40周年を迎えた世界最大級のコンテンツ国際見本市「MIPCOM2024」(フランスのカンヌで10月21〜24日開催)には1万人以上の参加者が集い、初日は動画産業のこれまでの発展を盛大に祝った(冒頭写真=オープニングパーティーの打ち上げ花火に照らされたMIPCOMの屋外展示会場)。
テレビ番組の二次利用(ビデオ販売)のライセンス取引を中心に始まった同イベントは配信事業の成長とともに規模を大きく広げている¹ 。コロナ禍や近年の不況が集客力にブレーキをかけたが、今年はようやく参加国数が110カ国とパンデミック前のレベルに復帰した。参加者数は回復基調にあった昨年を若干下回った²(実数で1万500人、このうちバイヤー数は3,240人)ものの、今年は長引く危機を乗り越え、成長するきっかけを求める業界の「レジリエンス=耐性」を示す機会となったといえる。
そこで、今回は配信サービスに活路を見いだそうとしている業界の大きなトレンドや見本市の成果を3回に分けて掘り下げてみたい。第1回はMIPCOMの場で紹介された注目すべき知見やキーパーソンの発言をもとに、動画メディア産業の最新動向をまとめ、それらのコンテンツ取引への影響を探る。第2回目は、競争が激しくなっている市場で、着々と成果を上げている日本勢などの取り組みを紹介し、第3回目で日本のコンテンツの海外進出を後押しするバイヤーの本音に迫ってみたい。
放送とSVODビジネスの近似化
初日に業界のビジネストレンドを紹介した仏メディア調査会社メディアメトリのフレデリック・ヴォルプレ氏は、放送局と配信事業者が提供するサービスの近似化を今年のトレンドとして挙げた。これはテレビ局と配信事業者が互いの戦略を基幹事業のビジネス戦略に取り込む動きで、欧米で顕著な変化が見られる。例えば、BBCのiPlayerは、今や大手SVOD(定額制のオンデマンド動画配信)よりも豊富なコンテンツを提供し、視聴されている³ 。これは放送局が見逃し配信サービスからプラットフォームへと成長し、自局以外のコンテンツを揃え、人気スポーツやイベントの中継を生配信して視聴確保に取り組んだ成果⁴ だ。
これに対し、配信側(SVOD)も料金体系に広告モデルを加えただけでなく、コンテンツの種類や提供方法を放送に似せてきている。全話配信をせず、毎週1話ずつ配信したり、ドラマ以外のノンスクリプト・コンテンツ(スポーツ中継やリアリティ番組、ゲームショーなど詳細な台本を前提としない番組)の発注を増やしたりしているのである⁵ 。こうした動きは、コンテンツ市場の需要やビジネスに変化をもたらしている。
ノンスクリプト需要の高まり
SVODの変化を印象づけたのがMIPCOM初日の基調講演だ。輸出が難しいと言われているコメディ分野でグローバルヒット『ドキュメンタル』⁶ を生み出した吉本興業の岡本昭彦社長(写真㊦/筆者撮影)が、Amazon MGMスタジオ⁷ のトップと共に登壇した。岡本氏は「Amazonへの協力はグローバル進出のきっかけとなると考えた」と振り返り、「放送局では実現しづらいアイデア」を、海外展開を意識した「シンプルで分かりやすい」コンセプトに発展させて提案したと述べた。グローバルヒットになった鍵を同氏は、プラットフォームを提供したAmazonと、現地に合わせてローカライズ化した各地域のプロデューサーたちのおかげとも述べていたが、これはけっしてお世辞ではなく、確かにグローバル大手と手を組んだメリットは大きかっただろう。他方、配信側にとっても、ノンスクリプト番組はドラマより制作予算を低く抑えられ、フランチャイズ化も容易なので、魅力的だ⁸ 。満席となった会場からはノンスクリプト需要の高まりを感じた。
ノンスクリプトのトレンドは「Foreverism」
注目が集まるノンスクリプト番組の最新トレンドを紹介したスイスのコンテンツ調査会社WITのバージニア・ムスラー氏(写真㊦)は「Foreverism」(永遠性・永続性) を挙げた。近年、ヒット作のリバイバル(リブート)が目立つが、今年は新作の8%にまで増えたという。いくつものリブート作品が受け入れられるムードが市場にあるが、同氏は「後ろ向きなノスタルジアでなく、永遠に廃れない面白みを今風にアレンジして提供することだ」と語る。好例として挙げたのが人気ボードゲーム⁹ をモチーフにしたリアリティ番組だ。仏カナルプリュスの新番組『Werewolves(人狼)』は村人としてサバイバルゲームに参加する13人のうち3人が人狼だという設定。人気ボードゲームなので、誰もが即座に番組のエッセンスを理解することができる。同番組はカナルプリュスの今年の新作の中で最もヒットした作品となっている。
また、ノンスクリプトの注目株として、謎解きや戦略などゲーム的なアプローチが求められるリアリティ番組が何作¹⁰ か取り上げられた。このほか、関西テレビ放送の新フォーマット『DASUNA パンツを出したら即アウト!』が日本のフォーマットとして紹介された。
不況による"冬の時代"が続くドラマ
英メディア調査会社Ampere Analysisのガイ・ビッソン氏は、不況下でドラマ制作への投資がノンスクリプトよりも下回っており、回復には時間がかかるとの見通しを示した。また、手堅く既存ドラマをリニューアルする傾向が強いなか、犯罪ドラマは新規の制作が昨年よりも大幅に増えた¹¹ とのことだ。
犯罪ドラマの需要増は、仏コンテンツモニタリング会社NoTaがMIPCOMで明らかにしたデータでも裏づけられている。過去1年間で最低6テリトリーに輸出されたドラマ18作品のうち10作品が犯罪ドラマだったという。興味深いのは、往年のヒーローもリバイバルを果たしている点で、Amazon Prime Videoで『バットマン』の新アニメシリーズが人気を集めたほか、フランスがドラマ化した日本のアニメ『キャッツアイ』がライセンス販売で実績を上げた。ちなみに、今年のドラマ輸出国のトップ3は英、米、トルコで、この3カ国がドラマ輸出の50%以上を占めているという。
前出のビッソン氏は、業界の回復の鍵はコンテンツの国際化だと語る。米国のコンテンツ生産量は現在も抜きん出ているが、大手SVODのコンテンツ投資先が国際化しており、米国以外への投資割合は、Disney+の54%を筆頭に、Netflixが39%と増えてきている。この傾向は今後さらに強まるとみられている。
「ウィンドウ戦略」の進化
数年前のようなSVOD大手によるコンテンツの独占契約が減り、共同出資、共同制作されたコンテンツがマルチプラットフォームで全話提供される事例が増えている。前出のヴォルプレ氏(メディアメトリ)は、仏公共放送(TF2)がHulu Japanらと共同出資したドラマ『神の雫/Drops of God』を好例に挙げた。
同番組をTF2はAppleTVで昨年5月にグローバル配信し、1年後に自局の放送で若者層の間でトップ視聴数を獲得している。TF2は共同出資で投資を抑えながら、AppleTVとの柔軟な契約による「ウィンドウ戦略」で、番組価値を最大限に高めることに成功したとのことだ。
この『神の雫』は日本では初年度(23年)にHulu Japanが独占配信し、今年5月からApple+でも配信を開始している。また、同作品が国際エミー賞の連続ドラマ部門で最優秀賞を受賞したと本稿校了直前の11月26日に発表された(写真㊦は『神の雫』受賞を伝える業界紙「Hollywood Reporter」電子版より)。海外ドラマ初主演を務めた山下智久さんは「通訳なしの海外ロケ、常に3カ国語以上が飛び交うインターナショナルな現場で、言語や文化の壁を超えて心を一つに支え合うことができることを学んだ。これからも挑戦を続けていきたい」とHulu Japanのプレスリリースにコメントしている。
英メディア調査会社3Visionのジャック・デヴィッドソンもライセンス取引の変化を指摘している。米英制作のドラマのセカンドランのライセンスを放送局が獲得する割合は、2021年の14%から24年には35%にまで増えたそうだ。ライセンスビジネスの変化は、国際的な共同制作を促進する効果もある。今回MIPCOMでプレミア上映された欧州のドラマは、複数国の公共放送が共同出資しており、SVODへの配給を意識したハイエンドな作品に仕上がっていた。
ハリウッドからも国際共同制作への期待
ウォルト・ディズニー社EMEA(欧州、中東、アフリカ)部門の幹部、ディエゴ・ロンドーノ氏は座談会で「現在、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、英国、トルコの主要市場に焦点を当てて、地元向けの物語を探している」と語った。 特筆に値するのは、共同制作において、常にファーストウィンドウを手に入れたいわけではないと述べた点で、「柔軟性がある」ことを強調していた。
同様にワーナー・ブラザーズ・テレビジョン・グループ(WBTVG)のチャニング・ダンジー会長兼CEOも基調講演で、「国際共同制作に対してこれまで以上にオープンになっている」と語っている。同氏は「素晴らしいアイデアを世に送り出すのはかつてないほど難しくなっている」と前置きし、市場のトレンドが国際的な共同制作に向かっているなか、WBTVGもその可能性を探りたいとしている¹² 。
動画産業の苦境は、業界の各プレーヤーの協力関係を生み出しているようだ。共存共栄のアプローチがビジネスチャンスを増やし、景気回復のきっかけにつなげられれば素晴らしい。今こそが、業界の「レジリエンス」の発揮しどころだ。
(第2回につづく)
¹ 成長の牽引役はSVODを含めた動画配信サービス。巨額のコンテンツ投資で市場に参入したNetflixなどの配信大手がテレビを含む動画産業を活性化させ、取引のグローバル化に貢献した。
² 参加者総数は前年より500人減、バイヤーは260人減。2025年2月末にMIPロンドンが予定されたこともあってか、英国からの参加が200人ほど減ったほか、韓国が100人以上減となったのをはじめ、アジアからの参加が目減りした。カナダも100人近く減っている。
³ 2024年9月のBARB(英視聴率調査機関)データ。今年前半にiPlayerでは1日あたり1万本の番組が視聴(2年間で2.5倍増)されたのに対し、Netflixは4,800本、Amazon Prime Videoは2,400本、Disney+は900本にとどまった。
⁴ 米国においても、放送メディアグループは前年比で12分減ったリニアテレビ視聴時間(1日平均)のロスを配信で補い、トータル(リニア+配信)視聴時間を6分増やしている。
⁵ 英メディア調査会社Ampere Analysisのガイ・ビッソン氏は、最終日の講演で同様の指摘をし、SVODの「放送局化」だと分析、SVODの事業目標が利用者獲得からつなぎ止めに移っていると語った。
⁶ 『ドキュメンタル』は海外では『LOL:Last one Laughing』で知られる。約25カ国でローカライズ化されAmazon Prime Videoのプラットフォームで配信されているが、番組のIPは吉本興業が持っており、イラン、トルコ、チュニジアなどの放送局には別の番組名でライセンス販売している。「61年の幕を閉じたMIPTV②」(「民放online」2024.6.18付)でも紹介。
⁷ Amazonのスタジオ部門がMGMを吸収合併し、2023年Amazon MGM Studioと改名した。
⁸ Amazonと吉本の協力は今後も続く模様で、吉本側は年内にプロデューサー会議を開いてAmazonのノンスクリプト担当者50人に新しいアイデアをピッチすることを明らかにした。
⁹ すごろくのように卓上にボード(ゲーム盤)を置き、サイコロやコマ、カードを使って遊ぶゲーム。
¹⁰ 参加者が高層ビルの屋上など、少し危険な場所に出現するリング(輪)を探しだし、時間内にその中に入らなければ脱落するというリアリティ番組『The Ring』は新鮮味があった。
¹¹ 2024年にSVOD大手6社が発注したオリジナルドラマで最も多く制作されたのが犯罪・サスペンスドラマだった。逆に子ども向けドラマのオリジナル制作は大幅に減った。
¹² 同社は米国内では同業他社(3大ネットワーク)向けにコンテンツ制作を行っている。WBDの配信サービス「MAX」へのコンテンツ供給とは別に、国際共同制作を通じてスタジオ事業の拡大を狙っているものとみられる。