2023年も年明けのCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)から米国のテレビ業界は幕を開けた。今年のCESはほぼコロナ前の規模に戻り、テレビ業界関係者や広告関連ベンダーが顔をそろえ、広告関連企業が集まる"C Space"では多くの商談が持たれた。今年のCESではNielsen Oneを始めとした広告測定分野の発表が目を引いたが、本稿では22年のテレビ業界を振り返りながら、今後のテレビ業界の動向を占いたい。
コードカットがもたらす激震
米国のテレビ業界は、主に2つの収入によって支えられている。「ライセンス収入」と「広告収入」である。現在、米テレビ業界はこれらの収入のそれぞれの領域で変化を迫られている。
ライセンス収入は、急速に進む配信視聴へのシフトで脅かされている。米国のテレビ(地上波およびケーブル)ネットワークは、ComcastやCharter、DishといったMVPD(Multichannel Video Platform Distributer、ケーブルテレビ事業者や衛星放送事業者など)が放送をキャリーする対価として、再送信同意料(地上波局)やアフィリエイトフィー(ケーブル局)といった分配を受けており、こうしたライセンス収入は、多いところでは売上の半分に達する場合もある。しかもこの分配はローカル局(ネットワークの直営局やローカルグループに属する加盟局)も受け取っているため、米国の放送経済圏全体を支えている収入と言える。
このMVPDを介した経済圏そのものが、現在、危機にさらされている。ケーブルなどのサービスを止め、FAST(Free Ad-supported Streaming TV=Roku Channel、Tubi、PlutoTVなどの無料配信サービス)や他の動画配信サービスのみを契約する"コードカット"が急速に進んでいるためだ。このコードカットは、米国の放送事業者にとってMVPDから分配される収入減と同時に、テレビユニバース(テレビ番組を視聴できる視聴世帯)の縮小ももたらしている(図表1)。
<図表1.MVPD視聴者数 (赤) と非MVPD視聴者数 (黒)の推移、
出典:eMarketer>
(図表2)は、調査会社のニールセンが発表した22年のプライムタイム平均視聴者数だが、地上波ネットワークでは平均でおよそ9%減、ケーブルでは軒並み二桁減、広告での主要デモとなる18―49歳の年齢層では地上波も含めた各社の多くが二桁減となっている。視聴の配信への移行や、コードカットによるテレビユニバースの減少が影響していることが要因と考えられる。
<図表2.22年のプライムタイム平均視聴者数ランキング(左)と
主要デモでの同ランキング(右)、出典:ニールセン>
今後、コードカットがさらに進めば、ネットワークのライセンス収入が減少していくことは明らかで、これはテレビネットワークの経営に大きな打撃をもたらす可能性がある。各社はライセンス収入が落ち込む前に、視聴者を各社の有料配信サービスに移行させるという戦略を採らざるを得なくなっている。赤字が続く配信サービスに、それでも各社が投資を続けるのはこのためだ。22年には、NBCUが全国ネットのプライムタイム枠を1時間短縮し、そのリソースを配信事業に振り向けるという話も持ち上がったほどだ。ライセンス収入減への懸念は、ネットワーク各社にビジネスモデルの改革を迫っている。
過渡期を迎える広告セールス
急速なコードカットの影響は、ライセンス収入のみならず各社の広告セールスにも影響を与えている。これまで落ち続ける視聴率に対して、広告在庫の減少を理由に、CPM(広告単価)の二桁増を実現し、なんとか持ちこたえてきたテレビ広告もいよいよ転換点を迎える可能性が高い。
もっとも、各ネットワークは数年前からアップフロントでのテレビ広告枠のセールスに、配信在庫も組み込んでいる。ニールセンの視聴率が落ち続ける(もしくはどこかの時点で急速に下落する)ことを予測し、前もって対策を練ってきたわけだ。その甲斐あって、アップフロントの広告取引額はこれまでのところそれほど影響を受けていない(図表3。グラフはテレビ局が販売するデジタル広告取引額も含む)。
<図表3.アップフロント広告出稿額の推移、出典:eMarketer>
アップフロントとは、米国で長く続くテレビ広告の取引形態であり、9月以降のレギュラーシーズンの広告枠を、5―7月で交渉し、事前に一括セールスする手法で、交渉は放送局と広告会社との間で行われる。アップフロントのほかにスキャッターという取引があり、アップフロントでは事前に大量の広告枠を予約購入するが、スキャッターはその都度の取引で、取引の単価は高いが機動性のある取引が可能だ。取引在庫の割合では、アップフロントが70%、スキャッターで30%と言われている。
アップフロントにおけるテレビ広告取引においても近年はデジタル頼みが鮮明となっている。テレビ広告におけるデジタル(特にCTV=コネクテッドTV)広告の占める割合は近年増加しており、広告会社のGroupMの試算では、22年で20%程度、24―25年頃には全体の30%を占めると予測している。Disneyはデジタルの割合が40%と公言しており、Comcastも全体の15―20%を占めているとしている。
このような状況で、大画面のCTVにおいてはテレビ広告とデジタル広告の境は極めて不透明となっており、テレビ広告費を奪おうと、従来のテレビネットワーク以外のYouTubeやCTVプラットフォーマーのRokuなどもテレビ広告市場に参戦してきている。23年はアップフロントにNetflixも加わることが発表され、戦いは熾烈を極めそうだ。
待ったなしの視聴指標改革
配信での視聴が増え、その結果配信在庫も増える一方で、放送(リニア)での視聴は減り、放送在庫は減少している。そのため特に莫大なリーチを求める広告主がかつてのようなリーチを得るためには、放送と配信在庫を織り交ぜたリーチ戦略を採る必要がある。こうした流れは、テレビ視聴測定の基盤とされてきたニールセンの視聴指標にもプレッシャーを与えている。
上述したように、近年、テレビネットワークの営業は放送と配信を合わせたポートフォリオセールスが主流になり、それに加えて配信の割合が増えている中で、従来のテレビ視聴測定同様に、配信(特にCTV)の視聴測定の重要性が増している。
ネットワークはこの配信部分の測定に関して、ニールセンのパネルを用いた測定手法では十分でないという不満を持っており、ビッグデータを活用し、そうした配信測定に強みを持つ、Comscore、Videoamp、iSpot.TVなどがその座を狙い名乗りを挙げている。ニールセン自身も、次世代のクロスプラットフォーム測定指標であるNielsen Oneではパネルのみに頼らない手法を掲げ、改善を図っている。
テレビ視聴指標の一番の変更は、24年に予定されている現行のC3/C7からの移行だろう。広告主から求められているのは、クロスプラットフォームにおける重複を排除したリーチとフリークエンシーの把握であり、テレビ業界は継続的に議論を続けてきた。ニールセンは、Nielsen Oneへの移行に合わせて、"CM全体の平均視聴者数"から、"クロスプラットフォームで比較可能な個々のCMの視聴者数"への移行を宣言しており、この期限が24年と目されている。つまり、そこで待ったなしにこれまでの視聴指標の変更が行われることになる。
NBCUやParamount、FOXなどのテレビネットワークは、今後は広告主によって売買に使用する視聴指標(カレンシー)が1つではなく複数になるというマルチカレンシーという概念を掲げ、今年1月にJIC(Joint Industry Committee)というコミッティーを立ち上げた。このコミッティーを通じて、業界のカレンシーとしての共通項目などの枠組みを規定していくとしている。また、こうした取引を実現するために、視聴測定ベンダーのみならず、バイサイドやセルサイドの取引システムベンダーもマルチカレンシー取引への対応を急いでいる。
動画配信事業が誕生した2006年から17年。段階的に対応し、変化してきた米国テレビ業界に、いよいよ本格的な転換期が迫っている。