「音楽・社会・人」をつなげる~読売テレビの音楽イベント『Grooving Night』が目指すもの

門上 由佳
「音楽・社会・人」をつなげる~読売テレビの音楽イベント『Grooving Night』が目指すもの

放送文化基金は2024度から「イベント事業部門」の助成を始めました。「放送の新たな突破口を開く試み」や「放送とネット融合時代のコンテンツ制作をリードする人材育成の場づくり」などを想定して、放送局をはじめ関連機関や研究機関などから企画を募り、審査を経て年に2回対象事業を決定しています。前回ご紹介した新潟放送「過疎地域における遊休施設の利活用を考える住民参加型音声コンテンツ事業(喫茶らじお)」に続いて、今回は2024年度下期に助成対象となった読売テレビ放送(読売テレビ)の〈「音楽・社会・人」をつなげる音楽イベント『Grooving Night』〉について門上由佳プロデューサーに寄稿いただきました。(編集広報部)


『Grooving Night』は、「音楽・社会・人」をつなげる音楽イベントとして、2023年から25年までに計5回開催しました。ホストアーティストは、SIRUP。ゲストには、iri、OKAMOT0'S、TENDRE、Ayumu Imazu、SKY-HIと主にR&B、HIPHOP、ロックなどさまざまな音楽にルーツを持ち、国内外のライブシーンで活躍するアーティストを迎えました。第3回からは、視聴覚障害鑑賞サポートとLGBTQ+支援施策を導入し、第5回では放送文化基金の助成対象となりました。企画したプロデューサーとして、イベントの歩みと導入の背景を振り返ります。なお、文中の敬称は略させていただきます。

「声を上げ、道を拓く」思いを込める

Grooving Nightの目標は、音楽ライブを通じて、「誰もが安心して楽しめる」場所をつくり、音楽を楽しみながら、アーティストのトークを来場いただいたみなさまと共有し、社会について少し考えたり、前を向けたりするような、誰かを「エンパワーメント」することです。

そう思ったきっかけは、私自身の経験にもあります。文化社会学を学ぶために、同志社大学から大阪大学に3年次編入しました。両大学で、ジェンダー論、家族社会学、教育社会学などを学ぶなかで、社会・文化・経済・政治は密接に関係することを知り、「無知であることで、搾取される」という実態を痛感したのです。一方で、学んで知識をつければ、誰かを守ることができるかもしれない、という思いも抱きました。中学からバンドを始め、大学の軽音サークルで「音楽を掘る」という言葉を知り、ジャマイカ出身でレゲエの先駆者ボブ・マーリーの音楽の背景にある黒人差別や奴隷制度を学ぶ授業を受講しました。また、1990年代から現在までミュージシャンとして活躍するキム・ゴードンが音楽などのクリエイティブを通じて評価され、女性の地位を向上させたことにも興味を持ちました。

「音楽・社会・人」はつながっていると実感し、音楽の背景にある文化や歴史を深く知ることは、とても重要だと感じました。社会で生きるうえで大切なことを、座学や勉強ではなく、音楽を通じて「楽しみながら知ることができる」入り口をつくりたい、という思いが生まれました。

その後、関西での音楽番組・音楽イベントの制作を志して読売テレビに入社後、制作局に所属し、現場での女性の少なさに衝撃を受けました。女性であること、マイノリティ性を初めて実感したタイミングでした。例えば「社会の役に立つコンテンツをつくりたい」と思ったときに、決定権があれば実現することができます。決定権を持つためには、経験を積み、実力をつけることが必要です。その過程で「決定権のある女性」が当時、身近にいなかったことから、私自身が目指すロールモデルやキャリアプランを描きづらいという不安を抱えていました。演出やプロデューサーを目指すうえで、私にはバトンが回ってくるのだろうか? と疑心暗鬼になったこともあります。

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<『Grooving Night』で前説する筆者>

まわりのたくさんの方々に支えていただき、ディレクターになり、自分で企画した特番を2本制作しました。「女性の生き方」に役立ちたいという思いがあり、初特番では『婦人公論』、2本目の特番では『日経WOMAN』のそれぞれ編集長や編集部の方々に協力いただき、番組を制作しました。どちらも女性に勇気を与える雑誌メディアで、その出会いが私の背中を押すきっかけとなりました。

私が目指すキャリアについては、自分自身で道を切り拓こうと決意しました。「音楽ライブ」に関わる仕事を志していたため、社内をリサーチし野外ロックイベント「RUSH BALL」を事業局が長年共催していることを知りました。所属していた制作局の上司と、事業局の上司に懇願し、2018年に「RUSH BALL」を手伝いに行ったことがきっかけで、2020年にイベントビジネスセンター(旧事業局)に異動が決まりました。自分のキャリアを切り拓いたターニングポイントでした。現在、ロールモデルとなる女性センター長のもと、自分らしくのびのびと働けている実感があります。意思決定層にダイバーシティがあることは、働きやすさに直結すると感じています。プロデューサーになった今、私が感じた生きづらさを後世に残したくない、誰もが安心して生きられる場所をつくりたい、という思いから、「声を上げ、道を拓く」ことを信念に制作を続けてきました。

ホストアーティストSIRUPから学んだこと

SIRUPとの出会いも大きな転機でした。日本を代表するR&Bシンガーで、日本武道館公演を成功させ、2024年には中華圏最大の音楽賞「GMA」に楽曲がノミネートされるなど世界を舞台に活躍、大阪・泉大津出身ならではの親しみやすいトークと、気さくで温かい人柄をもつ素敵な人です。コロナ禍で成人式ができなかった際、SIRUPは新成人の立場に寄り添い、SNSで「大人たちは、自分たちが選択できた前提で話していることを忘れないで」と呼びかけました。「できた人」の一方で「できなかった人」がいるという、見過ごされがちなことに目を向けられる優しい人だと感じました。

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<ホストアーティストのSIRUP>

その後、コロナ禍で帰宅困難者とホテルシェルターを連携させるための活動資金として、SIRUPが自身の音楽活動の売上の一部を寄付した記事にたどり着きました。音楽を通じて社会貢献するその姿勢に感銘を受け、どれだけ時間がかかっても必ず彼と仕事をする、と決意。約3年にわたる会話を重ね、2023年に『Grooving Night』がスタートして以降、SIRUPにたくさんの勇気をもらい、私にとって背中を押してくださる大きな存在となりました。社会に関するトークも、支援につながる施策の導入も、第一歩を踏み出すときには怖さもありましたが、SIRUPが「やってみよう」と共に歩んでくれるため、勇気をもつことができました。また、スタッフに対しても敬意をもち、「この企画を会社で通すことも大変だと思うなかで、ありがとう」という声をかけてくださります。こんなにも心のある方と出会えたことは幸せで、私にとって「安心して生きられる場所」と感じる瞬間でした。

視聴覚障害鑑賞サポートを導入

『Grooving Night』は、音楽ライブを通じて社会課題に取り組むことも目標でした。ライブに加えて、アーティストがパジャマ姿で社会について語るトークパートも設け、観客と共に考える場を創出しています。「グルーヴ溢れる夜を過ごそう」というコンセプトのもと、ベッドに腰かけて語るパジャマトークは、修学旅行の夜やホームパーティのようなリラックス感を大事にしています。堅苦しく話すのではなく、「家で友達と話している」ような本音が出やすいシチュエーションで観客とトークを「共有」することで、会場全体で一緒に話したり考えたりできる空間をつくっています(冒頭写真)

第2回開催後、SIRUPとの打ち合わせで「社会を語るだけでなく、具体的な行動を起こしたい」という共通認識が生まれました。その流れで、当社サステナビリティ部の先輩から視聴覚障害鑑賞サポートの存在を聞き、導入を決意しました。視聴覚障害鑑賞サポートとは、視覚や聴覚に障害がある方に対して、ライブをより楽しむためのサポートを行うものです。そのサポートを導入した第一人者である、一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構の南部充央さんとの対話を通じ、日本のエンターテインメント現場では導入例が少ない現状や、海外では障害を含むインクルーシブな知識が劇場やエンターテインメントに関わるプロデューサーに求められることを知りました。

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<メガネ型ディスプレイを体験するアーティストのSKY-HI、手元タブレットで楽しむ観客、
視聴覚障害鑑賞サポートのためのブースと中継車内>

2024年4月は事業者に合理的配慮の提供を義務づける改正障害者差別解消法施行というタイミングでもあり、2023年3月開催の第3回で金銭面・技術面の調整を行い、このイベントへのサポートの導入を実現。弱視の視覚障害鑑賞サポートは、ステージのライブ映像を手元のタブレットに映し、拡大表示できる仕組みです。聴覚障害鑑賞サポートでは、メガネ型ディスプレイをかけて、ステージを観ながらアーティストのMCや歌詞を字幕表示。ライブ会場の音声と映像を沖縄に飛ばして、沖縄で打ち込んだ字幕テロップが、メガネ型ディスプレイにリアルタイムで表示されます。体験いただいた聴覚障害のある方からは「今までMCで周りの人がなぜ笑っているかわからなかったところ、字幕で内容が理解できて、一緒に共有できてうれしかった」や、視覚障害のある方からは「アーティストがどんな表情をしているか、手元でアップして観られて良かった」といった声が寄せられました。着用感については改善点が見つかり、新たな課題となりました。

LGBTQ+支援で連帯の輪を広げる

LGBTQ+支援を導入した背景には、私自身も、職場でマイノリティである「女性」としての生きづらさを感じた経験があったからです。「女性の生き方」について番組制作をしてきましたが、学んでいくなかで、性的マイノリティについての課題が、社会にはまだまだ多くあることを知りました。女性やLGBTQ+を含むジェンダー課題への関心から、先輩の紹介で支援組織の「プライドセンター大阪」を訪問し、LGBTQ+の課題を理解し、自分ごととして捉えて支援する「アライ(Ally)」(性的マイノリティを理解し、支援する人)の存在が重要だと実感しました。

音楽ライブという"楽しくて心が動く"空間で、知らなかった問題やコミュニティに触れることで、連帯の輪が広がる可能性を感じ、第3回から会場ロビーにプライドセンター大阪のブースを設置。実際にイベントをきっかけにセンターを訪れた来場者もいたと報告をいただきました。視聴覚障害鑑賞サポート・LGBTQ+支援施策をモデルケースとして広げ、導入事例が増えることを目指し、第4回では在阪メディアや音楽関係者約80人を招き、施策の視察を実施しました。音楽の現場から社会的な理解と連帯を促す第一歩となりました。

放送文化基金の助成金で実現したこと

放送文化基金の助成金により、2025年3月29日に大阪のオリックス劇場で開催した『Grooving Night』第5回では複数の新しい取り組みが実現しました。まず、聴覚障害鑑賞サポート用のメガネ型ディスプレイを軽量でフィット感の高い新モデルに変更。前回見つかった「重い」という着用感に関する課題を解決することができました。

さらに、HuluとU-NEXTでライブの生配信を初めて実施。画面にはリアルタイム字幕を表示し、視聴者が疑似体験できる環境も整えました。会場ロビーを「Grooving Room」と題して、さまざまな社会課題に取り組むブース出展を拡充しました。聴覚障害鑑賞サポート「字幕メガネ」の体験ブースやプライドセンター大阪の出展に加え、新たに「ここことか」(障害者福祉プロダクト)¹ 、HICARU COFFEE ROASTER² ・Buddy Walk KANSAI³ (ダウン症支援)、ソナエル食堂(被災地支援)⁴ が参加。各ブースでのグッズ販売の収益は、各団体の活動資金や福祉施設の支援につながります。

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<メガネ型ディスプレイ体験ブース㊧と、イヤーマフの無料貸し出し㊨>

また、メガネ型ディスプレイの体験ブースや、日本ミュージックフェスティバル協会の協力でライブ会場の大音量から子どもの耳を守るイヤーマフの無料貸し出しも実施。来場者が楽しみながら社会課題に触れられるよう、ブースを巡るクイズラリーも開催し、正解者200人にはプレゼントを贈りました。多くの来場者が高い関心を持って参加し、実際に商品購入にもつながりました。

エンターテインメントとメディアの役割

第5回にゲスト出演したSKY-HIからは、「社会的に大切なテーマを扱いながらも、ベッドに腰かけパジャマ姿でトークする設定や、ロビーの支援ブースが楽しそうでよかった。ライブを楽しむことと社会課題を知ることが楽しい雰囲気で行われていて、グルーヴがあっていいなと思った」との感想をいただきました。SKY-HIは、アーティスト・プロデューサー・マネジメント/レーベル「BMSG」代表取締役CEOなど多岐にわたり活躍。従来はプラスチックを使用していたCDジャケットを紙のジャケットへ刷新し、CD製造段階のプラスチック使用量を約10㌧削減するなど、日本の音楽業界の持続可能なあり方を追求し、体現する存在です。社会貢献を実践するアーティスト自身からの言葉は、非常にうれしいものでした。

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<SKY-HI、SIRUPとブースを巡る筆者>

ブース出展者からは「たくさんの来場者が、とても高い熱量でブースを楽しんでくれて驚いた」と、来場者からは「開演前から会場を出るまで心地の良いイベントで、楽しい雰囲気でいろいろな団体や活動を知る機会になった」「音楽と社会と人が密接に丁寧に関わり合って、音楽で世の中が幸せになれたらいいと感じる温かいイベント」「字幕メガネの体験コーナーに感動した。人が集うと、技術と人がつながり、思いと思いがつながると感銘を受けた。参加できたことを誇りに思う」「一体感があり、多幸感のあるイベント。それぞれ立場も環境も違うけど、その立ち位置から同じものをみることは大切だと感じる。皆勤賞を目指したい」という声が寄せられました。

ライブでは、ホームパーティのような「楽しい」空間でトークし「社会について考えること」を大事にしています。会場ロビーでは、楽しんで新しい知識に出会う空間づくりを重視しました。エンターテインメントという「楽しい」空間だからこそ、社会課題への視野が広がり、新しいコミュニティと出会える場になると感じています。

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<会場のロビーで新たな"コミュニティ"を創出>

「音楽ライブを楽しむこと」と「社会について考えること」の両立ができる場所をつくり、コンテンツを通じて、社会について考えるきっかけを届けることがメディアの役割であると考えています。私は「ひとりでは何もできない」と感じることが多いです。出演してくださるアーティストがいて、一緒に企画を考えてくれるスタッフの仲間や支援団体の方々がいて、足を運んでくださる来場者のみなさまがいてこそ、前に進むことができると感じています。

関わってくださるたくさんの方と共に考えて、それぞれが自分にできることを一歩踏み出すきっかけをつくることができればうれしいです。分断が生まれやすい社会だからこそ、今最も必要なのは「連帯」だと強く感じています。イベントを通じて少しずつ輪が広がり、「誰もが安心して楽しめる場所」であり続けることを志して、これからも進んでいきたいと思います。


¹「ここことか」=福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」と、東大阪のショップ「とか」がコラボしたセレクトショップ「ここことか」による、「福祉発プロダクト」の販売。福祉施設でつくられたユニークな商品や、イベントテーマに通じる古書を販売しました。

²「HICARU COFFEE ROASTER」=大阪・谷町六丁目にある、ダウン症のある方々と共創するカフェ&ブランド。店舗では、ダウン症のある方がバリスタとしてカフェカウンターに立ち、コーヒーやケーキをつくり直接お客さまにお届けします。イベントでは、コーヒーを販売しました。

³「Buddy Walk KANSAI」=ダウン症のある子どもたちの保護者が中心となり2018年に結成。ダウン症のある方の理解や支援につながる啓発活動として、毎年バディウォークというチャリティイベントを実施しています。活動報告の展示とチャリティグッズを販売しました。

⁴「ソナエル食堂」=災害支援で得た教訓を全国に伝え歩き、災害への備えにつなげる活動。イベントでは、能登の方々へ関西からの思いを届けるべくメッセージボードを用意。来場者をはじめ、SIRUPとSKY-HIからも寄せ書きが届けられました。ボードは能登の各地を巡回します。


【筆者からお知らせ】
『Grooving Night』6回目の開催が決まりました。

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♪公演名
Grooving Night Premium in Billboard Live OSAKA
♪日程・会場
[日程]20251130日(日)
[会場]ビルボードライブ大阪 
[開場 / 開演]
    1st
ステージ 開場15:30 / 開演16:30
    2nd
ステージ 開場19:00 / 開演20:00
♪出演
ホストアーティスト:SIRUP
ゲストアーティスト:Leina
SIRUP Band】井上惇志(Key.)、HISAGt.
Leina Band】横山裕章(Key.)、エリアス・チアゴ(Gt.

詳しくは公式ウェブサイトをご覧ください ⇒ https://groovingnight.jp/

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