「地デジ10年」テレビはどう変わったか~塚田祐之の「続メディアウォッチ」②

塚田 祐之
「地デジ10年」テレビはどう変わったか~塚田祐之の「続メディアウォッチ」②

「7月24日」は何の日かご存じでしょうか。今年は東京2020オリンピックの開会式翌日でした。10年前の2011年7月24日正午、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北3県を除いた全国44都道府県で、地上波テレビがアナログ放送を終了。それまでのアナログ受信機では、テレビ放送が見えなくなり、一斉にデジタル方式に切り替わった日です。

いまではデジタルハイビジョンの鮮明な画像とクリアな音声でテレビを見ることがあたり前となり、定着しています。しかし、アナログ放送を確保しながら、テレビのデジタル化を実現するまで、さらにさかのぼること10年に及ぶさまざまな苦闘がありました。

デジタル化でテレビはどう変わったのか。地デジから10年、テレビのこれまでとこれからを見つめたいと思います。

国の政策として導入された
「地上波テレビのデジタル化」

日本でデジタル化の議論が始まった1990年代。米欧では、すでに地上放送のデジタル方式の規格が決まり、実験放送から本放送開始へと急ピッチで準備が進んでいました。しかし当時の日本では、地上波テレビのデジタル化に対する懐疑的な意見が少なくありませんでした。日本は米欧と違い狭い国土に山間部も多く、アナログのテレビ中継局が1万5,000局にも及んでいて、空いているチャンネルがほとんどないなどの技術的な課題や、デジタル化への莫大な投資と事業性の問題などの議論が続きました。

こうした中で、当時の郵政省は「地上デジタル放送懇談会」を立ち上げ、1998年に最終報告をまとめました。この中で、「放送のデジタル化は、放送の機能・役割を飛躍的に向上させるために避けて通れない喫緊の課題」と位置づけられ、「デジタル放送への全面移行を早期に実現する」という基本的考え方が明確にされました。

そして2001年の電波法改正等で、地上デジタルテレビ放送は国の政策として導入が決定されます。法改正にともなう「周波数割当計画」で、テレビの使用周波数はそれまでの約3分の2に圧縮され、残り3分の1は携帯電話など他の用途に振り向けることが示されるとともに、アナログ電波の使用期限も「2011年7月24日」と明記されました。

この時から10年という期限付きで、"官民あげた総力戦プロジェクト"が動き始めたのです。

デジタル化へ、10年の苦闘

具体化に向けてただちにNHK、民放テレビ127社と総務省で「全国地上デジタル放送推進協議会」を設立。デジタル化のための"電波の空き地"を作るために、放送しているチャンネルを別のチャンネルに移すという"アナログ周波数変更対策"にとりかかりました。2001年時点で変更対象局所が888、影響世帯数が436万、対策経費2,000億円以上と見込まれました。電波の混信対策から、視聴者のチャンネル設定変更のサポートまで、全国津々浦々できめ細かな対策が求められる大事業となりました。 

放送局のデジタル化への新たな投資額も莫大でした。民放連の2007年の調査では、地上テレビ127社のデジタル設備投資額が、親局・中継局、制作設備、送出設備をあわせて1兆440億円という試算が公表されました。デジタル化が直ちに新たな収益を生むものではないだけに大きな負担となりました。

さらに大きな課題は、1億台を超えるアナログテレビを、視聴者の負担でデジタル受信機に買い換えてもらう必要がありました。総務省が定期的に実施した「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」をもとに、普及策の検討を続けました。そして、草彅剛さんをメインキャラクターに起用するなど、放送と放送外で、さまざまな周知・広報施策を積極的に展開しました。

一方で国は2009年、リーマン・ショックへの経済危機対策の一環として「家電エコポイント制度」を導入。地上デジタル放送対応テレビ等の購入時に、価格の10%程度のポイントを付与する制度により、デジタル受信機の普及が加速されました。こうして、アナログ終了の前年末にはデジタル受信機の世帯普及率が94.9%までに達し、アナログ終了の最終段階に入りました。

しかし、2011年3月に東日本大震災が発生したため、甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の東北3県は、アナログ放送終了を12年3月31日まで延期。この日、全国でテレビのデジタル化が完了しました。

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<岩手4局、アナログ放送終了後のブルーバック映像>

10年の歳月をかけた「地上テレビのデジタル化」は、数次にわたる詳細な計画をもとに、次々と起こる難題を現場力で機動的に解決し、期限までに完遂しました。いまあらためて、"日本だからこそできた大規模プロジェクト"だったのではないかと考えています。

デジタル化で、テレビは何が変わったのか

デジタルハイビジョンの高精細な映像とクリアな音声が実現しました。いまVHSテープで録画された当時のアナログ放送の番組を見ると、違いが歴然です。何よりもアナログ時代のゴースト障害による画面のずれもなく鮮明です。

字幕放送も定着しました。ニュースをはじめ生放送番組でも字幕放送が行われるようになり、高齢者や障害者にもやさしいサービスとなっています。1つのチャンネルで複数の番組が放送できるマルチ編成も実現。東京五輪では、ニュースと競技の生中継が同時に放送されるなど活用されました。

放送制作の現場にも大きな変化が生まれました。デジタル化によるCGや映像合成技術の進歩により、ドラマからニュース番組まで、映像による表現力が格段と高まりました。さらに新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、Zoomなどインターネットを使ったリモート参加が日常化。番組制作への機動力を高めています。

一方でこの10年。スマートフォンの急速な普及や利用端末の変化に伴って、使い方が大きく変わった機能もあります。

リモコン一つで最新のニュースや気象情報などが入手できるデータ放送は、テレビのデジタル化のメリットとして使われてきました。いまでは、スマホで詳しいニュースや気象情報がいつでも簡便に入手できるようになりました。検索の普及とともに、情報量に限りがないのでスマホの優位性が高まっています。ワンセグも、機能を搭載している携帯電話が減り、一方でカーナビでは、フルセグも受信できるため利用の変化が進んでいます。

テレビ受信機の機能も大きく変わりました。放送番組が独占していたアナログ時代から、インターネットにつながるホーム端末へと変わり、視聴時間の奪い合いが激化しています。NetflixやHulu、さらにはYouTubeなど、さまざまなサービスが競合する時代になりました。

テレビのこれから 視聴者に選ばれる番組を

日本テレビが今年10月からゴールデンタイムの番組を中心に、インターネットでの同時配信を始めました。他の在京民放キー局も相次いで同時配信開始の意向を表明し、具体的な調整が進んでいます。「NHK+(プラス)」はすでに2020年4月から同時配信を始めています。

これにより、地上波テレビは電波を通じたデジタル放送に加え、インターネットを通じた新たな伝送路、同時配信の時代を迎えます。インターネットのさまざまな映像サービスとの競争が激化する中で、いまテレビは何を強みとして、どんな新たな価値を生むことができるのかが問われています。それには、なによりも視聴者に選ばれる番組、必要とされるコンテンツを作り続けることが不可欠です。

民放連が2013年に発行した『地デジの記録』があります。この中で、アナログ終了に向けて指揮を執った当時の民放連会長、広瀬道貞氏が「地上放送デジタル化の難事業を終えて」と題した文章の中でこう綴っています。「放送局がいかに多くの人から信頼され、親しまれているかを痛感した。今後視聴者に報いるには、優れた番組を提供するしかない」

地デジ10年。放送人はいまあらためて、この言葉の重さを受け止めてほしいと思います。

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