米テレビ業界恒例のアップフロントが5月13日からニューヨーク市内各地で開催された。新政権による関税政策がもたらした経済不安や業界への規制動向に不透明感が漂う市場環境のもと、コスト意識の高まりもあって今年はイベント数を絞って3日間に集約して開かれた。参加したのはリニア勢がNBCユニバーサル(NBCU/NBC)、ディズニー(傘下にABCを有する)、ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリー(WBD)、FOX、スペイン語放送TelevisaUnivisionの5社。配信勢は2年連続でAmazon、Netflix、YouTubeの3社だ(冒頭画像は各社のウェブサイトから)。
▶変貌するアップフロント
かつてテレビ業界の"広告営業の祭典"ともいわれたアップフロントだが、近年はプレゼンテーションの内容やスタイルにも変化がみられる。CBSはニューヨーク市での大規模なプレゼンを3年連続で取りやめ、いくつかの都市で小規模なディナーイベントを開いた。
また、これまでのように秋からの新番組と放送スケジュールをシンプルに発表する場から、複合メディア企業が映画、放送、配信、テーマパーク、スポーツといったグループ全体の資産を統合的に売り込む"企業横断型ショーケース"へと様相を変えている。ABCやNBCはいずれも親会社であるディズニー、コムキャストによる総合的な営業活動の一環として参加した。
▶NFLやNBAに熱い視線
テレビ局にとって長年ドル箱となっているNFL(National Football League)を筆頭にスポーツはリニア・配信を問わず最も重要なコンテンツ。Netflixは新たにNFLの試合中継を発表し、イベントの締めくくりにはダラス・カウボーイズのチアリーダーが登場した。AmazonはNFLのジェイソン・ケルシー元選手と、トラビス・ケルシー選手(カンザスシティ・チーフス)の兄弟による人気のビデオポッドキャストコンテンツ『New Heights』を前面に押し出した。ブラジルで行われる試合を9月にライブ配信するYouTubeはNFLのロジャー・グッデル コミッショナーが登壇し、YouTubeで独占中継する試合スケジュールを発表した。
久々にNBA(National Basketball Association)の放送権を獲得したのはNBC。2026年11月に創立100周年を迎えるNBCUは、NBAに加えてNFLスーパーボウル、ミラノ・コルティナ冬季五輪、FIFAワールドカップのスペイン語放送が重なるビッグイヤー。アップフロントでは、NBAのレジェンド、マイケル・ジョーダンがサプライズでビデオ参加し、NBCのNBA中継に「特別功労者」として出演することへの喜びを語った。
ABCもNBA契約を更新している。一方、WBDは長年中継してきたNBA中継権をNBCUに譲る形となった(関連記事はこちら)が、NHL(National Hockey League)、全仏オープンテニス、大学スポーツなど低コストながら広告価値のあるジャンルを強調。AmazonもNBAと新たに長期契約を結び、NFLの専門チャンネル「Thursday Night NFL」と同様の戦略を取ると発表した。
▶不確実な市場下、キーワードは「柔軟性」
トランプ政権の関税政策は広告主企業の予算計画にも影響を及ぼしており、マーケティング予算の配分も流動的だ。そこで広告主が重視するのが「柔軟な契約条件」と「広告成果の可視化」。リニアとデジタル間での資金移動、ジャンル間での再配分、関税の急騰・急落や事業に新たな支障が生じたりした場合に臨機応変に対応できる契約形態が交渉されているという。「不透明な時代だからこそ広告主は確実な効果を求めている。特にリーチが難しい視聴者層を取り込めるなら成長投資を惜しまない。こうした柔軟性も現在の市場では重要」――メディア各社の幹部はこのように広告主のニーズに対応する姿勢を示している。
▶広告展開の新境地、ビデオポッドキャスト
今年のアップフロントで注目を集めたのがビデオポッドキャストだ。YouTubeを中心に広告入り無料配信(FAST)を手がける各社もこの分野を強化。ポッドキャストは音声だけでなく動画入りを重視する傾向が強まっており、広告枠としての価値も高まっている。
今年のアップフロントでは、Amazon傘下のポッドキャスト・ネットワーク「Wondery」(ワンダリー)をはじめ、Netflix、YouTubeがアスリートやインフルエンサーによるトーク番組の映像版をプレゼンの柱に据えた。特に、前述したNFLケルシー兄弟のポッドキャスコンテンツやNBAスターのレブロン・ジェームズと元NBA選手スティーブ・ナッシュが出演するもの(いずれもWondery制作)は数百万回の再生数を記録し、従来のテレビ番組とは異なる価値を生んでいるという。「ポッドキャストとテレビのトークショーの境界線はあいまいになっており、いずれポッドキャストはプラットフォームの一角に加わるだろう」とNetflixの幹部は述べている。