2025年の前半、コンテンツビジネスに携わる人々の注目をにわかに集めたのが「MIP LONDON」だ。国際的な番組・コンテンツ見本市として60年以上の歴史を持つ「MIPTV」(仏カンヌで開催)が昨年で打ち切られ(既報)、主催するRXフランス社が「新しい形のマーケットに」と立ち上げたイベントである。
ロンドン市内で2月23~27日に開かれた同イベントは、"規模を縮小した欧州中心のネットワーキングイベントになる"との触れ込みだったこともあり、参加を迷った国や局もあったのではないか。しかし、結果として参加登録者は世界82カ国から2,700人¹ を超え、有料参加者が1,600人、無料招待を含めたバイヤーは1,000人以上となり、主催者は「デビューは期待を上回るものだった」と総括した。
現地リポートの1回目となる今回は、まず「MIP LONDON」の概要を実際に出向いた印象を含めて報告し、大勢² でイベントに参加して多くの注目を集めた日本のテレビ各局の動きを伝えたい。2回目以降で、日本のセッションで取り上げられた日韓共同フォーマットの開発事例に触れながら、韓国との向き合いや、競争力を高めるために日本に求めらるものは何かを考察し、MIP LONDONの総括をしてみたい。
MIP LONDONはLTSの"番外編"
会場は、現地の老舗サヴォイホテル(冒頭写真)のサロンと、隣接する英国工学技術学会の会議施設の2カ所。慣れ親しんだこれまでのMIPと勝手が違い、カンヌには毎年訪れてきた筆者も正直、戸惑った。「初日なのにブースに人がいない!」など、現場で商況が把握しづらかった³ が、取材してみると多くの参加者が概ね充実した体験をしていたようだ。
謎解きの鍵は、同時期(2月23~28日)にロンドン市内で開催されたコンテンツ商戦「The London TV Screenings」(LTS)にある。LTSは英国の放送局(スタジオ)や欧米の大手制作・配給会社が個別に新作を発表⁴ するメガイベントだ。参加した会社の共催で運営されており、個別に直接招待されるバイヤーたちは、気に入った新作の商談をいち早く進めることができる。今年で5年目となるが、開催規模が年々拡大しており、今年は英国だけでなく、米ハリウッドのスタジオ系を含む欧米の大手36社が参加した。ファッションウィークのように日替わりで複数社が別々の会場で新作を発表するので、多くの会社から声がかかるバイヤーは、とにかく忙しい。
このコンテンツ商戦のいわゆる番外編が「MIP LONDON」というわけだ。主催者はLTSに参加しない会社が新作紹介や試写会をするための会議場や、商談やネットワーキングをするスペースを提供している。開催前の懸念は「LTSで発表される欧米のコンテンツを買いに来るバイヤーが、日本やアジアの作品に目を向ける余裕があるのか?」というものだった。だが、韓国や日本のコンテンツはフォーマットやドラマ(リメイク含む)で注目を集めており、アジア勢のセッションは大盛況となった。"LTSでは得られないアイデア"に強い関心⁵ が寄せられたようだ。この意味では、MIP LONDONは国際ビジネスの場としての意義を発揮したと思う。
ちなみに、日本からはNHKを含めた在京6局と在阪3局⁶ が参加し、総務省と放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)の仕切りで日本の新作コンテンツを紹介したうえで、国際協力に前向きな姿勢をアピールする「JAPANセッション」が企画されたほか、テレビ朝日と読売テレビ放送(読売テレビ)が個別に発表を行い、多くの注目を集めた。
日本の作品紹介セッションは定員オーバー
日本が関わったセッションで最も関心を集めたのは、総務省とBEAJ が企画したバージニア・ムスラー氏⁷ による、「フレッシュJAPAN」だった。前日に開催されたムスラー氏によるトレンド紹介「フレッシュTV」の最後に日本テレビ放送網(日テレ)の『ANTS~ぜんぶ運べば一攫千金』が紹介され、強い関心が集まった後に「フレッシュJAPAN」の開催告知があったこともあり、当日は定員オーバーとなる人気となった⁸ (写真㊦)。
ムスラー氏は「フォーマット輸出で日本は世界6位の実力を持っている」と紹介したうえで、各局が開発した最新フォーマットをテンポよく紹介していった。TBSテレビの『電気イスゲーム』⁹ 、日テレの『変顔スパイ』¹⁰、テレビ朝日の『どこまでもドア 』¹¹ など、日本的なフィジカル挑戦型のフォーマットの奇想天外な動画に会場から多くの笑いが湧き起こった。ムスラー氏は、日本のドラマはマンガや小説が原作となっている割合(68%)が他の地域(35%)と比べて高く、その半数近くがマンガの実写化だと指摘したが、紹介されたドラマ4作のうち、NHKの『東京サラダボウル 』¹²、関西テレビ放送の『秘密~THE TOP SECRET~ 』¹³、フジテレビジョンの『Heart Attack』¹⁴ は、全てマンガ(コミック)が原作であったのは象徴的だった¹⁵ 。
特筆したいのは、多くが熱心にメモや写真をとりながら見ており、バイヤーたちが真剣に日本から新しい発想を得ようとしていたことだ。ムスラー氏は、事前に各局から新作のトレーラーを集めたそうだが、同氏の目にとまった作品を独自の解説を加えて紹介しており、内容に深みがあったことも聴衆の注意を引きつけた要因だったと言える。
日本セッションの後半では、朝日放送テレビ¹⁶ 、NHK、TBS系列の制作会社The Sevenが登壇し、それぞれの立場¹⁷ で海外との共同制作について語る座談会を行ったが、残念なことに中座する人が目立った。LTSにも足を運ばなければいけないバイヤーが求めているのは新作の生情報で、海外との共同制作を成功させた話にじっくり耳を傾ける余裕がなかったようだ¹⁸ 。今後、MIP LONDONでセッションを企画する場合の参考材料となるのではないか。
テレビ朝日:米国の有力パートナー
との共同発表
放送前の新作を世界初披露という形で紹介したテレビ朝日は、米国の制作会社と共同開発したフォーマット『Song vs Dance』を披露した。同局が初めて組んだ米国のパートナーは韓国の歌番組『ザ・マスクド・シンガー(覆面歌王)』を米国向けにリメイクして世界的なヒットにつなげたクレイグ・プレスティス氏(スマートドッグメディア)だ。『Song vs Dance』は歌と踊りの素晴らしさをバトル形式で競い合う勝ち抜き戦方式の番組で、原案をテレビ朝日に持ちかけたクレイグ氏とスマートドッグメディアの幹部、クララ・プレスティス氏、そして日本版の制作を担当した北野貴章プロデューサーが登壇した(写真㊦)。
北野氏は「セットや演出でアニメや世界で人気がある日本のゲーム要素を盛り込んだ」と語り、演出家として番組の魅力を紹介したが、フォーマットの説明や、売り込みは主にクレイグ、クララの両氏が行った。欧米テイストを意識した彼らの説明は分かりやすく、役割分担で米国側にピッチを主導させたのは妙案だった。クレイグ氏は「歌番組をしっかり制作できるテレビ朝日の制作陣は素晴らしい」と称えたうえで、「対決のゲーム化をシンプルなフォーマットに落とし込む部分や、ビジュアル面の盛り上げ方で知恵を出した」と語った。北野氏もSNSを強く意識した出演者選びなどでもアドバイスがあり、制作過程で強い協力関係があったとしている。
テレビ朝日の稲葉真希子国際ビジネス開発部長は、フォーマットのIPやセールス地域を分け合うが、「まず米国に進出したいので、クレイグさんに頑張ってもらいたい」と期待を寄せていた。同氏の発言はフォーマットビジネスの現実に即した意見でもある。実はセッション後にベルギー大手民放RTLのバイヤーが「米国版を見せてほしい」とクレイグさんに話しかけた。話を聞くと、日本版を導入する発想はなく、『ザ・マスクド・シンガー』のように、派手にショーアップされた米国版ならベルギーに合うので、手に入れたいということだった。
読売テレビ:市場調査をして看板番組を
再びフォーマット販売へ
別のアプローチで、局の長年にわたる看板番組『鳥人間コンテスト』をMIP LONDONで紹介したのが読売テレビだ。同社は、ムスラー氏が「フレッシュTV」で注目作と紹介した新フォーマット『The Walls』とともに『鳥人間コンテスト』の売り込みをした。壇上には、コンテンツ戦略センター・海外番販担当の村越威史氏のほかに、英国で手作りの人力飛行機を飛ばしているサウサンプトン大学の学生が登壇。同大学の人力飛行クラブが制作した動画(YouTube)を紹介しながら、「鳥人間」への憧れは日本特有ではなく、欧州にも熱心な挑戦者がいることを示した。
村越氏によると、同局はコロナ禍前に『鳥人間コンテスト』のフォーマット販売を試みたが、よい反応は得られなかったそうだ。最近のリサーチで海外にも熱心な「鳥人間」がいることが分かり、海外市場においてもコンテンツ価値があると判断し、新たな形のアプローチを仕掛けたという。確かに参加した人の多くが人力だけで70kmも飛べることに驚き、好感を示していた。一方で、セットに相当な予算がかかるため、フォーマットをそのまま制作できる相手を見つけるのは現在の経済状況ではハードルが高いかもしれない。だが、この発表をきっかけに「鳥人間」に関するコンテンツを共同開発するパートナーが見つけられるのではないか。
<『鳥人間コンテスト』を昨夏に視察した体験を語るサウサンプトン大学人力飛行クラブの
学生(右端2人)と読売テレビの村越氏(右から3人目)/写真提供=読売テレビ>
セッション後に、カナダのクリエイターがドキュメンタリー系の大手制作会社にアプローチすることを提案していたが、読売テレビが過去に放送した『鳥人間コンテスト』のアーカイブ素材なども使いながら、グローバルに「鳥人間」を描くドキュメンタリーを国際共同制作する方法や、「人力飛行」をスポーツと捉え、YouTubeなどSNS系でインフルエンサーと共に「クリエイター主導のコンテンツ」を作る方法もあるだろう。
というのも、MIP LONDONのトレンドのキーワードは「クリエイター主導のコンテンツ」だ。ムスラー氏も「フレッシュTV」でこの点を強調したが、他の登壇者¹⁹ もSNS系のインフルエンサーの集客力とコンテンツ制作力を高く評価²⁰ し、「クリエイターエコノミー」が動画のビジネス環境を変えていると指摘していた。英視聴率調査会社BARBが、視聴数トップ200のYouTubeチャンネルの視聴数測定を始めると発表したばかりだが、英国では大手民放のチャンネル4がYouTubeにドキュメンタリーなどの番組を全編無料配信し、放送の視聴率に影響を与えることなく、YouTubeで収益を78%増やすなど、若者層の取り込みを狙ったSNSへの本格進出を進めているからだ。
MIP LONDONでは、韓国のコンテンツ海外輸出を推進するKOCCA(韓国コンテンツ振興院)の創設にも関わったキーパーソンに取材することもできた。前述した日本セッションの座談会で日韓共同制作の発表もあったので、これらについても、次回に報告する。
(第2回につづく)
¹ 開催が最後となった「MIPTV2024」の参加者総数は3,537人。
² 日本は参加者数では7番目に多く、中国や韓国よりも積極的に初開催に臨んだ。
³ 空席が目立ったのは、同じ時期にロンドン市内で欧米メディアのスクリーニングイベント「The London TV Screenings」(LTS)が開催されているためで、多くの参加者がLTSの会場に出向いて試写や商談をしており、ミーティング会場が分散していた。
⁴ 発表するのはドラマ、リアリティ番組、クイズやゲームショーなどノンスクリプトと呼ばれる台本がない番組やフォーマットなどだが、商談はプリセールから制作費の不足分の共同出資者を呼びかける、いわゆるギャップファイナンスに関するものまで多岐にわたる。
⁵ フォーマットに特化したセッションが集中していた「MIPTV」の伝統がロンドンでも引き継がれていた。
⁶ 商談ブースを設けたのは日本テレビ、TBSテレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京と在阪の読売テレビ。NHKと在阪の朝日放送テレビはセッションに登壇し、関西テレビは1人が有料参加した。
⁷ 同氏はスイスのコンテンツ調査会社WITの社長で、「MIP」イベントで毎回世界の注目コンテンツを紹介している。番組トレンドや新鮮なコンテンツを探す「目利き」として信頼されている存在。
⁸ 入場数制限があったため、イベントを企画したBEAJは、海外の客を入場させるために急遽、日本人の観客に席を譲って退室するよう呼びかけたほどの大入りとなった。
⁹ 『水曜日のダウンタウン』で放送した、"電気イスゲーム"トーナメントをフォーマット化。
¹⁰ 新企画開発枠『サンバリュ』で単発放送された番組。出演者(スパイ)が変顔でAIの顔認識をかいくぐりながら任務を達成するゲームショー。
¹¹ 『頑張る人応援バラエティ 体育の時間』の企画で、賞金を獲得するには90秒以内に開け方が異なる27のドアを通過しなくてはならないゲームショー。
¹² 黒丸の新作マンガ『新作「東京サラダボウル―国際捜査事件簿―」を実写化。
¹³ 清水玲子のマンガ『秘密―トップ・シークレット―』の実写化。
¹⁴ 米国のコミック『Heart Attack』の舞台を日本にした実写版。コミックのIPはゾンビドラマで知られる『ウォーキングデッド』を作ったスカイバウンド社。フジテレビにとっては初の米国との共同制作となった。
¹⁵ WOWOWの『I, KILL』は唯一、オリジナル脚本によるドラマだった。
¹⁶ 朝日放送テレビは国際共同開発した新作フォーマット『Miracle100』を紹介したこともあり、国際パートナーであるEmpire of Arkadia(アジアのコンテンツ・インキュベーター)と共に登壇した。
¹⁷ 朝日放送テレビは韓国などとのフォーマット共同開発、NHKは日系ドキュメンタリー制作者とのコラボ作品を欧州の公共放送と共同制作、The SevenはNetflixなど米大手ストリーム会社との共同制作について語った。
¹⁸ 7割ほどの観客は最後まで残り、セッション終わりで登壇者との名刺交換を求める人がたくさんいたので、イベントが失敗したわけではない。
¹⁹ メディアカートグラファー(メディア地図作成者)のエバン・シャピロ氏のセッションでは、YouTubeの視聴者が高い年齢層にまで広がり、コンテンツビジネスは「クリエイターエコノミー」に変わっていると解説した。
²⁰ 調査会社Omdiaのマリア・ルア・アゲテ氏が「クリエイターエコノミー」の事例として、フランスのYouTubeインフルエンサー Inoxtagがエベレスト山頂に挑戦するドキュメンタリー『KAIZEN』を紹介。2時間半を超す同作品はYouTubeで無料配信されているが、同時に映画館上映や放送もされ、いずれのプラットフォームでも多くの視聴を獲得した。