2024年春ドラマ総括 「記憶」「裁判」と題材が重なるなかで可能性を広げる作品も

成馬 零一
2024年春ドラマ総括 「記憶」「裁判」と題材が重なるなかで可能性を広げる作品も

さまざまに描かれた「記憶」のドラマ

テレビドラマは同時期に題材がかぶることがよくあるが、2024年の春クールドラマは「記憶」を題材にしたドラマが多かった。

登場人物の一人が記憶に障害を抱えている『366日』(フジテレビ系)や『9ボーダー』(TBS系)がある一方で、ミステリードラマ『約束〜16年目の真実』(日本テレビ系)のように、主人公の刑事が記憶障害を抱えているものもあり、その描き方はさまざまだ。記憶喪失がドラマで多用されるのは、記憶を取り戻していく過程でいくつもの謎が明らかになっていくミステリー仕立ての物語を作りやすいからだろう。

『アンメット ある脳外科医の日記』(フジテレビ系)もまた、記憶に障害を抱えた脳外科医の川内ミヤビ(杉咲花)が主人公のミステリー仕立ての医療ドラマだったが、記憶に障害を抱えるミヤビや患者の不安を映像表現に落とし込むこことで、斬新な映像作品に仕上がっていた。

ミヤビは事故の影響で記憶障害を発症しており、記憶が1日でリセットされてしまう。そのため彼女は、目を覚ますと前日までの出来事を記録した日記を読み、自分の状況と過去の記憶を理解してから病院へと向かう。ミヤビを演じる杉咲花の不安げな表情が絶妙で、シックな映像と劇伴を抑制した静かで淡々とした演出が、彼女の抱える不安を追体験させてくれる。

自分が記憶障害を抱えているからこそミヤビは、脳に障害を抱える患者たちと向き合うことができる。ミヤビは脳外科医の三瓶友治(若葉竜也)とともに、脳に障害を抱える患者の手術を担当するのだが、手術シーンの描き方も静かで実に淡々としている。専門用語で医師たちが会話をしながら、難病の手術に最新の医療技術で挑む姿をアクション映画のように盛り上げていくという医療ドラマの定石を『アンメット』は意識的に避けている。

あらすじだけ抜き出すと、本作はミステリー仕立ての医療ドラマなのだが、物語よりも、静かで淡々とした演出と白と黒のコントラストがはっきりとしたシックな映像の印象の方が強く残る。後半になるほど、まるでアドリブのような俳優同士の淡々としたやりとりを長回しで見せる場面が増えていくのだが、ミヤビを演じる杉咲花と三瓶を演じる若葉竜也のやりとりが実に素晴らしい。二人ともボソボソと静かなトーンで一見どうでもいいような会話をしているのだが、このシーンが一番見応えがあり、ずっと観ていたくなる。

その意味で、丁寧な演技のやりとりによって生み出される静かな雰囲気を描くことを第一に考えた、映像に特化した作品だったといえるだろう。

一方、『くるり〜誰が私と恋をした?〜』(TBS系)は記憶喪失をきっかけに、人生を見つめ直して生きようとするヒロインの姿を描いたラブコメミステリー。ある日、事故で記憶を失った緒方まこと(生見愛瑠)の前に、元恋人でフラワーショップ店主の西公太郎(瀬戸康史)、会社の同僚で唯一の男友達の朝日結生(神尾楓珠)、アプリ制作会社の代表でまことのことを「運命の相手」だと言う稲垣律(宮世琉弥)という3人の男性が現れる。

彼らは記憶を失う前のまことのことを知っているようだが、何か秘密を隠しているようでもあり、まことの記憶が回復するに連れて、彼らの本当の姿がわかり、最終的にまことが誰を選ぶかが、本作の見どころだ。火曜ドラマ(TBS系火曜22時枠)らしいキュンキュンするラブストーリーだが、周囲に合わせて行動するうちに自分らしく生きられなくなっていた20代の女性の悩みがリアルに描かれている。

主演を務めた"めるる"こと生見愛瑠は、ファッションモデル出身でバラエティ番組でも人気のタレントだったが、昨年、『日曜の夜ぐらいは...』(テレビ朝日系)や『セクシー田中さん』(日本テレビ系)といったテレビドラマに出演し、女優としての演技が高く評価された。そして、本作で民放プライムタイムのドラマでの初主演を果たした。華やかなビジュアルとコメディエンヌとして繊細な芝居ができるめるると火曜ドラマの相性は抜群で、火曜ドラマの新たな顔として定着していくことは間違いないだろう。

リーガルドラマにユニークな試みも

また、記憶喪失モノと同じくらい多かったのが、裁判を題材にしたリーガルドラマだ。日本の女性として初めての弁護士、判事、裁判所長を務めた三淵嘉子をモデルとしたヒロインの半生を描いた連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)、どんなに証拠が揃っていても犯罪者の無罪を勝ち取るアンチな弁護士が冤罪事件に挑む姿を描いた『アンチヒーロー』(TBS系)、父の死と大学時代の友人の死の背後にある政治家の汚職事件の謎を追求する女性判事を主人公にした『Destiny』(テレビ朝日系)など、スケールの大きな話題作が多かったが、もっともユニークな試みだと感じたのは、17歳のJKB(女子高生弁護士)の桜木みやび(幸澤沙良)が主人公の『JKと六法全書』(同)である。

本作はポップなコメディテイストの明るく楽しい作品だが、痴漢冤罪、振り込め詐欺、パパ活詐欺といった現代的な犯罪が登場する社会派リーガルドラマで、硬軟のバランスが毎回絶妙だった。また、女子高生弁護士というとフィクションの世界に聞こえるかもしれないが、弁護士資格を取得するための司法試験を受ける年齢に制限はなく、高校在学中に司法試験に合格した者も存在するため、JKBは十分あり得る設定だ。同じ時期に放送がスタートし、司法試験を女性が受けられなかった昭和初頭から物語が始まった『虎に翼』の約100年後の未来を描いた話として観ると、とても可能性が感じられる作品である。

『街並み照らすヤツら』(日本テレビ系)もユニークな社会派コメディだった。舞台はシャッター通りとなっている寂れた商店街。ケーキ屋「恋の実」の店主・竹野正義(森本慎太郎)は経営難と借金に苦しんでいたが、幼なじみの一言をきっかけに、自作自演で店に強盗が入ったという偽装強盗事件を捏造し、商店会から下りる保険金を受け取ろうと目論む。その後、偽装強盗の話を知った酒屋の娘・深川莉菜(月島琉衣)から、うちの店にも偽装強盗に入ってほしいと頼まれる。やがて、偽装強盗のうわさは商店街中に広がり、他の店でも次々と偽装強盗事件が起こり、最終的に商店街を挙げての偽装強盗を捏造するようになっていく。物語のトーンはコメディテイストだが、何気ない冗談から始まった偽装強盗が商店街を丸ごと巻き込んだ大規模犯罪に発展し、商店街と警察と保険会社の三つ巴の戦いとなっていく展開は斬新で、犯罪を題材にしたドラマとして秀逸だった。

一方、青春ドラマとして見事な仕上がりだったのが『95』(テレビ東京系)。本作は1995年に17歳だった男子高校生のQ(髙橋海人)が主人公の物語。渋谷の私立高校に通うQは、95年にオウム真理教が起こした宗教テロ・地下鉄サリン事件に同級生が巻き込まれたのではないかと思ったことをきっかけに、世界が終わるのではないか? という不安に取りつかれるようになる。

Qは同じように「世界の終わり」に取りつかれた鈴木翔太郎(中川大志)に誘われ、彼が束ねるチームに参加する。仲間と共にQはファッション雑誌にモデルとして掲載されたり、渋谷浄化作戦と称して不良に喧嘩を挑むといった行動を繰り返すのだが、やがて渋谷を牛耳る大人たちと衝突することになる。

劇中では95年に起きた阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件について語られ、当時ヒットした小沢健二や小室哲哉の楽曲が流れる。同じ時代に青春を過ごした筆者にとって、とても懐かしい青春ドラマだった。

テレビ番組の可能性を広げる問題作も

最後に、どうしても触れておきたい問題作が『イシナガキクエを探しています』(テレビ東京系)だ。本作は、イシナガキクエという失踪した女性を探す公開捜査番組として始まるフェイクドキュメンタリー。プロデューサーの大森時生は『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(BSテレ東)や『テレビ放送開始69  このテープもってないですか?』(同)といったバラエティ番組を模したフェイクドキュメンタリーを得意としている。どの番組もよくあるバラエティ番組だと思って観ていると、ふしぶしに違和感があり、やがてその違和感が本編を侵食し、予想外の結末へと向かっていく構造となっている。

どの作品もドラマと言っていいのかは迷うところだが、架空の番組でタレントや俳優がうその役割を演じているという意味ではこれもドラマなのだろう。何より公開捜査番組を模したフェイクドキュメンタリーという放送形態は強烈で、ドラマも含めたテレビ番組の可能性を大きく広げたことは間違いない。

なお、本作はTXQ FICTIONというフェイクドキュメンタリー・プロジェクトの第1弾と銘打たれているため、今後も定期的に新作が作られるのだろう。今、もっとも攻めた番組枠である。

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