分断社会アメリカとメディア(前編)

前嶋 和弘
分断社会アメリカとメディア(前編)

保守派とリベラル派の間で議論すらも成立しないアメリカ社会の激しい分断が広がる中で、メディアが加担した責任は極めて重い。現在のアメリカのメディアは自分たちが進んで左右に分かれ、「報道」そのものに色が付けているものも少なくない。客観性を失いつつあるメディアに対する信頼度は地に落ちた。

民主主義と社会変革とメディア

いうまでもないことだが、人々の声を吸い上げ、今何が社会的な問題であるのかを明らかにするのは、民主主義社会ではメディアの重要な役割だ。メディアが「真実とは何か」を突き詰めることによって、いますぐに解決しないといけない問題が争点化されていく。これをメディアの「議題設定機能(agenda-setting function)」と呼ぶ。

ここでいう「メディア」とは新聞、テレビ、ラジオなどの伝統的なメディアを意図したが、オンラインメディアとの境は既にない。各種メディアの情報はネットで大きく拡散し、争点化のスピードが加速化しているのが現在だ。

民主主義的な社会であれば、その争点が大きく重要であるならば、メディアとその背後にある世論が政治を動かし、社会変革が生まれるはずである。喫緊の問題であるならばそれだけ変革の機運はメディアと世論が推し進めるはずだ。

政権や政治家、政党がその必要な変革を実現できたかどうかについて、人々は選挙で審判を下す。変革を推し進めることができない政治の担当者は交代していく。政治を動かす原動力となるのが、民主主義的な政治体制に組み込まれている選挙という国民からのフィードバックである。

これが民主主義的な社会変革のメカニズムだ。その中で民主主義社会を成立させるうえで、メディアが果たす役割は死活的に大きく、当然ながら、メディアは常に真実に努力を怠ってはならない。

2つの真実

しかし、社会の分断を背景に、メディアが取り上げる争点に対する解釈が保守側とリベラル側で分かれてしまって、「真実」そのものが2つ存在するとしたらどうだろう。メディアそのものが左右に分かれ、保守側とリベラル側の情報の面での応援する利益集団のようなものになっているといった状態だ。

そして、どちらも大きなターゲットとなっているのが「向こう側のメディア」だ。保守側メディアはリベラル派の政党、支持者を罵倒し、リベラル側メディアはその逆をする。自分にとってなじみがあるメディアでは「善」、向こう側では「悪」――。同じ争点が全く別のように描き出されているとしたら、それは悲劇でしかない。

残念ながら、この状況が現在のアメリカである。これを「メディアの分極化(media polarization)」と呼び、この現象は国民の分断とともにここ30年ほどで一気に進んだ。

「私は火曜日に逮捕される」というトランプ投稿

「メディアの分極化」がどんな状況なのかを分かりやすく説明するため、今年春に私がアメリカに調査などのために滞在した時の話をしたい。

他の多くのホテルと同じように、私が泊まったホテルは衛星放送と契約しており、24時間ニュース専門チャンネルとしてFOXニュース、CNN、MSNBCなどが含まれていた。チャンネル番号もたしかこの3つは隣り合わせだったので、空いた時間にはリモコンをザッピングする形でこの3局を眺めていた。

3月18日は土曜日だったが、朝から大きなニュースが飛び込んできた。トランプ前大統領が自前のSNSである「Truth Social」で、「私は来週の火曜日に逮捕される」と書き込んだためだ。不倫口止めをめぐる選挙資金違反疑惑などでニューヨーク州検察がトランプを起訴する可能性が高まっているという話はその数日前から一部メディアが報じていたが、この書き込みで一気に社会的な争点となった。

新聞やテレビなどではなく、SNSの書き込みが社会的な争点化を行うことが頻繁になったという時代に突入してかなりたつ。ただ、そのきっかけがトランプ台頭だったとすると、比較的最近であることに気づく。

実際には「翌週火曜日(3月21日)」ではなく、トランプが起訴されたのはその約2週間後の4月5日だったが、いずれにしろ、このトランプの書き込みをきっかけに一斉にこの3つの24時間ニュースチャンネルの話題を独占することになる。

当日18日の朝は3局ではいずれも、この書き込みをめぐって「トランプが近く起訴される」という話題を既に報じた新聞記者や、法律家、政治コメンテーターなどの討論で番組が構成されていた。特別番組を編成している局もあったが、通常の報道枠でも特別編成だった。「起訴される理由は何か」「いつ起訴されるのか」「起訴された場合、逮捕・拘束はあるのかどうか」「既に立候補している選挙戦はどうなるのか」などの話題が続いた。

驚いたのは、MSNBCとFOXニュースのトーンが全く異なることだった。MSNBCでは「トランプは民主主義を破壊させた張本人。起訴は当然、むしろ遅すぎる」「法的に可能かわからないが、選挙出馬そのものを辞めさせる手段はないのか」といった形のコメントが続いた。CNNもほぼ同じだった。

これに対して、FOXニュースは「全くのぬれぎぬ。トランプをはめようとしているだけだ」「訴追しようとしているニューヨーク州マンハッタン地区検事であるブラッグは、リベラル派であり、法制度を武器のように使っている」と全く違ったトーンだった。さらにFOXニュースは「リベラルメディアを含んだ左派の陰謀だ」とも続けた。

この差にはものすごい既視感があった。何がどのように議論されるか、最初から予想したとおりだった。

FOXニュースは右派メディアとして保守の応援団そのものとして日本でも知られている。MSNBCは左派寄りとしてリベラル派を擁護する傾向にある。CNNも近年、特にトランプ台頭以降は左派寄りになりつつある。

この2つの「報道」の違いはネットの中で、メガホンで声を上げるようにすぐに拡散していく。

特に、保守派の方は逮捕の可能性に強く憤った「リベラル派の魔女狩り」といった書き込みが続いた。「問題なのは、ブラッグ検事だ。こいつを連邦議会に召喚せよ」いう保守派のネット世論が、下院共和党を動かし、ブラッグ検事を召還するための書簡が送られた。

その結果、まるで訴追が追い風になるように、トランプが起訴されると共和党内では一気に支持率も上がった。「24年大統領選挙で共和党の候補にはだれがふさわしいか」という世論調査では、トランプの書き込み以降、トランプが15ポイント程度急伸した。さらにはトランプに対する選挙献金も一気に増えた。有罪になる可能性があっても、それは「リベラル派の罠」であると信じられているようであった。

リベラル派はMSNBCと同じ議論の書き込みが続くが、基本的にはトランプ支持に集結する保守派の声に対してかなりしらけて眺めている。「またあのトランプの時代に逆戻りか」という圧倒的な嫌悪感が増殖する。

いずれも自分と違う意見の方には耳を貸そうとしない。「フィルターバブル」という言葉があるように、自分たちの意見は増殖する泡のように拡大していくが、その向こう側にある自分たちと異なる見方についてはフィルターがかかっているように全くみえない。メディアが吸い上げる意見は、このたこつぼの中で消費されていく。社会はより分断し、「私の真実」と「あいつらの真実」の差は大きくなってくる。

「トランプ起訴」だけでなく、「2021年1月の議会襲撃」など多くの政治的争点について、2つの「真実」が生まれてしまっている。残念ながら、これがアメリカのメディアと世論と民主主義の現実である。

後編に続く

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