人情味あふれる小説から国民的ホームドラマの脚本まで――平岩弓枝さんを悼む 

ペリー荻野
人情味あふれる小説から国民的ホームドラマの脚本まで――平岩弓枝さんを悼む 

日本を代表する小説家・脚本家、平岩弓枝さんが亡くなった(2023年6月9日、91歳)。作品の大ファンのひとりとして、残念でならない。

1932年(昭和7)、東京・代々木八幡宮宮司の一人娘として生まれた平岩さんは、大学卒業後、戸川幸夫に師事し、後に『瞼の母』などで知られる長谷川伸主宰の新鷹会に参加。59年(昭和34)、無銘の古刀に名工の偽銘を入れる鏨師(たがねし)とそれを見破る刀剣鑑定士の対決を描いた『鏨師』で第41回直木賞を受賞した。以後、ミステリー、恋愛もの、家庭ものなど現代小説、捕物帳や評伝など時代小説、エッセイなど多彩な作品を執筆する。

一方、脚本家としてのキャリアの始まりは、ドラマプロデューサーの草分けとして今も活躍する石井ふく子氏との出会いであった。50年代末からテレビの普及が進み、ドラマ制作の現場は、多くの原作とオリジナル作を書ける脚本家を必要としていた。『鏨師』のドラマ化を考えた石井氏は、平岩さんと話した際に、「テレビドラマの脚本って、どうやって書くの」と聞かれ、「一度スタジオにいらしてください、いっしょにやりましょう」と誘ったのだった。直木賞を受賞した新進気鋭の作家に「いっしょに」と即座に声をかける行動力は、さすが三島由紀夫、山本周五郎、室生犀星ら名だたる作家本人から作品のドラマ化の許諾を得てきた名プロデューサーという気がするが、ここで、平岩さんがテレビドラマ脚本への関心を示さなかったら、話は違う方向にいっていたはずだ。高等女学校時代、演劇に熱中し、脚本も書いていた平岩さんにとって、新しいメディアであるテレビのドラマは興味をそそられるものだったのだろう。

その後、平岩さんは石井氏と組み、TBS(当時)の看板ドラマ枠「東芝日曜劇場」の『女と味噌汁』シリーズを手がけることになる。池内淳子演じる気風のいい芸者・てまりをめぐる人情味たっぷりの物語は、65年(昭和40)から約15年間、38作続く日曜劇場の名物シリーズとなった。脚本執筆にあたり、花柳界出身の母を持つ石井氏は、そのつてで平岩さんを伴って神楽坂に出かけ、芸者衆に取材したという。

その後、67年(昭和42)には、朝のNHK連続テレビ小説『旅路』を担当。大正から昭和期、鉄道好きで国鉄職員になった夫(横内正)と妻(日色ともゑ)のあたたかい夫婦愛と日常を描いたドラマは好評を得て、『おしん』(橋田壽賀子作、83年)に次ぐ歴代朝ドラ第2位の最高視聴率56.9%(ビデオリサーチ、関東地区、以下同)を記録した。

大阪で万博が開催され、日本中が沸いた1970年(昭和45)、石井氏プロデュースのホームドラマ『ありがとう』の放送がTBSで始まった。女手一つで育ててくれた母(山岡久乃)の反対を押し切り、亡き父と同じ警察官になった娘(水前寺清子)と彼らを見守る下町の人々。職場で出会った先輩(石坂浩二)との恋の行方も織り込まれた『ありがとう』は、「看護婦編」「魚屋編」「カレー屋編」とシリーズ化され、瞬間最高視聴率56.3%という連続ドラマとしては驚異的な数字を打ち立てた。

このころの平岩さんの脚本家としての仕事量はまさに超人的で、68年(昭和43)からはTBSで京塚昌子主演のホームドラマ『肝っ玉かあさん』3シリーズ(~72年)、72年(昭和47)には吉川英治の原作を映像化した仲代達矢主演のNHK大河ドラマ『新・平家物語』、77年(昭和52)には、フジテレビで原作と多くの脚本も担当した「平岩弓枝ドラマシリーズ」が約8年間続く。

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さらに驚くのは、こうしたドラマ執筆と同時期に小説の代表作も発表されたことだ。
代表作『御宿かわせみ』の連載が「小説サンデー毎日」で始まったのは、73年(昭和48) である(82年から「オール讀物」に誌面を移す)。大川端の小さな旅籠「かわせみ」を舞台に、女主人・庄司るいと町奉行所与力の弟・神林東吾との身分違いの恋模様、彼らを取り巻く人々の人情、宿の客が持ち込むさまざまな事件を追う捕物帳の面白さで人気を博した短編集で、累計発行部数は1,800万部超、シリーズは40年以上続いた。ドラマ化もされ、真野響子のるい、小野寺昭の東吾という顔合わせのNHK版は2シリーズを放送。その後、古手川祐子、沢口靖子、高島礼子がるいを演じている。

小説とドラマ、多くの作品に共通するのは、女性の自立した生き方を描いている点だ。
『御宿かわせみ』の主人公るいは、町奉行所の同心の娘だったが、早くに母を亡くし、父亡き後、同心の株を返上して、宿屋を始めた。武家生まれの娘が自ら道を選んでいるのである。ドラマ『ありがとう』のヒロインも職業婦人だし、『肝っ玉かあさん』は蕎麦屋を切り盛りする未亡人、『女と味噌汁』のてまりも芸者をしながら、いつか自分の料理屋を作ることを夢見て、座敷のあとにライトバンでおにぎりと味噌汁を売っている。健気に働くヒロインたちと彼女たちを支える人々に読者・視聴者は共感したのである。

もうひとつ、平岩作品で印象的なのは、時として登場人物の「過ち」も描くところだ。
『御宿かわせみ』では、幼いころから惹かれあい、るいと夫婦同然の間柄の恋人・東吾がある事情からただ一度、武家娘を抱き、子ができる。運命的にその子は、東吾の身近で暮らすことになる。また、静岡新聞に連載時から人気となった『水鳥の関』では、政略結婚させられた本陣の娘が、夫亡き後、夫の弟と道ならぬ恋に落ち、『はやぶさ新八御用帳』シリーズの町奉行の内与力・隼新八郎は親友の妹を妻に迎えていたが、気働きのきく娘・お鯉のことが気になる。こうなると、清廉潔白、純愛、澄んだ青空のようなストーリーとは言い難いが、人間の業や翳が加わることで、ますます物語から目が離せなくなる。20代のころから、ことあるごとに作品を手にしてきた私も、「迷い、間違うのもまた人間なのよ」と平岩さんに語りかけられているような気持ちになったものだ。

私は一度、代々木八幡の仕事場で平岩さんにお話を聞く機会に恵まれた。それまで『御宿かわせみ』のるいのようにしっとりと物静かな先生に違いないと勝手なイメージを持っていたので、目の前の先生が、自らてきぱきとお茶を淹れてくださり、ハキハキお話される姿を見て、私はつい「意外」という顔をしていたらしい。それを察した先生に「小説の人物と作者はまったく違いますよ」と笑われて、恐縮してしまった。文章のキレのよさと登場人物たちのユーモアあふれる会話には、先生の人柄が出ているんだなとよくわかった。

昨2022年、東京・明治座「坂本冬美特別公演 中村雅俊特別出演」第一部で平岩さん作・石井氏演出による芝居『いくじなし』が上演された。江戸の下町の長屋を舞台に、気が強い女房と言われっぱなしの亭主が、ワケアリの姉弟を助けようと奮闘する人情劇。約50年前の作品が、令和の今、多くの観客を笑わせ、泣かせている。素敵な景色だった。

平岩作品により楽しい時間をたくさん過ごすことができたし、それはこれからも続けられる。先生に心より感謝したい。ご冥福をお祈りします。

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