「2024年のアップフロントには隕石が落ちたような衝撃が走った」という。海外の状況を把握することは日本でのこれからを考える上で参考にはなるが、海外と日本の環境の違いを押さえておかないと、せっかくの情報がミスリードな考えを生むことにつながりかねない。そこで、基本的な前提となる情報をお伝えしつつ、現在のアメリカの状況について概況を紹介したい。「前編」となる今回はアメリカでの動画視聴の現状や広告取引の中核となるアップフロントの最新情報について、「後編」では放送局のストリーミングへの取り組みや広告取引のデジタル的な取引手法についてお話しする。
アメリカでの動画視聴の現状
アメリカではコネクテッドテレビ(CTV)の普及が進んでおり、現在9割近い世帯がテレビをインターネットに結線している。CTVの普及に最も大きな影響を与えているのは、ストリーミングサービスの普及だ。Netflix、Amazon Prime Video、Hulu、HBO Maxなど、さまざまなストリーミングプラットフォームが提供する高品質なコンテンツは、視聴者の関心を集め、ケーブルテレビの契約を解約する「コードカット」現象を引き起こしている。(参照記事:【消費者からみた米テレビ視聴の現実】 コードカットとコードネバーってなんだ? それに拍車をかけるディズニーとチャーターのすったもんだ)
なお、ストリーミングサービスには広告無し有料契約型のSVOD(Subscription Video On Demand)、広告付き無料契約型のAVOD(Advertising Video On Demand)、SVODだが広告が流れる低額プランが存在するハイブリッド型、広告付き無料で契約不要型のFAST(Free Ad-supported Streaming TV)などさまざまなパターンが存在している。
放送局もストリーミングサービスを強化している。図1のようにアメリカの4大テレビネットワーク各社は、Disney+、Peacockといったストリーミングサービスを展開してきた。さらにはPluto TVやTubiといったFASTも提供し、多様な配信形態で視聴者のニーズに応えようとしている。
<図1 アメリカのテレビ局4大ネットワークと関連サービス>
CTV市場の成長
アメリカのCTV市場は、特に2020年以降、急速に成長した。コロナ禍による外出制限や在宅時間の増加も一因となり、ストリーミングサービスの利用者数は飛躍的に増加した。例えば、2020年の時点で、アメリカの家庭でのストリーミング視聴時間は前年比で40%も増加している。2023年には、アメリカ国内でのCTV広告の支出額が過去最高を記録し、2024年にはさらに拡大すると見られている。
ストリーミング視聴の増加に伴い、CTV広告の市場は急成長しており、特にターゲティング広告がその成長を支えている。CTV広告は、視聴者の視聴履歴や興味に基づいた精度の高いターゲティングが可能な点が、広告主にとって魅力となっている。
また、CTV広告は、売買を自動化するプログラマティック広告技術を利用して、デジタル広告とテレビ広告を統合する動きが進んでいる。これにより、広告主はテレビ広告に加えて、デジタル広告を同時に活用し、より幅広いターゲット層にリーチできるようになり、テレビ広告のROI(投資対効果)を向上させることができる。
アメリカテレビ業界における最も重要な広告売買 アップフロント取引とは
アメリカにおける「アップフロント(Upfront)」は、テレビ業界の重要な商業イベントであり、主にネットワークテレビやケーブルテレビ、デジタルメディアの広告販売において大きな役割を果たしている。アップフロントは、広告主とテレビネットワークが次年度の広告枠を事前に販売するための商談の場である。以下で、アップフロントの仕組み、近年の変化、および最新の動向について詳しく解説したい。
アメリカのテレビ広告の取引としてアップフロントとスキャッターの2つの方法が挙げられる(図2)。アップフロントとは、主にアメリカのテレビ業界で毎年春に行われる、テレビネットワークやストリーミングサービスが来期の広告枠を一括で販売する商談イベントである。この場でネットワークは、広告主に対して来年の放送予定番組や、視聴者層、視聴データ、広告パートナーシップの提案などを行う。広告主はこれに基づいて、特定の時間帯(プライムタイム)や番組に広告枠を予約し、前払いで契約する。
このイベントは、テレビ業界における最も重要な広告売買とされ、広告主やメディア代理店が集まり、ネットワークやストリーミングプラットフォームが提供する新しい番組ラインアップや視聴データに基づいて、来年度の広告キャンペーンの契約を結ぶ。日本のタイム取引とは違い、「1年分の特定時間枠を購入する」形式を取っており、日本のSAS(スマート・アド・セールス)を年間で事前予約する、という考え方に近い。アップフロントは、年によって変動はあるが、プライムタイムの7割~8割が決定するため、各放送局は非常に力を入れており、十分な準備を行ったうえで臨んでいる。広告枠が早期に契約されるため、放送局は安定した広告収入を確保し、広告主は自社のキャンペーンに合った広告枠を優先的に手に入れることができる。このアップフロントでセールスされなかった枠をアップフロント期間以降に、スキャッターという形でセールスしている。需要が見込まれる年はあえてスキャッター量を増やして高値で取引するなど、各放送局は市況に応じて供給量を調整している。
<図2 アメリカのテレビ広告取引の主な方法>
アップフロントへのストリーミングサービスの参入
アップフロントは、20世紀の半ばから存在しており、主に大手ネットワークテレビ局が主導していたイベントだったが、ケーブルテレビの台頭とともに、ケーブル局やデジタルメディアのプレゼンテーションも行われるようになり、今ではストリーミングプラットフォームも参加するようになっている。これにより、従来のテレビネットワークと新興のデジタルメディアが、アップフロントで競い合う構図が強化されている。
ここ数年、特に2020年代に入ってから、NetflixやAmazon Prime Video、Hulu、Disney+、Apple TV+などのストリーミングサービスが、アップフロントにおいて重要な役割を果たし始めている。これらのプラットフォームは、従来のテレビ放送と異なり、広告収入を主な収益源とすることは少ないが、近年ではAVODの導入が進み、広告市場に本格的に参入している。元々ニューフロントというアップフロントに対抗したデジタル陣営のイベントがアップフロントの前に行われていたが、テレビ側の巨大な広告費を狙ってアップフロントに移動してきたという経緯もある。
特に、2023年のアップフロントでは、Netflixが広告付きプランの提供を開始したことが注目された。Netflixは広告枠を先行販売し、広告主との商談を行う場に登場するようになった。Disney+やHuluも同様に、広告付きプランを強化し、広告主と積極的に契約を結んでいる。これらの動きは、従来のテレビネットワークにとって競争の激化を意味し、アップフロントの構図が大きく変わる要因となっている。
2024年のアップフロント最新情報
冒頭の「2024年のアップフロントには隕石が落ちたような衝撃が走った」とは、NetflixやAmazonの本格参入のことを指している。彼らは在庫量を増やし、競争力のある広告単価で臨んでおり、いずれもこのアップフロントは成功したと表明している。一方で既存放送局の取引額は前年から3.7%減少(図3)となったが、スポーツコンテンツへの投資を拡大することで、落ち込みを抑えることができた。スポーツは広告主からも価値を評価される非常に重要なコンテンツだが、昨今はNetflixやAmazonでも大型スポーツをライブで配信することが一般的になり、コンテンツとともに広告取引シェアも奪い合う状況だ。放送局はストリーミング配信を強化し、ストリーミングサービスはライブ配信を強化する中、視聴者にとってプレイヤーの境界が一層無くなってきていると言え、今後競争はますます激化することが予想されている。
<図3 2024年アップフロントの総括 ※2025年1月27日修正>
後編は放送局が広告取引を強化するためにチャレンジしている取り組みについて紹介する。