする世界にテレビやコンテンツが組み込まれていく時代を見据えていかなくてはならないことを、「フューチャー・オブ・テレビジョン」に参加して痛感した。