「喫茶らじお」 おしゃべりがつなぐ、まちとひと 地方放送局の新たな役割を目指して

高橋 紘子
「喫茶らじお」 おしゃべりがつなぐ、まちとひと 地方放送局の新たな役割を目指して

放送文化基金が2024年度から始めた「イベント事業部門」の助成。「放送の新たな突破口を開く試み」や「放送とネット融合時代のコンテンツ制作をリードする人材育成の場づくり」などを想定して、放送局をはじめ関連機関や研究機関などから企画を募り、審査を経て年に2回対象事業を決定しています。民放onlineは、すでに「北海道ドキュメンタリーワークショップ」や「九州沖縄メディア・フォーラム」の実施済みプロジェクトの成果を寄稿いただきました。この2つと同様に、第1回目の助成対象に選ばれた新潟放送の「過疎地域における遊休施設の利活用を考える住民参加型音声コンテンツ事業(喫茶らじお)」の試みについて同社の高橋紘子さんに寄稿いただきました。(編集広報部)


月に1回だけオープンする喫茶店

新潟県の山間に月に1回だけオープンする不思議な喫茶店がある。その名も「喫茶らじお」。空き店舗や廃校など、今は使われていない施設で開かれ、マスターはアナウンサーが務める。「いらっしゃいませ! お話しいただくとコーヒー一杯無料です!」 仮設のカウンター越しに繰り広げられる楽しいおしゃべり。その会話に入ったり、耳を傾けたり......。その不思議な喫茶店は、住民参加型のラジオ局に早替わりする。誰もが分け隔てなくコミュニケーションがとれる、"居場所づくり"がこの事業の目的である。

この事業を運営する喫茶らじお実行委員会は、放送局の新潟放送(BSN)、広告代理店の新潟博報堂、地域課題にアプローチする企業DERTAの3社で組織されている。ちなみに私が所属するBSNのエリアプロデュース部は、BSNが地方放送局から地域のソリューション企業を目指すというビジョンのもと、2023年に新設された部署で、放送とコンテンツを軸に、社会課題の解決に貢献する事業を展開している。地元のお祭りをYouTubeでライブ配信することで全国に伝えたり、シティプロモーションに関わるプロポーザルに参加したり、地方創生に関わる分野の事業化に取り組んでいる。そうしたなかで、他社のメンバーとともに、地域が元気になるプロジェクトを考えることになった。

"このまちにはなにもないから"――取材で県内のあちこちを回り、特に山間部の多い新潟ではよく耳にする言葉だ。確かに、地方には商業ビルやおしゃれなレストランなど、モノやコトを消費するものは少ないかもしれないが、一方で豊かな自然や長年培われてきた文化や歴史がある。"ここにしかない何か"を顕在化させ、ポジティブな感情が芽生える仕掛けができないだろうか――。かくして、誰もが気軽におしゃべりをしてもらうスペース「喫茶らじお」が誕生したのだ。

スライド1.JPG

<町内の遊休地を会場に(左から1回目のみかぐら荘、4回目の商店街空き店舗㊤、
5回目の旧鹿瀬小学校㊦、6回目の神社の境内で行われた定期市で)>

実施場所は新潟県のなかでも最も高齢化が進む、東蒲原(ひがしかんばら)郡阿賀町(あがまち/2005年に津川町・鹿瀬町・三川村・上川村の4町村が合併/高齢化率52.3%)。一級河川の阿賀野川が流れ、舟運で栄えた地域だ。かつては約2万4,000人が暮らしていたが、人口の流出が進み、今では約9,000人まで減っている。その当時、大勢の人で賑わっていただろう施設に再び明かりをともすことも目的に、町内のあちらこちらの遊休施設で行うことにした。

「こういう場所があるといいよね......」

しかし、一度使われなくなった施設は、人の手が入らなくなることで、雨漏りやカビ臭の問題が発生し、どれもが使えるわけではなかった。どの場所なら居心地のいい空間をつくれるか、知り合いの住民に相談したり、町役場と検討を重ねたりして、予定より遅れてのスタートとなった。

記念すべき第1回は、雪が積もる真冬の2025年1月。町営の御神楽温泉みかぐら荘の旧食事処での実施だ。施設の母体である日帰り温泉は営業しているため、電気や水は通っているが、休館しているその部屋にはほこりをかぶった机や椅子が散見され、暖房機器を持ち込まなくては凍えてしまうような、かなり過酷な環境だった。メンバーと共に掃除をしていると、見かねた町役場の職員さんが会場づくりを手伝ってくれ、即席の仮設カウンターが完成した。住民への告知に関しても、まちの広報誌等で宣伝してもらったが、数年間使っていない場所に本当に人が来るのだろうか......と、不安を抱えながら開店時間を迎えた。

「入っていいですか?」 1人目のお客さまがやってきた。普通の喫茶店とは違う様相に、とまどいながら席に着く。マスター役の伊勢みずほさん(フリーアナウンサー)は、にこやかに淹れたてのドリップコーヒーをふるまいながら最近の出来事を尋ねる。伊勢さんは、長年BSNテレビで情報番組のMCを務め、BSNラジオでもおなじみの「新潟の顔」とも言える存在で、人に寄り添いながら喜怒哀楽を引き出すことができるベテランアナウンサー。私がテレビディレクターを務めていた際に、県境ばかりを回るコーナーを共にし、過疎地域の現状を熟知しているため、「この企画にはみずほさんしかいない!」とキャスティングした。

スライド2.JPG

<伊勢みずほさんと淹れたてのコーヒー>

「昨日、団子刺しで~。五穀豊穣を願って、ミズキにピンクや黄色のおもちを吊るすの。それを焼いて食べるんだ」「麒麟山を眺めながら飲む酒が最高で!」「昨日飲んでました! 雪景色でよかった!」......話を引き出すことに長けた伊勢さんの話術もあって、最初は緊張していたお客さまたちも次第に心が打ち解け、阿賀町ならではの風習や最近の出来事など、おしゃべりに花が咲いた。午前11時~午後2時までの開店時間で訪れたのは15人ほど。お客さまは、1人でいらっしゃる方やご近所で連れだって来られる方などさまざまで、60代の観光ガイドさんは、「喫茶らじお」を目がけてきてくれ(ありがたい!)、20代の地域おこし協力隊の方は、温泉に入りにきて「なんだろう?」とふらっと立ち寄ってくれたらしい。

地域の寄り合いやご近所付き合いなどでいつも顔を合わせている地元の方も、こうしたサードプレイス(自宅や学校、職場でもない居心地のいい「第三の場所」)となる喫茶店での何げない会話を楽しむ機会はあまりないようで、「こういう場所があるといいよね」との声が印象に残った。

ポッドキャストで配信

そして、放送局が関わる本プロジェクトの最大の特徴が、「喫茶らじお」のタイトルにもあるように、"おしゃべりを促す仕掛け"としてその様子を住民参加型のラジオ局に見立て、ポッドキャストという音声コンテンツで配信したことだ。1話およそ6~10分あまり。収録時間はその8倍にも及ぶ。われわれも初めての試みとあってちょっと勝手がわからなかったが、その人らしいエピソードが一番色濃く出ている箇所を抽出して届けている。これがちょうどよく、聴き心地がいいらしい。

「喫茶らじお」のお客さまは、はじめは地元の方の参加が多かったが、ポッドキャストでの配信を聴き、一期一会の集まりで繰り広げられる楽しいおしゃべりに「参加したい!」というBSNラジオのリスナーも駆け付けてくれ(なんと埼玉からも!)、これまでにはなかった多様な人の交流が生まれるようになった。自分たちの何げない会話が後で耳にできることで、"声の名刺"として披露する人などが出てくるなど、予想していなかった展開に心が沸きたった。

▶BSNポッドキャスト「喫茶らじお」 隔週土曜日更新(現在も更新中/いずれも外部サイトに遷移します)
radiko → https://radiko.jp/podcast/channels/f721cb3e-80a3-4fde-a475-63e1e8f33ff9
Spotify → https://open.spotify.com/show/2Cda8nzNiROBmuqQjs1C56

その後、回を重ね(2回目は大雪のため中止)旧4町村を回る形で商店街の空き店舗や廃校、神社の境内で行われる定期市にも出店した。次第にこのイベントが周知されたのか、最終回は、雨の降るなか、たくさんの人に来店いただいた。全6回の「喫茶らじお」から聴こえてきたのは、「このまちにはなにもない」声ではなく、このまちにあふれる希望や夢だった。

「阿賀町は宝の山。山を整備すればトリュフが採れるんだって。だから長生きしてトリュフハンターになるのが夢なの!」(80代女性)
「大学でまちづくりの勉強をするために、一回関東に出て帰ってきた。住んでいる人が少なくても全国から人が来るような活気あるまちにしていきたい」(20代女性)

"誰でもどうぞ"という公に開かれたカフェの体裁をとりながら、おしゃべりを促す仕掛けに、参加者は日頃から胸に秘めていた思いをつい口に出してしまう。その表情や声のトーンは明るく、熱を帯びている。

地域が元気になる第一歩に

本プロジェクトは放送文化基金に新設されたイベント事業部門の助成を得て実施した。審査委員長を務めた伊藤守先生(早稲田大学名誉教授)からは、この取り組みについて「『何かと何かを媒介(media/medium)する』というメディアの本来の意味に立ち戻って考えるなら、『喫茶らじお』のように、地域に根付いたかたちで、住民と行政との間をつなぎ、そして企業の参加も呼びかけて、コミュニティを支える役割をメディアが担うこともできるはずだ。『喫茶らじお』はそうしたメディアの古くて新しい姿を示唆しているのではないだろうか」と寄稿いただいた(放送文化基金ウェブサイト HBF MAGAZINE「マイクのあるカフェ〈喫茶らじお〉で」)。

そう、われわれ放送局は、テレビ・ラジオを媒介にして、情報を伝達し、人と人をつないできた。そこにはさまざまな情報が集まる。この放送局のプラットフォーム機能を地域にダイレクトに落とし込んだのが、「喫茶らじお」である。そこには、人が自然と集まり、新たなコミュニティが生まれ、おしゃべりのなかから一人では思いつかないアイデアやプロジェクトが生まれる可能性が見てとれた。言葉を交わし合うその場は活気に満ち、人を前向きな気持ちにさせるのだろう。前出の80代女性は「地元の人だけじゃなくて、いろんな人がいることは刺激があり、発見がある」と声を弾ませていた。地域が元気になる第一歩がここにあり、放送局がこうした地域活性化の一躍を担えることをつかんだ瞬間でもあった。

スライド3.JPG

<プロジェクトに関わったスタッフたち>

「喫茶らじお」のメニューは、まちの人のおしゃべり。その内容はエピソードごとにポッドキャストで配信しているが、7月13日はこの総集編となるラジオ放送を実施した。おしゃべりを軸に歴史や文化を織り交ぜた形で、阿賀町の魅力がまるごとわかるよう、編集に工夫をこらした。聴いていただいたまちの人からは、「阿賀町のよさってまだまだあると思えて、まちづくりをがんばろうと思った」との感想も届き、コンテンツが持つエンパワーメントにこちらも勇気づけられた。

淹れたてのおいしいコーヒーからはじまる「居場所づくり」と「コンテンツ制作」。この試みを終わらせることなく、事業化していくことが今後の目標だ。地方放送局だからこそできる地域づくりを目指して、"喫茶らじおモデル"を大きく育てていきたい。

最新記事