ロシアのウクライナ侵攻と「映像の力」~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑦

塚田 祐之
ロシアのウクライナ侵攻と「映像の力」~塚田祐之の「続・メディアウォッチ」⑦

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって4カ月以上が過ぎた。依然として、ウクライナ東部を中心に激しい攻防が続いており、長期化する戦闘で犠牲者の数が増え続けている。ウクライナの国外・国内への避難民も、これまでにあわせて1,500万人以上に上っている(6月21日現在)として、国連難民高等弁務官事務所は緊急の人道支援と保護を呼びかけている。多くの人々が過酷な生活を強いられているが、戦闘の終結に向けた道筋が全く見えない状況だ。

テレビでは、現地の映像と解説で日々の戦況が細かく報道されている。国連や各国首脳の動き等も詳しく伝えられている。しかし、「国際社会はなぜ、ロシアの侵攻を止められないのか」という根源的な問いに答えが見いだせないもどかしさが続いている。

それを考えるためには、いま起きていることばかりではなく、こうした事態に至ってしまったこれまでの歴史から考える視点も必要ではないか。20世紀は歴史が初めて動画映像で記録された時代だ。ニュースやドキュメンタリー、映画......。映像は、歴史書では伝わりにくい歴史の細部を具体的に浮かび上がらせ、実感を伴って伝えることができる。

世界大戦後わずか4年で公開された旧ソ連の映画

『ベルリン陥落』という旧ソ連が1949年に公開した映画がある。第二次世界大戦終結直後から、ソ連が国家と映画界の総力をあげて制作し、3年で完成させたカラー映画だ。独裁者スターリンが指揮したナチス・ドイツとの闘いの全容を、恋愛ドラマをからませて、ソ連側の視点で描いている。

物語は、ウクライナの穀倉地帯を連想させるような麦畑の中で、デートを楽しむ男女のシーンから始まる。突然、上空に爆撃機の大群。そしてナチスの車列が押し寄せる。あたりはいきなり爆弾の炸裂と火の海。その中から2人は命からがら逃げ出す。村に戻ると、家々が焼かれ避難する人々の列が続く。ナチス軍に捕虜として連行される多くの人々......。

ロシアによるウクライナ侵攻が続くいま、この映画を見ると歴史の皮肉を強く感じる。悲劇は立場を変えて繰り返されている。

映画は、首都モスクワがナチス軍によって包囲される中、国民の愛国心に訴え、反撃に出るスターリンの姿が、冷静で緻密な国家指導者として描かれている。

そして、勇壮な音楽が流れる中、大規模で生々しい戦闘シーンが続き、ベルリンが陥落する。

CGがない時代。大戦直後の疲弊した経済状況の中で、大勢の人々と機材を総動員して実写でこうしたシーンの撮影を成し遂げたソ連。その国家意思と権力者の姿に恐怖心を抱かざるをえない。

ソ連は第二次世界大戦で、兵士と民間人をあわせ2,000万人を超える犠牲者を出した。世界最多だ。この戦争を指揮した独裁者スターリンに対する国民の批判を封じるためにも、この「プロパガンダ映画」の制作が至上命令となったのではないか。スターリンの死後、ソ連ではこの映画に対してスターリンを神格化しているという批判が相次ぎ、一時は存在すら否定された"幻の映画"となっていた。

ロシアの人々はいま、この映画をどう見るのだろうか。

歴史の連鎖を映し出す
『映像の世紀バタフライエフェクト』

ウクライナの戦況が激しさを増した4月。NHKで『映像の世紀バタフライエフェクト』という番組が始まった。バタフライエフェクトとは、「蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが連鎖し、世界を動かしていく」ことだという。世界各地から収集した貴重なアーカイブス映像をもとに、「個人を通して歴史を描く」映像ドキュメンタリー番組だ。

「スターリンとプーチン」の過去の映像記録をたどると、ソ連・ロシアの権力者2人の国家観の連鎖が浮き彫りになってくる(5月23日放送)。「粛清」の名のもとソ連全土で2,000万人の命を奪い、恐怖による支配で権力を握ったスターリンはソ連を超大国に導いていく。そのソ連が崩壊し、国家破綻の現実と、ベルリンの壁崩壊を現地で目の当たりにしたプーチンは、"大国ロシアの復活"への執念を強めていく。

プーチン大統領は、対ナチス・ドイツ戦勝記念日の軍事パレードで、「誰が何と言おうと、犠牲者が多すぎると言われようと勝利は得られた」とスターリンを褒めたたえ、「今世紀を照らす輝かしい勝利を成し遂げる」と力説。映像は、2人の"強い大国"への執念とそれを追い求める軌跡を克明に記録していた。

「ベルリンの壁崩壊 宰相メルケルの誕生」は、東西冷戦下の東ドイツで、抑圧された社会に生きた3人の女性を描いている(4月18日放送)。その中の1人が、のちのドイツ連邦首相のメルケルだ。 

1989年、政府報道官の一つの失言から始まったベルリンの壁の崩壊。物理学者だったメルケルは、政治の世界へと運命が変わる。16年間務めた首相の座を降りた昨年、退任式でこう訴えた。

「東ドイツ時代に味わった独裁制や秘密警察による盗聴の経験から、民主主義は私にとって特別なことであり続けています。私たちが勝ち取ったのです。民主主義はいつもそこにあるものではないのです。」

いまの時代に、強く訴えかけるメッセージを映像は記録している。

 「プーチン・インタビュー」
4時間の映像から見えてくるもの

アメリカの映画監督、オリバー・ストーンが2015年から2年にわたって、ロシアのプーチン大統領と対談を重ねた記録が『オリバー・ストーン オン プーチン』として4時間近くのドキュメンタリー映像にまとめられている。

インタビューは、クレムリンの大統領執務室の最深部から、移動中の大統領専用機や、ソチの別荘まで、場所を変えながら行われた。オリバー・ストーン監督の質問は、プーチン大統領の素顔に迫ろうと、生い立ちからソ連のKGB時代にさかのぼり、権力掌握の過程、アメリカやヨーロッパへの外交姿勢、ロシアの国家観と多岐に及んだ。

「ソ連が崩壊したあと、2,500万のロシア人が一夜で異国民になった。20世紀最大の悲劇の一つだ」プーチン大統領は、今回のウクライナ侵攻の背景を読み解くうえでも重要な発言をしていた。

アメリカに対する猜疑心の強さも浮かび上がった。

「ドイツの再統一が決まった時、NATO(北大西洋条約機構)はドイツの国境より東にいくことはないと保証したはずだった」 「ヨーロッパではアメリカの影響力の拡大がみられる」「(2014年の親ロシア政権崩壊について)アメリカはウクライナで危機を引き起こし、ロシアに対する敵対心を刺激した。ロシアは敵であり、侵略者になり得るとね」......。インタビューを重ねるごとにアメリカへの不信感が高まっていく。

同時に、"大国ロシア"への変わらぬ思いが強い。

「ロシアは1,000年以上かけて築かれた国だ。独自の伝統と考え方がある」

「われわれの目標は国家の強化だ」

オリバー・ストーン監督が突っ込んだ質問をすると、プーチン大統領はいらだち、すかさず反論するなど素顔も垣間見えた。ただ、一方的な国家観にもとづく他者批判が多く、自分の本心を決して明そうとはしない姿勢がにじみ出ていた。

インタビューから5年。プーチン大統領はいま、何を考えているのだろうか。

二度の世界大戦、そして東西冷戦が終わり、世界は民主化やグローバル化が進んだ。しかしその後、「アメリカ・ファースト」を叫び登場したトランプ前米大統領に代表される「自国第一主義」の政治が台頭してきた。そうした中で、国連五大国の一つ、核超大国でもあるロシアがウクライナに侵攻を続けている。今後、対話と協調の世界は実現できるのか。いま重大な岐路に立たされていると思う。

 日本はまもなく、戦後77年の夏を迎える。今年ほど戦争の現実を目の当たりにしたことはないと思う。映像の記録をたどりながら、戦争と平和、強権主義と民主主義を深く考える夏にしたい。

最新記事