世界最大級の国際コンテンツ見本市「MIPCOM2024」¹ が開催されて3カ月あまりたち、動画ビジネス関係者の注目はすでに2月23日に始まる新たな見本市「MIP LONDON」² に集まっている。動画市場の不振が続くなか、非英語圏を軸にした取引が活発になり、海外パートナーとの共同制作が増えていることを第1回目で紹介し、日本の放送局らもこのトレンドをうまく捉えて、非英語圏の大手放送局や制作プロダクションとパートナーシップを構築していることを第2回目で紹介した。
欧州のコンテンツの取引を中核とする形で開催される新見本市を前に、2024年10月に開催された「MIPCOM2024」リポートの最終回として、日本のコンテンツの海外進出の命運を握るバイヤーや仲介者たちの本音に迫ってみた。彼らからみた日本のコンテンツの強みや、今後の課題についても聞いた(冒頭写真=「MIPCOM2024」の会場外観)。
日本のドラマは"濃縮ドリンク"
アジア発のドラマのリメイク総数が最も多いとされるのが日本テレビ放送網(日テレ)の『Mother』(日本での初放送は2010年)だが、海外進出のきっかけを作ったのはトルコ版のリメイクだ。この交渉にトルコ側のフォーマットマネージャーとして関わり、いまは独立してリメイク向けコンテンツの目利きとして活躍しているのが、HECE Medyaのセレン・エルゲネコン氏(写真下㊧)だ。当時、『Mother』を推した理由は、一見冷淡で、子どもをほしがらない女性が育ての母となるというこのドラマの設定はこれまでに見たことがなく、ユニークなヒロイン像に惹かれたからだと振り返る³ 。姉のヒラルさん(写真下㊨/筆者撮影)はトルコで人気のパーソナリティで、主要な放送局との付き合いが深い。ドラマ以外のコンテンツ(ニュースショーやトークショー、ゲーム番組など台本のないノンスクリプトコンテンツ)の開発と制作、司会を担当している。
セレンさんは「トルコでは、物語をとてもドラマチックな方法で伝えることが好き。 叫んだり、争ったり」と前置いたうえで、「日本の伝え方はけっして直接的ではないけれど、とても独特。思いもよらないセリフやしぐさが心の奥底の感情を絶妙に伝え、人の心に強く突き刺さる」と胸に手をあてる。彼女によると、日本のドラマはストーリーがしっかりしている"濃縮ドリンク"のようなもので、トルコでドラマ化するには「大量の水を加えなければならない」と言う。
これは、1話が日本の倍の長さとなるトルコの放送事情にもよるが、よりトルコ人が感情移入しやすいように物語を"肉付け"する必要があるということでもある。これに対し、韓国ドラマは"すぐ飲めるジュース"で、「感情表現など、物語の伝え方がトルコに近く、リメイクがしやすい」と言う⁴ 。このため、日本のドラマでは「オリジナル作品が素晴らしくても、それをトルコ向けにリメイクするとどうなるのかを考えなければならない」とし、ライセンス契約の前にオプション契約が必要になると説明する。
同国のプライムタイムは各局が2時間ドラマで勝負する激戦時間帯で、放送の早期打ち切り(3回で終了)も稀ではない。昨年は2作品が打ち切られたそうだ。セレンさんは「とてもリスクの高い市場だが、ヒットすれば、複数地域でも当たる。『Mother』はその好例で、オリジナル制作側だけでなく、リメイク側にも大きな利益をもたらす」と日本のドラマを輸入する醍醐味を語ってくれた。
一方、ヒラルさんは「日本のフォーマットは面白いものが多く、放送局に提案をするのだが、なかなか成約に至らない」と打ち明けてくれた。その要因としてトルコ的な番組編成方針⁵ と、ゲーム番組などのノンスクリプト番組で「セレブ役」を引き受ける俳優や歌手の不在⁶ を挙げた。現状では海外コンテンツの進出がなかなか厳しい分野だと残念がっている。
コンテンツパートナーになってほしい
日本のドラマをリメイクしたいとする地域は広がっている。2024年の成功例はテレビ東京のドラマ『ただ離婚してないだけ』の中東での大ヒットだ。エジプトでリメイクされた『All But Divorced』は、同国のAmazon Prime Videoで3週連続1位、7週間トップ10入りを果たしている。この人気は一気に中東(アラビア語圏)に拡散し、ヨルダン、サウジアラビアなどのAmazon Prime Videoでもトップ10入りした⁷ 。初のリメイク契約をヒットにつなげたテレビ東京国際事業室の柏木杏介氏によると、MIPCOMでの商談でも、同作品のヒットがかなり認知されており、「トルコの会社からは、(これまでよりも)強い興味を持って話を聞いてもらえるようになった」などの手応えがあったそうだ。同氏は、この成功事例を名刺代わりに、同作品のさらなる海外展開や次のリメイク案件を推し進めていきたいと話してくれた。
アラビア語版のリメイクを手がけたのは、中東を拠点とする制作会社Rise Studioだ。アマンダ・ターンブルCEO(写真㊦/筆者撮影)は、日本で雑誌『エル・ジャポン』の創刊に関わった経験がある。同氏は「(ドラマでは)韓国にみんながどっと押し寄せている。Netflixが70億㌦を投じているとか。私はそうした入札競争に加わらず、日本に注目した。隠れた宝石を見つけるように」と振り返る。加えて、日本のドラマは韓国へ、そしてトルコ、中東へと渡っていくことが多いが、他にない物語を中東で伝えたかったので、日本から直接フォーマットを入手することにした⁸ という。
Rise Studioには市場調査部門があり、視聴データや番組トレンドに基づいてコンテンツ開発している。日本のドラマ選びについても、同氏は「誰もがロマンスやコメディなどを手がけるなか、中東ではあまり扱われてこなかった多世代にわたる社会ドラマや犯罪もの、巧妙な犯罪ドラマに挑戦したかった」と語る。大きなどんでん返しの展開が好きで、『All But Divorced』で夫婦が愛人を殺したシーンは予想外な展開で気に入ったと言う。その後の物語が読めないところが視聴者を惹きつけるという⁹ 。
ターンブル氏は、テレビ東京がとても柔軟に対応してくれたことに感謝しつつも、かなりの額を費やしてリメイクをした¹⁰ ことを強調した。「人物設定を社会状況に合わせ、物語の背景を伝えるために、サブキャラクターをもっと登場させるなど、抜本的に脚本を書き直さなければならなかった」と述べ、アラビア語版の開発コストが当初の想定以上に膨らんでしまったことを示唆。「次の契約相手にはコンテンツパートナーを探している」と言葉を続けた。日本側には、ライセンス料を抑えるなどして、開発リスクを一緒に負ってほしいという考えのようだ。
同氏は「中東から莫大なライセンス料を得ようと考えるのは、適切なアプローチではない」とし、「小さな市場だが、素晴らしいコンテンツを作っている。私の野望は、グローバルな高品質コンテンツを作ることで、そのパートナーを求めている」と力を入れる。北米や欧州にもアラブ系が大勢いるとし、グローバルプラットフォームと組めれば、中東という地域にとどまらないヒットになる可能性があるとの考えからだ。『All But Divorced』は、アメリカでも一時SNS上で話題になったということなので、そのポテンシャルはあるのかもしれない。
もっと日本のコンテンツを知りたい
前出のセレン・エルゲネコン氏やターンブル氏が共通して挙げた日本への要望は、「日本のコンテンツをもっとたやすく発掘したい」というものだった。
エルゲネコン氏は「オンライン視聴できないことが、発見しにくい主な要因」と指摘する。同氏は、最新の韓国ドラマはNetflixやAmazon Prime Videoなどで見られるが、日本のドラマの多くは、海外のストリーミングプラットフォームではチェックできないと言う。放送局に電話をして、数話をリクエストしなければならず、内容を知るために、字幕も入手する必要があるとし、スクリーニング面での改善¹¹ を求めていた。
ターンブル氏も日本のコンテンツを見つけるのに一苦労している。特に、これまで海外(韓国やトルコ)でリメイクされていない作品を輸入することを目指しているので、ハードルが高くなっているようだ。その意味で、「大きな放送局だけでなく、規模の小さい局の方々にもっとアプローチをかけてもらいたいし、コンテンツを見つけやすくしてほしい」と話している。
日本の放送局は熱心に海外のバイヤーとコンタクトをとり、最新作を売り込んでいるが、バイヤーはもっと自由にコンテンツを自分たちで視聴して吟味したいようだ。日本のドラマへの注目が高まるなか、いま一度、スクリーニング機会の改善は考えてもよいかもしれない。
海外市場に目を向けたコンテンツ開発とは
日本コンテンツの橋渡し役として近年実績を作ってきているのが、シンガポールのEOA(Empire of Arkadia¹² )だ。創業ほどなく日テレとBBCスタジオによるフォーマット開発のマッチングを成功¹³ させたほか、ドラマでは前述のテレビ東京の『ただ離婚してないだけ』の中東圏リメイク契約の仲介役を果たしている。MIPCOM2024の開幕直前に、EOAはグローバルヒットとなった韓国の『ザ・マスクド・シンガー(覆面歌王)』のクリエーター、パク・ウォヌ氏(韓国のコンテンツ制作会社DITURN)や朝日放送テレビと組んで音楽ゲーム番組のフォーマット『Miracle100』を開発中と発表¹⁴ (写真㊦)するなど、番組フォーマットやドラマで日韓のコラボを仕掛け、グローバル向け共同開発に関わっている¹⁵ 。
<『Miracle100』の開発メンバー。朝日放送テレビ、DITURNのメンバーと肩を組むEOA創業者のフォティニ・パラスカキス氏(右から4番目)と千野成子氏(同3番目)。写真提供=朝日放送テレビ>
EOAの共同創業者として日本のメディアと向き合い、長年日テレでコンテンツ販売に関わってきた経験もある千野成子ゼネラル・マネージャーは、日本の現状を「ばらつきがあり、海外との人脈はじめマーケティングノウハウの成熟度が増している局もあれば、商材を整えることに苦戦している局もある」とし、「既存の番組のシノプシスをAI翻訳した商材ではバイヤーの心に刺さらない¹⁶ 」と指摘する。EOAは韓国メディアとも付き合いがあるが、韓国勢は「ターゲット市場を分析、市場ごとのニーズに応えたコンテンツを効果的にそろえ、市場の変化にも素早く対応し、国家ぐるみで積極的なアプローチをしかけている¹⁷ 」とし、日本が海外展開を目指すには、長期的な視点とそれなりの体制構築が必要だと語る。
前述のターンブル氏の発言からも、日本のドラマでは、よりリメイク側の負担を意識する戦略が求められそうだ。この点について、千野氏の考えは「作品の質と海外へのアダプタビリティ(受容性)は別もの」というものだ。これは、日本のヒット作が、グローバルな視聴者に刺さらなかったというこれまでの現実に基づいた視点だ。米ハリウッド製作の『SHOGUN 将軍』や韓国の『イカゲーム』も、企画段階からグローバル視聴者が見たいものを狙った作品だったとし、日本の放送局も今後、企画制作段階から海外市場を狙ったビジネスモデルを構築することが望ましいのではと提唱する。
同氏は、海外展開に成功した事例には世界に通ずる、①「普遍性」が根底にあり、さらに、②「日本のユニークさ」や、ローカライズされた作品が世界各地の視聴者に与えるフィット感(=③「グローバル性」)の3要素が、絶妙に組み合わされていると指摘する。海外ビジネスだからと、日本的要素をなくしたコンテンツを用意しても、「あえて日本からフォーマットを買う意味がない」となり、「グローバル視聴者が日本の、あるいは日本的な、何を見たがっているか」という視点を掘り下げることが重要で、この点を制作現場を含めて知ろうとする"マインドの転換"がステップアップの鍵となると続ける。ここで役立つのは海外のバイヤーらの視点だ。前述の2人は、求められるコンテンツのトレンドは常に変化していると話しており、直接的なセールス案件を超えたコミュニケーションの強化も課題と言える。
EOAは、既存のドラマをベースにしない、アイデアや原作からの海外展開、国際共同制作にビジネスを広げているという。新しいアプローチをとったのは「グローバルに理解されるコンテンツをはじめから狙った取り組みの方が、バイヤーの目にとまりやすいため」だそうだ。同氏は、『SHOGUN 将軍』に続き、日本の漫画を実写化した『神の雫(Drops of God)』がエミー賞を受賞したことで、欧米バイヤーたちが東アジアに眠るコンテンツ発掘に一段と意欲を高めていると話している。気になるのはこれらのプロジェクトに関わっているのは日本の制作会社や出版社で、放送局が座組みに入っていないことだ。放送局は、国内で起きている海外に向けての動きにも目を向け、出遅れないようにする必要があるだろう。
¹ 40周年を迎えた同イベントは2024年10月21日〜24日に南仏カンヌで開催された。
² 2024年4月で開催打ち切りとなった「MIPTV」の代替イベント。上半期にも国際見本市が必要との判断で規模を縮小し、開催地をロンドンに移すことになり、2025年が初開催となる。時期が2月となったのは、ロンドンに拠点がある放送局らが行っているスクリーニングイベント(The London Screenings)に合わせた。
³ 日本のコンテンツに触れるきっかけは子どもの頃に見たアニメ『セーラームーン』で、『花より男子』以来、日本のドラマも見るようになったそうだ。
⁴ HECE MedyaはMIPCOM前後にドラマ5作品のリメイク交渉をまとめているが、このうちの3作は韓国もので、残りの2つはTBSホールディングスとのドラマのオプション契約だった。
⁵ 各局の番組編成はドラマ中心に組まれており、ノンスクリプト番組は夏期シーズンやドラマの放送のない時間帯(日中)に放送し、続編がないフォーマットが採用されている。このため、海外のフォーマットをわざわざ買い付けるニーズが低い。
⁶ 日本のフォーマットではセレブの出演が多いが、トルコの俳優はドラマ出演に忙しく、バラエティやゲーム番組には一切出演しない。歌手も同様で、セレブ要素が重要となるフォーマットはトルコでは成立しないそうだ。
⁷ 2024年にAmazon Prime Videoでリリースされた全アラビア語作品のなかでも『All But Divorced』は4位にランクインするほどのヒットとなった。
⁸ 調査部門のトレンド情報によると、いま中東で求められているのは、男女間の緊張感や家族間、社会的な緊張感を描くドラマだという。日本のドラマのこの分野での表現には絶妙なニュアンスがあり、「驚くべきことだが、(中東と)とても近いものがある」と評する。
⁹ 『All but Divorced』では不倫や中絶が取り扱われており、エジプト当局の検閲を受けている。ターンブル氏によると、検閲官が「これは面白い。Amazon Prime Videoで配信するのなら許可しよう。これが地上波の無料チャンネルだったら、絶対に許可しない」と語ったそうだ。
¹⁰ 番組ではメインキャスト(妻役)にエジプトで大人気の女優ディナ・エル・シャービニーを起用している。Instagramで1,200万人のフォロワーがいるとのことで、彼女がインスタで番組リリースを投稿したことが大掛かりな前宣伝なしでも視聴トップを果たした要因とされている。Rise Studioは一流俳優を起用するなど、制作面でもかなりの投資をした。
¹¹ より簡単なプラットフォームでプロデューサーとコンテンツを共有できれば、もっとよくなると提案してくれた。
¹² 2022年にアジア発のコンテンツを世界につなげることを使命に創業された会社で、コンテンツの発掘からグローバル向けの共同開発や仲介、委託ライセンス販売までを自前で行う「コンテンツ・インキュベーター」を目指している。
¹³ 日本テレビとBBCスタジオによるお笑いゲーム番組『Koso Koso』の共同開発につながった。
¹⁴ MIP LONDONでフォーマットのお披露目セッションが予定されている。
¹⁵ IPは3社で分け合い、コンテンツのグローバルセールはEOAが担当する。
¹⁶ ドラマ分野で韓国勢は、グローバルに理解される筋書きや各話サマリーを用意し、グローバルに理解される作品性をとことん追求している。
¹⁷ K7 Mediaのリメイクトレンドの調査報告書(Tracking the Giants: The Top 100 Travelling Scripted Formats 2023-2024)によると、2023年1月から24年6月までの間に放送・配信が開始されたすべての新規リメイク取引の24%を韓国が占めた。