61年の幕を閉じたMIPTV①~フォーマット販売で日本にも勝機

稲木 せつ子(クレジットのない写真撮影も)
61年の幕を閉じたMIPTV①~フォーマット販売で日本にも勝機

テレビ番組の国際見本市として半世紀以上にわたる歴史を有し、世界の放送局や制作会社に取引の場を提供してきた「MIPTV」(2024年は南仏カンヌで4月8〜10日開催)が、多くの参加者に若干の不安を残す形で61年の幕を閉じた。開催半世紀(50周年)を祝ったころから市場成長の牽引役がテレビ局からNetflixなどの動画配信サービスに移り、テレビ局の放送サイクル(一般的に年2回)に合わせて開催されていたMIPTVへの集客力は下がり続けていた(ただし、秋のコンテンツ見本市「MIPCOM」は継続する)。

主催者のRXフランスは、春のイベント打ち切りをグローバル動画市場の変化に伴う決定としているが、参加者たちが必ずしも納得しているわけではない。MIPTVに成長期(1970年代)から参加しているというドイツのディストリビューターのセールス担当は「この時期に国際的なマーケットがなくなることにとても困惑している」と眉をひそめていた。10年前までは"世界最大級のイベント"と評されていた「MIPTV」の終わりが意味するものは何か――10年近くにわたって定点観測してきた筆者の立場から、最終回の様子を振り返りながら2回にわたって考察してみたい。

大幅に規模を縮小した最終回

MIPTVの終了は開催2週間前に、いささか唐突な形で報じられた*¹ 。「今年が最後だから」と駆け込みの参加登録があったともうわさされるが、最終的な参加者数は前年と比べ4割ほど少ない3,537人(主催者発表)にとどまった。現地で取材した印象はもっと寂しいもので、前年との落差が強く印象に残った。

参加者減による運営予算の兼ね合いもあってか、主催者側は出展スペースを大幅に縮小した。見本市のメイン会場がパレ・フェスティバルの本館から姿を消し、隣接された建物(冒頭写真の丸で拡大した部分)に寄せ集められ、長年、メイン会場「パレ」の目抜きに看板を出していた日本の放送局の多くが今回限りの移転を余儀なくされた。今回、フジテレビは出展を取りやめている。同様に移転を迫られた中国はパビリオンを出展したものの、一部のセッション開催や屋外の巨大広告の掲示を直前に取りやめている。

大幅に動員数が減ったMIPTV2024だが、1,000人を超えるバイヤーが世界中から集まる見本市は秋のMIPCOMまでない。メランコリックなムードが漂うなかでも、韓国は最新番組フォーマットの紹介やドラマの試写会など*² Kコンテンツを積極的に売り込んだほか、日本からもTBSグループ(以下、TBSと略)が英国を拠点とする大手制作会社と共同開発した最新フォーマットを紹介して多くの参加者を得た。番組フォーマット販売においてはここ数年、日韓がアジアでのリードを争っているが、最終回でも両国が存在感を示した形だ。

フォーマット販売のトレンド
日本vs.韓国

フォーマット販売ビジネスにおけるアジア勢の健闘は、MIPTVに先駆けて現地で開催された「MIPFORMAT」(4月6〜7日開催)のセッションでも取り上げられた。メディア調査会社K7 Mediaのコンテンツ追跡調査*³ によると、昨年のノンスクリプティッド(ドラマ以外)番組フォーマットの国別輸出ランキングで、日韓が上位入りを果たしている(日本とフランスは4位タイ、韓国は6位=下のグラフ参照)。トレンドを解説したK7 Mediaのミシェル・リン氏は、日本からの輸出は前年比で50%増えて「大変好調」と高く評価。一方、韓国は前年比で輸出が2割減という。ちなみに、23年に最も多くの国にフォーマット販売したのは、11カ国でローカライズされたオランダ発の『The Traitors(裏切り者)』(ALL3Media配給)だが、それ以前は韓国の『The Masked Singer(覆面シンガー)』が年間最多販売記録を4年連続で維持していた。

トップ輸出国.jpg

23年に日本が韓国を抜いた理由は、吉本興業の『ドキュメンタル』(LOL: Last One Laughing)/日本での配信タイトルは『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』が年間最多販売ランキングで3位(8カ国でローカライズ)となり、日本テレビの『¥マネーの虎』(Dragon's Den/Sony Pictures配給)が新たに7カ国でローカライズされランキングの4位となったからだ。一方、韓国は『I Can See Your Voice』が4カ国にローカライズされ14位タイとなったが、一世を風靡した『覆面シンガー』は新たなローカライズが少なく、低迷したようだ*⁴ 。

フォーマット輸入国のトップはドイツで、2位スペイン、3位ベルギーだ*⁵。ドイツは約3分の1を米国から輸入しており、アジア勢にとって欧米とのビジネスは依然ハードルが高いが、近年の大手SVODによる「フォーマット熱」が進出の助けとなっている。

SVODがフォーマットビジネスを牽引

近年、SVOD(定額制動画配信サービス)大手の事業戦略は、高額予算のドラマシリーズで新規利用者を増やす「顧客開拓」から、既存の利用者の解約を減らす「顧客つなぎ留め」に変わってきている。顧客維持に有効とされているのがリアリティ番組で、SVOD大手はサービス提供国向けにローカライズできるフォーマット番組の魅力に気づいたようだ。

リン氏、LOLの紹介.png

<ミシェル・リン氏のセッションで表彰される『ドキュメンタル』>

リン氏はSVOD(ストリーマー)がフォーマットのトップバイヤーになっていると述べ、Amazon Prime Videoを23年に世界中で最もフォーマットを購入した「ライジング・フォーマット・バイヤー」に選び、吉本興業の『ドキュメンタル』を最もストリーミング配信されたフォーマットとして「ストリーマー・フォーマット・スター」の表彰をしている。同番組は日本でもAmazon Prime Videoを通じて人気となったが、ローカライズされたイタリア、ドイツ、フランスでいずれも各国のAmazon Prime Videoで最も視聴された番組の上位に入ったという。リン氏は「分かりやすい番組構成で、その土地のユーモアや文化に合わせて超ローカライズできるなど、ヒットフォーマットの条件全てを満たしている」と称えた。『ドキュメンタル』の成功事例は、商談成立が難しい欧米で日本フォーマットの放送・配信実績を増やす「近道」を示しているのかもしれない*⁶ 。ちなみに、昨年のフォーマット販売での成長株は、クイズ番組(前年比+50%)、さまざまな形態のゲーム番組(+32%)、歌や料理など才能を競う勝ち抜き番組(+25%)であった。

日本のフォーマットを深掘り分析したセッションも

近年、カンヌの国際見本市で必ず新作を発表しているTBSだが、今年は招待客向けの朝食会(出会いの場づくり+発表)を取りやめ、メディア調査会社のK7 Mediaに日本のフォーマット番組についての解説を委託した。前出のリン氏の講演で日本がフォーマット輸出大国と紹介されたこともあり、立ち見が出る盛況となった。

登壇したK7 Mediaのトラン・グエン氏は、在京4局のヒット番組フォーマットを紹介し、すでに海外でローカライズされたコンテンツが350以上あり、世界中(75カ国)で視聴されているなどと説明。予想外だったのはフォーマット輸出が世界4位となった23年の日本のフォーマットの輸出先の地域別分布だ。欧州は最多の43%で、アジアは18%だった*⁷ 。欧州各地でローカライズされている『ドキュメンタル』や『¥マネーの虎』に加え、2028年のロス五輪で正式な競技種目に選ばれたTBSのフォーマット『SASUKE』や、フジテレビの『脳カベ』(フリーマントル配給)も貢献したようだ。また、昨年、フランスとドイツで配信が決まった『サイレント図書館 』(日本テレビ)*⁸も注目株となっている。 

クレジットなし グエン氏.png

<トラン・グエン氏のセッション:© S. CHAMPEAUX / IMAGE & CO>

グエン氏によると、海外で成功した日本のフォーマットの8割は笑いを誘うコミカルな構成や、体力チャレンジものだそうだ。同氏は、国内の激しい視聴率競争のなかから生まれるユニークな発想が質を高めている半面、日本の好み(テイスト)が前面に出過ぎているとも指摘する。確かに、欧米で人気の歌番組やデート番組のヒットフォーマットは、アジア発では韓国が圧倒的に強い。また日本は、韓国よりもタレント(セレブ)起用が多いのも特徴だという。同氏は「海外でのヒット要素を盛り込んで、日本のヒットフォーマットをどう再パッケージするかが今後の課題」としたうえで、第2のトレンドとして、日本の国際開発志向を挙げた。日本は過去5年間、アジア勢では最も多く欧米パートナーと共同開発し(56%)、韓国(28%)や中国(9%)を大きく引き離している*⁹ 。「再パッケージ」の知恵を欧米大手に求めたことが、昨年のフォーマット販売増につながったのかもしれない。

「開発だけでなく、一緒にIPを育てたい」(TBS)

K7の解説に続いてTBSがお披露目した新作フォーマットの『Lovers or Liars?〜本物の夫婦は誰?〜』は、まさに欧州大手との共同開発で生まれたオリジナルIP(知的財産)となる。TBSホールディングスの深井純グローバルビジネス担当部長は「K7の発表が終わるとバイヤーが離席するのでは......」と心配したそうだが、ほぼ全員がTBSの新作フォーマット発表に最後まで耳を傾けており、新作への関心の高さをうかがわせた。

『Lovers or Liars?』は、TBSと英国を拠点にするALL3Mediaが結んだ国際共同開発提携の第1弾として市場に投入されたフォーマット。デート番組や社会実験の要素を取り入れ、4組のカップルのなかから本物の夫婦を突き止めるという明快なゲーム設定となっている。番組では欧米で受けそうな「チャレンジ」(ダンス、歌のデュエット、ラブレターの読み上げ)に4組のカップルが挑戦し、審査員を務めるお笑いタレントやセレブが、巧みな話術で場面をさらに盛り上げる。壇上で新作を共同発表したTBSの深谷俊介氏は、低予算で制作できるが、豪華にスケールアップもできるとアピール。TBSとタッグを組んだALL3Media Internationalのニック・スミス上級副社長は、フォーマット開発でのコンセプト固めにおいて「一緒に目指す目標を持つことが重要」とし、肉づけでは「双方がアイデアを出し合った」と述べ、異なる文化が協力することの相乗効果を強調した。また、スミス氏は「歌やダンスのうまさを競うのではなく、カップルが醸し出すボディランゲージから審査員に正解のヒントを探らせる部分が売りだ」と説明したが、仕込んだ隠しカメラでドキッとする瞬間を捉え、カップルの親密度を評価させる演出もあり、日本的な要素がスパイスとなっている。

TBSセッション.jpg

<TBSのセッション。中央は深谷俊介氏、右端がニック・スミス氏>

同フォーマットは、共同開発提携にもとづいてALL3Mediaがグローバル配給(日本以外)する。ALL3Mediaは、前出した大ヒットフォーマット『裏切り者』を制作したグローバル制作会社で、フォーマットのディストリビューターとしても世界4位を誇る。TBSの深井氏は「この時期にALL3Mediaと組めたのは正解。販売のノウハウなどの知見を深めたい」としたうえで、「ここから全てをALL3Mediaに預けるのではなく、バイヤーの反応を見ながらカップルが挑戦するゲームをTBS側からも追加提案するなど、このIPを一緒に育てていきたい」と抱負を語った。

第2回は「ポストMIPTV」を占います)


*¹  業界メディア「Dateline」が2月8日、「MIPTVは今年で打ち切られる見込み」と報じ、主催者(RXフランス)が来年2月にロンドンで新たな見本市「MIP LONDON」を立ち上げるために大詰め交渉中とスクープしたが、主催者が打ち切りをメディアに認めたのは3月26日だった。
*²  韓国勢によるコンテンツ紹介のセッション(ドラマ試写を含め3つ)は、MIPTVに先駆けて開催されたMIPFORMAT/MIPDOC(4月6〜7日)のなかで開催された。
*³  K7 Mediaは世界中で放送・配信されるドラマ以外の娯楽番組のデータを集計しており、ヒット番組のフォーマット販売やローカライズ実績を追跡調査に基づくトップ100としてまとめた報告書『Tracking the Giants』を毎年出版している。1年間で平均2,000作品が調査対象となり、過去5年間で8,000のフォーマット番組が集計されている。2023年は351のオリジナル作品が生まれ、ローカライズ化した作品を含め531の新しい番組(シリーズ)が放送・配信された。
*⁴ 低調とされる韓国フォーマットだが、MIPTVでは引き続き話題フォーマットとして新作『Battle in the Box』など紹介されており、イベント全体での露出は韓国が優っていた。
*⁵ スイスに本拠地を置くメディア調査会社WITの調査(23年3月〜24年3月期)によると、輸入ランキングは1位スイス、2位SVOD、3位ドイツ、4位ハンガリー、5位フランスだった。
*⁶  K7はTBSのセッションで、Netflixでフジテレビの『逃走中Battle Royal』、Amazon Prime VideoでTBSの『風雲!たけし城』の復活版が配信されていると紹介しているが、まだ海外でのローカライズに至っていない。
*⁷ 2023年に日本のフォーマットがローカライズされた地域の分布は、欧州(43%)、アジア(18%)、南米(11%)、中近東・アフリカ(11%)、北米(9%)、オーストラリア(8%)だった。欧州では北欧での実績がもっとも多かった。
*⁸  『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の人気企画『サイレント図書館』のフランス版は、昨年4月に仏最大手民放TF1の配信サービス(MYTF1)で、ドイツ版は昨年制作され、今年1月からドイツの大手民放RTLの配信サービスRTL+で配信された。また、仏・独に先立ちフィンランドの有料放送で現地版が2シーズン(36エピソード)放送され、今年2月に、新たに2シーズンの追加放映が決定している。
*⁹ 過去5年間で欧米と共同開発をしたアジア主要国の割合は、日本が56%、韓国が28%、中国が8%、その他8%となっている。

最新記事