40周年を迎えたMIPCOM2024②~多様化する日本のコンテンツと海外ビジネス戦略

稲木せつ子
40周年を迎えたMIPCOM2024②~多様化する日本のコンテンツと海外ビジネス戦略

2024年10月に開催された世界最大級の国際コンテンツ見本市「MIPCOM2024」¹ の最新トレンドを第1回 で紹介したが、その1つに大手SVODのコンテンツ投資先が国際化していることを指摘した。この流れを受けて、米英以外の国の大手放送局や制作プロダクションなどが「コンテンツパートナー」として活躍する場ができている。日本は韓国に続くアジアの有望株として今回の見本市でも注目された(冒頭写真=「MIPCOM2024」の会場外観)。

大入りだったJAPANイベント

今回、見本市の初日に複数の日本関連イベントが集中し、さながら終日「JAPANデー」のようなラインアップとなっていた。皮切りは日本の新作ドラマを海外のバイヤーが審査する"MIPCOM BUYERS' AWARD for Japanese Drama"² の発表会で、招待制に切り替えてから最も多い参加者(130人)が会場に詰めかけた。米ハリウッド製のドラマ『SHOGUN 将軍』が24年の米エミー賞を総なめしたが、受賞ラッシュが「日本」への興味をそそったわけではない。むしろ、訪れたバイヤーの多くはすでに日本のドラマへの知見が豊富で、最新作のコンテンツトレンドに関心を寄せたり、リメイクできるコンテンツを探したりしていた。

ドラマの取引では依然として米英(英語)のコンテンツのシェアが多いものの、良質な非英語のコンテンツへのニーズが確実に高まっており、リメイク事例も増えている。審査員を務めたオーストラリアのジェラルディン・イースター氏はノミネート作品のいくつかを「容易にリメイクでき、素晴らしいドラマになる」と太鼓判を押し、リメイク市場が拡大するなか、「日本勢が国際的なプロデューサーと組んで欧米への進出を目指して仕事をするチャンスは間違いなくあると思う」と語っていた。

加えて、日本の注目フォーマットを紹介する「TREASURE BOX JAPAN 」³(写真㊦/筆者撮影=以下同)も例年にない大入りとなった。この日の午前中に行われたMIPCOMの基調講演で吉本興業の岡本昭彦社長が登壇し、世界25カ国以上でローカライズされたお笑いフォーマット『ドキュメンタル』⁴ の成功秘話を語ったのも、TREASURE BOX JAPANへの注目を高める契機となったのではないだろうか。

トレジャーボックス.jpg <TREASURE BOX JAPANでフジテレビは開発パートナー
(The Gurin Company)と一緒に新作フォーマットを紹介>

今回は例年と異なる傾向が2つ見られた。1つは海外と共同で開発された2作品がラインアップに加わり、欧米の開発パートナーと一緒に登壇した点だ。2つ目は、紹介作品に関する変化で、これまでは開発1年以内の新作のみが披露されてきたが、今回は高視聴率を長年弾き出してきた2つのヒット番組⁵ がフォーマットとして紹介された。

進行役を務めたスイスのコンテンツ調査会社WITのバージニア・ムスラー氏は「日本のフォーマットは進化している。紹介ビデオや説明の質が大きく改善された」⁶ と述べ、海外の開発パートナーの登壇についても「日本のアイデアは素晴らしいので欧米人が改良を加える必要はほとんどないが、グローバルに理解される形にすることに役立っているはずだ」と話していた。筆者も同感で、プレゼンが分かりやすくなり、すでにドイツへのオプション販売が成立したフォーマットが含まれるなど、作品の質も粒がそろっていた。また、長年のヒット番組がフォーマット化されてラインアップに加わったことは、イベントそのもののステイタスアップにもつながったように感じた。

テレビ朝日:
35年前の日本アニメをインドでリブート

初日にワールドプレミアとしてお披露目されたアニメ番組『おぼっちゃまくん』の"新シリーズ"⁷ も、日本の放送局が関わる国際共同プロジェクトとして示唆に富む事例だ。通常のアニメ番組の海外販売と異なるのは、往年のヒットアニメが時代と国境を越えてインドで「リブート」される点と、新シリーズのIPがテレビ朝日に残る形で国際共同プロジェクトが展開された点⁸ だ。具体的にはテレビ朝日がインド最大手の有料放送サービス、ソニー・ピクチャーズ・ネットワークス・インディア(SPNI⁹ )に発注をかける形で新シリーズを共同制作している。

経緯もユニークだ。コロナ禍によるコンテンツ不足に見舞われたSPNI が、2021年に日本のアニメを多く買い付けてインドの子ども向けに放送したところ、ギャグアニメ『おぼっちゃまくん』が大ヒット。SPNIがテレビ朝日に「続編」を熱望し、30年ぶりの復活が決まったそうだ。オリジナルのコンセプトを活かすため、これまでの作品を制作していたシンエイ動画(テレビ朝日の子会社)が原作漫画の作者である小林よしのり氏の監修のもとで新作26話のストーリーを提供。実際のアニメ化はインドのグリーン・ゴールド・アニメーションが全て担当している。同社のトップは、同作品が大ヒットした背景に、規律が厳しいインドの教育環境を挙げる。激しい競争に疲れ気味の子どもたちにとって、破天荒な「おぼっちゃまくん」は別世界のヒーロー。型破りな行動やギャクを笑うことでストレスを解消しているそうだ。

テレビ朝日 おぼっちゃまくん.jpeg

新シリーズは、今春にSPNIの子ども向けチャンネル(Sony YAY!)で放送が始まる予定だが、そのお披露目セッション(写真㊤)には日印共同プロジェクトの関係者がそろって登壇し、それぞれの立場で国際共同制作の醍醐味を語った。テレビ朝日のビジネスプロデュース局国際ビジネス開発部・浅見香音氏は、テレビ朝日側(シンエイ動画のスタッフ含む)がインドのアニメ制作現場に直接出向き、主人公「おぼっちゃまくん」の眉の太さや瞬きの回数にまでこだわって指導をしたというエピソードを紹介。インド側も「ユーモアはセリフだけではない。顔の表情も重要で、多くを学んだ」と息の合った様子を見せていた¹⁰ 。

24年7月の組織改革でアニメ・IP推進部を新設したテレビ朝日は深夜枠でのアニメ拡充とインドでのアニメ展開を事業の柱としている。SPNIは同番組の商品化も持ちかけているとのことで、35年前のヒット作『おぼっちゃまくん』のIP事業はさらに広がりそうだ。またテレビ朝日は同作品のインド以外の地域のライセンス販売権を持っている。立ち見が出るほどの大入りに、同局は新シリーズの他地域での販売にも力が入っていた。

TBSテレビ:足で稼いだリメイク契約

「MIPCOM2024」の開幕の前日に飛び込んできたのが、TBSテレビのヒットドラマ2作品『愛なんていらねえよ、夏』『砂の塔~知りすぎた隣人』のトルコ進出のニュースだった。現地の制作会社へのオプション販売¹¹ となるが、実現すれば同局のドラマがトルコでリメイクされる最初の事例となる。トルコは英米に次ぐドラマ輸出国で、リメイクが現地でヒットすれば、トルコ版がグローバルに輸出され¹² 、一度のセールスで長年にわたって収益を得られるメリットがある。

2作品の同時セールスをまとめたTBSホールディングスのグローバルビジネス局グローバル営業開発部・平岡史章氏は積極的にトルコに出向き、「制作会社を個別訪問して直接営業をした成果」としながらも、「目標はリメイク作品が放送されてヒットすること。これで満足してはいけないと思っている」と現実的だ。TBSグループは以前からヘセ・メディア(HECE Medya)などを通じてトルコのドラマ制作事情を研究していた。平岡氏によると、韓国ドラマも人気だが最近は世界中からの引き合いが強く、ライセンス料金が高騰し、取引条件も厳しくなっているという。そうした事情もあり、日本ドラマの輸入需要が高まっているとのことだが、交渉には苦労もあったという。

営業を直接指揮した同ホールディングスのグローバル営業開発部長・深井純氏は、トルコではドラマ1話の長さから放送期間の長さまで日本とは大きく異なり、当初はギャップの深さにお互いが戸惑ったと振り返る。ビジネスの仕組みを理解し合うのに4カ月ほどかかったそうだ。また、契約相手が放送局でなく制作会社であることも交渉を複雑にしており、日本のドラマ権利者や局内のプロデューサーにトルコ風のリメイク事情¹³ を納得してもらうのにも苦労したとのこと。社内的にも大いに「学び」があったようだ。しかし、そうしたエピソードを苦笑しながら説明する両氏は極めて前向きで、積極的につながりを求め、取引経験を深めていることに自信をつけているようだ。平岡氏は今後もトルコに赴いて新たなビジネスを開拓したいと話していた。

ABEMA:日本から新たなプレーヤーの参加

今回は、初日の基調講演で登壇した吉本興業のほかに、日本の動画配信大手としてABEMAが参加し、FAST(広告付き無料配信サービス)のセッションで同社のサービスを紹介した(写真㊦/プレゼンしたのはサイバーエージェントの山崎眞由子広報室室長)。MIPCOMで日本の動画配信サービスが紹介されるのは初めて¹⁴ で、日本市場にコンテンツを売り込みたい制作会社やプロデューサーから注目されたようだ。登壇後の売り込みでは単発のコンテンツや企画の売り込みだけでなく、ABEMAのオリジナルアニメやドラマをチャンネルとしてパッケージにして、海外のプラットフォームにコンテンツパートナーとして参加することも打診されたそうだ。

Abema.JPG

実のところABEMAは、運営しているチャンネルの数で日本の大手放送局の5〜6倍の規模を持つ。このため海外のコンテンツも積極的に買い付けており、海外の番組フォーマットやドラマのリメイク経験も豊富だ。2022年には国内の制作会社BABEL LABELを傘下に収めるなどコンテンツ会社としても力をつけてきており、人気恋愛リアリティショー『オオカミには騙されない』の新バージョン¹⁵ をNetflix向けに制作している。グループ内の制作体制が強化されたことを受けて、コンテンツのグローバル進出を進めており、発表でも人気のオリジナルコンテンツを多数紹介していた。

ABEMAの編成局長としてMIPCOMに参加した谷口達彦氏(サイバーエージェント常務執行役員)は「海外のアニメ需要は非常に高まっており、前出の『オオカミには騙されない』シリーズも高い評価を受けた」とし、商談の手応えはまずまずだったようだ。また同氏は「自分のコンテンツを売る立場(セラー)だけではなく、積極的に良いものは買ってさらにアレンジして出していき、主体(プラットフォーム事業者/コンテンツ会社)を変えながら取引し、コンテンツとメディアをお互いに発展させていける」との考えを示し、ABEMAならではの柔軟性や俊敏さを武器にしていきたいと語っていた。

他の日本の放送局とは異なるアプローチを考えるABEMAは国内クリエーターの制作環境づくりにも力を入れており、今後、放送の枠では生まれないコンテンツを日本発としてグローバル発信していく可能性を秘めている。今後に注目していきたい。

最終回の第3回は日本のコンテンツの海外進出の命運を握るバイヤーたちの本音に迫ってみたい。

(第3回につづく)


¹ 40周年を迎えた同イベントは、2024年10月21〜24日に南仏カンヌで開催された。

² 「国際ドラマフェスティバル in TOKYO」(実行委員長=遠藤龍之介・民放連会長)でノミネートされた作品を海外のバイヤーが審査する賞で、今年で15周年を迎えた。

³ 一般社団法人放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)が主催、総務省が後援している。発表したのは日本テレビ、テレビ朝日、TBSテレビ、テレビ東京、フジテレビと在阪の朝日放送テレビ、関西テレビ、読売テレビ。そしてNHKの関連会社NHKエンタープライズだった。

⁴ 海外では『LOL:Last One Laughing』で知られており、約25カ国でローカライズされAmazon Prime Videoで配信されている。

⁵ 『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)と『ポツンと一軒家』(朝日放送テレビ)。

⁶ ムスラー氏はさらに「日本の放送局は、これまでコンセプトをシンプルな形でフォーマットに落とし込むことが苦手だったが、今回、初めてシンプルで効果的なフォーマット紹介ができていた。大改善だ」と語っていた。

⁷ 『おぼっちゃまくん』は1989年から92年までテレビ朝日系で放送されたギャグアニメ番組で、新シリーズはおよそ35年ぶりの制作となる。

⁸ テレビ朝日は2013年と18年に『忍者ハットリくん』のインド版リメイク『NINJAハットリくんリターンズ』などを共同制作し、インドやインドネシアなどで放送したことがある。今回の場合、日本からのインプットはアニメのストーリーのみだ。インド側が絵コンテからアニメ化の全過程をリメイクするのは今回が初となるそうだ。

⁹ Sony Pictures Networks India(SPNI)は26チャンネルを抱える業界大手の有料放送会社。

¹⁰ 同局国際ビジネス開発部の中曽根美幸コンテンツ販売担当部長は、日本のアニメの魅力を残しながらも「(インドは)日本とペースが違ったり、笑いのツボが違ったりするので、そのあたりをどう調整するかという苦労があった」と語っている。

¹¹ FABRİKA YAPIM社との契約だが、このディールには日韓ドラマに詳しいトルコのヘセ・メディア(HECE Medya)が仲介役で関わっている。

¹² 先鞭を付けたのが日本テレビの『Mother(マザー)』で、同作品のトルコ版は世界約50カ国で放送された。このヒットがきっかけで、日本版のリメイクも世界各地で制作されており、見本市の期間中に日本テレビはギリシャでのリメイクがまとまったとプレス発表している。

¹³ ゴールデンタイムに放送されるドラマの多くが2時間以上の尺があり、1話分の脚本を倍の放送時間に合うように膨らませてローカライズする点や、視聴率によって4話で打ち切られるため、契約時にドラマのエピソード数が確定できない(最低4話から、ヒットすれば50話以上に増える)点などが契約条件となる。また、放送先が成約時に決定していないので流動的な要素が多い。

¹⁴ 日本ブランドの動画配信プラットフォームとしては、欧州で普及しているRakuten TVがあるが、日本で提供されている広告ベースの配信サービスの登壇はABEMAが初めてとなる。

¹⁵ オリジナル作品『オオカミくんには騙されない』(2017年~)では、男性の恋愛候補者のなかに裏切り者役として「オオカミくん」が潜入する想定になっていたが、その後女性の候補者が「オオカミ」になるなど、さまざまなスピンオフ番組が作られている。23年のNetflix版では女性恋愛候補者が「オオカミ」になっている。

最新記事