2024年冬ドラマ総括 バラエティ番組のような見せ方と社会問題に向ける眼差し

成馬 零一
2024年冬ドラマ総括 バラエティ番組のような見せ方と社会問題に向ける眼差し

時代に「笑い」の力で応答した怪作

2024年冬(1月)クールのテレビドラマはバラエティ番組の見せ方を用いて社会問題に切り込んでいく作品が印象に残った。その筆頭は何といっても、宮藤官九郎脚本の『不適切にもほどがある!』(TBS系、以下『不適切』)だろう。

本作は昭和の体育教師・小川市郎(阿部サダヲ)が令和にタイムスリップしたことによって巻き起こる騒動を描いたコメディドラマ。がさつで乱暴だが人間関係が濃密で豊かだった昭和に対し、生活は便利になり弱者を守る制度も整備されつつあるが、ルールでがんじがらめになって人と人が触れ合う機会が減りつつある令和。ハラスメントにおびえ、部下との会話に悩む上司、働き方改革による労働時間規制、コンプライアンスとネットの炎上におびえて、自主規制が横行するテレビ局。そんな令和の窮屈さに、不適切な発言と行動を繰り返す昭和の男をぶつけることで、正しいかもしれないが、どこか違和感のある令和の空気をあぶり出していく社会風刺ドラマとなっていた。

何より強烈だったのが毎回、唐突に始まるミュージカルパート。歌に乗せて市郎たちがお互いの主張をぶつけ合う場面は、ラッパーがフリースタイルラップでお互いの主張をぶつけるMCバトルのミュージカル版といった趣で、このミュージカルパートだけ抜き出してもバラエティ番組のような楽しさがあった。

また、テレビ局を舞台に、バラエティ番組やテレビドラマの制作の裏側が生々しく描かれていたのも『不適切』の特徴である。特に6ー7話はエモケンこと江面賢太郎(池田成志)というドラマ脚本家が登場し、新人プロデューサーと脚本作りを行う場面がリアルに描かれている。

クドカンと呼ばれている宮藤が、エモケンと呼ばれている脚本家を登場させて、ドラマの話を書くという行為は自己言及的にならざるを得ない。宮藤やプロデューサーの磯山晶の生々しい本音が「笑い」の向こう側に透けて見えるのが、本作の恐ろしさで、これまで宮藤が手がけてきたどの作品よりも、作り手の主張が画面の中に現れているように感じた。

あらゆることを風刺して笑いのネタにする作風ゆえ、絶賛だけでなく批判の声も本作は多かった。インティマシー・コーディネーターを筆頭とする日本に普及して間もない職業や言葉に対する雑な描写も多く、決して完璧な作品とは言えない。だが、自分たちの未熟でいたらない部分も含めて、2024年という「今」の記録として作品の中に残しておきたいという作り手の覚悟は確かに伝わった。

宮藤のドラマは時代に対する応答という側面がとても強いのだが、『不適切』はまさに、令和という時代に「笑い」の力で応答した怪作だったと言えよう。細部まで作り込まれた宮藤のドラマには毎回マニアックなファンが生まれるが、今回の『不適切』は昭和を懐かしむ宮藤と同世代の50代の中年男性を中心とした幅広い層の視聴者から注目されており、宮藤のドラマでは連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)以来の広がりを獲得している。おそらく『不適切』は優れたテレビドラマというよりは『ドリフ大爆笑』(フジテレビ系)や『ダウンダウンのごっつええ感じ』(同)といった、作り込まれたバラエティ番組として楽しまれていたのではないかと思う。

磯山は、今作のミュージカルシーンについて、久世光彦が演出したドラマ『ムー一族』(TBS系)をイメージしたと語っているが、日本のテレビドラマは元々、バラエティと親和性が高く『時間ですよ』(同)や『寺内貫太郎一家』(同)といった久世光彦が演出したドラマは歌あり笑いありのバラエティ番組として楽しまれてきた。その遺伝子は宮藤だけでなく、古沢良太、福田雄一、バカリズムといった脚本家のドラマにも受け継がれている。

ドラマのバラエティ化

今期のドラマでは放送作家として活躍する鈴木おさむが脚本を担当した『離婚しない男―サレ夫と悪嫁の騙し愛―』(テレビ朝日系)もバラエティ番組のようなドラマだった。

本作は妻の綾香(篠田麻里子)の浮気を知った岡谷渉(伊藤淳史)が、娘の親権を勝ち取って離婚するために、妻の浮気現場を記録に収めようと悪戦苦闘する姿を描いた離婚ドラマ。離婚における娘の親権をめぐる葛藤はシリアスな社会的テーマだが、綾香と浮気相手の大手芸能事務所のマネージャー・司馬マサト(小池徹平)のエロよりも笑いが先に来る極端な濡れ場を筆頭に、一つ一つのシーンが大げさ過ぎて、思わず笑ってしまう。

『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)を筆頭とする人気バラエティ番組の放送作家として知られる鈴木おさむ(2024年3月限りで放送作家の引退を表明)は、テレビドラマの脚本も多数手がけている。中でも2017年に制作された『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)は鈴木のスタイルが確立されたドラマで、ドロドロの恋愛模様を大げさに戯画化することで視聴者を笑わせようとする作風は、今回の『離婚しない男』まで続いている。冬クールのTVerの再生回数ランキングでダントツの1位を記録した本作だが、『不適切』と同じようにドラマというフォーマットを使ったコントバラエティだからこそ、多くの視聴者に受け入れられたのだろう。
 
ドラマのバラエティ化という意味では『新空港占拠』(日本テレビ系)も興味深かった。本作は、空港を占拠して人質をとり立てこもった「獣」と名乗るテロリストたちと警察の攻防を描いたサスペンスドラマだ。主人公の刑事・武蔵三郎(櫻井翔)は人質を救うために「獣」の要求に答えていく。その結果、彼らの反抗の裏にある国家規模の秘密が明らかになる。2023年に放送された『大病院占拠』の続編で、仮面を付けたテロリストが人質を取って巨大施設に立てこもり、ネットで犯罪を実況しながら警察にある謎を解けと要求する物語は前作の形式を踏襲している。

次々と謎が提示され、猛スピードで解決していく様子はドラマというよりは『逃走中』(フジテレビ系)のようなゲーム型のバラエティ番組を観ているような楽しさがあった。

シリアスなテーマを描き出す

一方、『春になったら』(フジテレビ系)はお笑いコンビ・とんねるずの木梨憲武が主演を務めた連続ドラマだ。本作は、3カ月後に結婚を控えた助産師の椎名瞳(奈緒)と、余命3カ月を宣告された父親の雅彦(木梨憲武)の娘と父の物語。奈緒と木梨が演じる娘と父の楽しくてどこか切ないやりとりを、写真のような美しい映像で本作は追いかけていく。余命3カ月なのに明るくて冷静な雅彦に瞳は困惑しながらも、雅彦の書いた「死ぬまでにやりたいことリスト」を一つ一つ実現させることに協力していくのだが、自分は本当に結婚してもいいのだろうかと悩みだす。

二人のやりとりは本当の親子のように自然なもので、ずっと観ていたくなる。元々、木梨憲武は、若い時から俳優としての評価も高かったが、こんなに魅力的な老人を演じられるようになるとは思わなかった。 

「老いと死」をテーマにしたドラマといえば、ターミナルケア(終末期医療)を扱った『お別れホスピタル』(NHK)も素晴らしかった。認知症などを理由に生活が困難な人々が入院する療養病棟を舞台に、患者とその家族の人間模様が看護師の辺見歩(岸井ゆきの)の視点から描かれた本作は、緊張感のある美しい映像で人の「死」を見つめ、紡ぐ異色の医療ドラマだ。原作は沖田×華の同名漫画(小学館)、脚本は安達奈緒子が担当。産婦人科医院を舞台にした沖田の漫画をドラマ化した『透明なゆりかご』を手掛けたチームによる映像化だが、本作もまた、ストイックな作品に仕上がっており、美しい映像を通して描かれる人間模様に、ただただ圧倒された。

深夜ドラマ『SHUT UP』(テレビ東京系)も、シリアスなテーマにストイックな映像で挑んだ意欲作だった。本作は、学費と生活費を稼ぐので精一杯の日々を過ごす女子大学生4人の物語。仲間を妊娠させたのに責任を取ろうとしない男子大学生から100万円を奪おうとするクライムサスペンスとして始まった本作は、現代の普通の女子大生を取り巻く過酷な現実を正面から描き出している。特に入念に描かれたのが「性被害」の問題で、物語後半になると性被害とはどういうものかを視聴者に啓発する場面が登場する。

本作のプロデューサー・本間かなみは『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『うきわ―友達以上、不倫未満―』『今夜すきやきだよ』といったテレビ東京の深夜ドラマの話題作を次々と手がける新鋭で、どの作品も音と動きを極限まで減らすことで生まれる緊張感のある映像作品となっており、シリアスなテーマに真正面から挑んでいる。

『不適切』や『離婚しない男』のようなバラエティ番組のようなドラマが話題を集める一方、『お別れホスピタル』や『SHUT UP』のようにシリアスなテーマにストイックな映像で切り込んでいく作品もあるのが、日本のテレビドラマの幅広さである。

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