全米でマーケットごとに導入が進められている、次世代テレビ放送規格ATSC3.0(Advanced Television Systems Committee 3.0)。1月現在で米全世帯の60%が受信可能になったとの報告もある中で、さまざまな問題点も指摘されている。今年の米エレクトロニクスショーCESでもATSC3.0の話題は影を潜めており、導入スピードが鈍化していることを懸念した全米放送事業者連盟(NAB)が1月末、米連邦通信委員会(FCC)に対応を要請した。ATSC 3.0の普及がなぜ滞るのか、NABはいくつか原因を指摘している。
■サイマルキャストの中止を要請
新規格導入にあたりこれまで、FCCは放送局に対して旧規格ATSC1.0と新規格ATSC3.0の両方で同じ番組・内容を放送すること(サイマルキャスト)を義務づけてきた。以前からNABはそれでは無駄が多いとし、旧規格の中止と新規格への1本化を提言。それによって放送局への負担を軽減し、普及拡大を促せるというのがNABの言い分で、今回のFCCへの介入要請でも大きな論点となっている。
サイマルキャストのためには、専用機材の購入が放送局にとって負担となるが、それ以外に帯域を過剰に使ってしまうという問題もある。ATSC 3.0は効率のよいビデオコーディング(HEVC)を用いるとはいえ、サイマルキャストをしていては4K HDR画像に対応するには容量が不足する。視聴者をATSC 3.0に誘導するための最たる武器が4K HDRであると言われている現状、今のままではいつになっても視聴者は動かないとNABは主張する。
■普及の遅れは、移行の弊害に
放送局側からも、移行に関する懸念が示されている。「ATSC3.0への移行プロセスがより明確に示されなければ、今後テレビ局は4Kコンテンツの分野で取り残される。かつて未来的な構想とされた4K動画は、今や一般的な機能としてほとんどのビデオプラットフォームに取り入れられている。近いうちに4Kは必要不可欠なものになる」(抜粋翻訳)と、放送局側はFCCに訴えた。
■具体的な期限の必要性
アメリカでは2009年にアナログ放送を中止し、デジタル放送規格ATSC 1.0に切り替えられた。そのときFCCは期限を設け、アナログ放送を一斉に停止するとともに、ATSC 1.0チューナーを全テレビ機種に搭載することを家電メーカーに義務づけた。しかし、ATSC3.0への移行ではそうした期限がなければ、チューナー搭載の義務づけもない。そこで、NABはまず「締め切り日」を設けることを提言している。
■対応テレビもまだ不足
現在アメリカでATSC3.0チューナー内蔵のテレビを製造・販売するのは、大手家電メーカー4社(LG、サムスン、ハイセンス、ソニー)。中でもソニーは全モデルに搭載している。消費者技術協会(CTA:Consumer Technology Association)も、ATSC 3.0の技術認証制度を設けて品質管理をし、ATSC3.0のロゴを通じて消費者の認知度を高めるなど、次世代テレビ規格の普及に貢献している。それでも、2022年に全米で販売されたテレビ台数のうち、ATSC3.0対応モデルはわずかに8%とされる。しかしCTAは、今後2、3年で台数は急増すると予測し、2023年には12%に、2025年までには50%になるとしている。
ATSC 3.0はIPベースのテレビ放送で、インターネットと同様の機能を持つと言われる。NABは、これにより放送局が今後より強力に、配信大手や巨大IT企業と競合できると強調し、今以上の普及加速を目指している。