30歳以下の放送局員に「これから」を考えてもらう企画「U30~新しい風」(まとめページはこちら)。12回は、日経ラジオ社(以下、ラジオNIKKEI)の藤原菜々花さん。女性のアナウンサーとして初めて日本中央競馬会(JRA)の競馬場内実況を担当しました。入社以来の目標である競馬実況をかなえたその先、次の目標に向けて真っすぐに頑張る今を等身大で語ってもらいました。(編集広報部)
ファンファーレとともに
2024年3月3日、中山競馬場の実況席。周りには、見守ってくれる先輩たち。遠くでは、ざわめくお客さんの歓声。ついにレースの開幕を告げるファンファーレが鳴りました。「スタートしました......」。
これは忘れられない競馬実況デビューの瞬間です。2020年に入社してから丸4年、私は競馬実況デビューを目標に過ごしてきました。ラジオNIKKEIは、競馬が主力コンテンツの1つになっている局で、私たちの実況は、局の競馬中継に加えて、全国の競馬場内や場外のウインズ、競馬専門テレビ「グリーンチャンネル」など、その他にもさまざまなプラットフォームで流れます。2024年1月8日に、当社のラジオ中継に限ればすでにデビューはしていたのですが、3月3日は、競馬場内をはじめさまざまな場所で声が流れる完全なデビューの日でした。
競馬実況は、馬の判別をするために、「勝負服」と呼ばれる騎手が着ている服や帽子を、馬名と、各馬がスタート時に入るゲートの番号とリンクさせた「塗り絵」という資料を作って臨みます。勝負服と帽子を見て瞬時に馬名が出るように暗記をするのですが、これまで使ったことのない独特な思考回路が必要で、馬の判別は、デビューに至るまで大きな壁として立ちはだかりました。
<手作りの「塗り絵」 これを参考に実況に臨む>
スタート後、先頭から順に馬を追っていくのですが......デビュー当日は、「馬の判別を間違えたらどうしよう」という怖さでいっぱいになり、練習の時よりもゆっくり、慎重に馬の名前を呼んでいた記憶があります。未熟ながら、なんとか道中の様子をお伝えし、「よし、あとは最後の直線をお伝えするだけだ!」と迎えたラストの直線の攻防。競馬において一番盛り上がる、勝負の決まる大切な局面です。その直線の途中、1頭後ろから追い込んできた馬がいました。私は、その馬がどの馬なのかわからなくなり、頭が真っ白になってしまいました。本来なら、カンペのような役割も持つ「塗り絵」を見て確認するのですが......そこからの記憶がほとんどありません。
後ろについていた先輩の中野雷太アナウンサーが「3番!」とその追い込んできた馬のゲート番号を言ってくださり、とっさにオウム返しのような感覚で「3番」と言うと、追い込んだ馬が「メジャーレーベル」だとわかり、ゴール直前で名前をお伝えすることが出来ました。勝ったのは、その「メジャーレーベル」。強い勝ち方でつかんだ初勝利だったのですが、私の下手な実況のせいで、レースを邪魔してしまったような気持ちになり、騎手や調教師さん、馬主さんをはじめとした各馬の関係者の方々、馬券を握りしめてレースを楽しみにしていらっしゃったお客さんに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。レース直前までは、「意外と緊張していない、いつも通り、大丈夫」と思っていたのですが、今振り返るとあまりに緊張しすぎて、緊張に気づく余裕もないほどに緊張していました。
「いつかは、牝馬限定のGⅠレースで」
デビューから約3カ月がたち、今は土日のどちらかで、2つのレースの実況を担当しています。この3カ月で、特に忘れられないのが、デビューから1カ月がたった4月6日土曜日の実況です。お伝えする馬の番号のミスが続き、あまりにも聞きづらく、ひどい実況になってしまいました。レースはその一度しか行われません。馬券を買って楽しみにされていた方が、レースに集中できないような邪魔をしてしまい、申し訳なさでいっぱいになりました。「このまま実況を続けても、お客さんのためにならないのではないか」そんな思いが頭の中によぎりました。実況を続けていいかどうか答えはわからず、今も正直わかりません。それでもチャンスをいただいている今、私にできることは、各レースの反省点を次に生かして成長していくことしかないと思っています。
4月6日の実況後、先輩の小塚歩アナウンサーにアドバイスをお願いしたところ、ワードファイルにまとめて、一つひとつのミスに対しなぜミスをしてしまったかを分析して、その上で取り組むべきことを丁寧に教えてくださいました。この小塚アナウンサーからのアドバイスが、転機になったと感じています。馬の番号を間違えないために「暗記の方法を変えてみたらどうか」と、新しい方法を教えてくださったのです。この暗記方法がすごく自分に合っていて、見える景色が以前と変わりました。
先日、スポーツ報知の記事で、競馬実況のレジェンド・杉本清アナウンサーが私について触れてくださっているところがありました。「まさか杉本さんが私のことを知ってくださっているなんて」とうれしさと驚きでいっぱいになったのです......そこには「野球で3年、競馬で5年、基本は慣れ。まずは続けてほしい」といったエールが書かれていました。そして私の担当する『ななかもしか発見伝!』のリスナーやSNSからは、こんな拙い私のことを応援してくださっている声がたくさん届いていて、たくさんのパワーをいただいています。先輩や、関係者の方々、そして会ったことはないけれど、毎週同じ時を過ごしているリスナーが支えてくださり、「実況を続けてもいいのかな」と前を向くことができています。
<場内実況デビュー時の勝ち馬「メジャーレーベル」と藤原アナ(撮影:平松さとし)>
テレビも含めさまざまなプラットフォームで実況が流れていますが、基本はラジオということで、音だけで聴いてレースの光景が浮かぶような、レースの邪魔をしない実況者を目指して成長していけるように頑張りたいです。いつかは、牝馬限定のGⅠレースで実況をできるように、まずは目の前の一つ一つのレースを大切にしていきたいと思っています。
音声メディアの未来に向けて
昨年、JRAのウェブサイトで、JRAが主催する全てのレース動画のライブ配信が始まりました。そこで流れるのは当社の実況音声です。radikoの登場により、ラジオを持っていなくてもスマホやタブレット、パソコンを持っていれば簡単にラジオを聴ける時代になりました。そんな中で、出先でもレースの様子をお伝えできることは、ラジオが持つ一つの強みだと思っていました。ただ、JRAの配信動画をはじめ、出先でライブの競馬中継の映像を見られるようになっている今、より「ラジオ番組が持つ強みは何か?」を考えて、プログラムに組み込み中継しなくてはいけないなとも感じています。
一方で、捉え方を変えるとJRAでの配信のように、ラジオという場所にとどまらない「音声メディア」としての未来も感じています。音声コンテンツを作成するノウハウをラジオというプラットフォームにとどまらず、「音声メディア」としてポッドキャストやYouTubeなどさまざまなところで配信していけば、未来は広がるのではないでしょうか。だからこそ、よりラジオならではの魅力も考えながら、「音声メディア」の未来に少しでも貢献していきたいです。