2019年7月15日、参院選挙のため札幌市内で街頭演説中の安倍晋三首相(当時)にヤジを飛ばした市民が、警察官によってその場から排除された――。この問題に焦点を当て、北海道放送(HBC)が制作したドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』が12月9日から札幌・シアターキノ、東京・ポレポレ東中野を皮切りに、全国で順次公開される。監督は同社・報道部の山﨑裕侍さん。
<山﨑裕侍監督>
ヤジが排除された問題をHBCは、夕方の情報報道番組『今日ドキッ!』(平日16・50~)で継続して報道し、その後テレビドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義~警察が排除するもの~』(30分)を制作した。ドキュメンタリー番組は20年2月にTBSテレビとHBCで、その2カ月後には追加取材した1時間番組をHBCで放送した。一連の報道活動は、20年のギャラクシー賞報道活動部門優秀賞のほか、同年の「地方の時代」映像祭賞など多くの賞を受賞している。
排除された当事者が北海道警察を所管する北海道に損害賠償を求めた国家賠償訴訟で、22年3月に原告勝訴の判決が札幌地裁から出て、書籍化の依頼を受けたという。同時期にTBSテレビからもTBSドキュメンタリー映画祭(23年4月開催)への作品参加を呼びかけられ、山﨑監督は「やっぱり映画を作るとしたら、これしかない」と動き出した。同映画祭では札幌会場のみの上映だったが、3回の上映はすべて満席。道外からも「見たい」という声が寄せられ、取材活動の集大成にしたいと、本作の制作に至った。
映画版では、ヤジを飛ばした市民が警察官によってその場から排除される場面がテレビ版より長く映し出され、その時、何があったのかを現場に居合わせたかのような疑似体験となるように編集したという。そして、テレビ版で使わなかったカットも活かし、警察から排除された人物も丁寧に描いている。「ヤジを飛ばした人は特別な人ではなく『自分と変わらない人』だというところを見てもらいたい」と山﨑監督。ほかにも、原告側の証人として出廷した女性にもインタビューしている。排除を目撃しながらもそれを止めようとしなかったことを後悔する女性の思いも描かれている。
ナレーションは落合恵子さん(作家、クレヨンハウス主宰)が担当。山﨑監督は社会人2年目の時、落合さんが雑誌のコラムに書いた"誰かの人権が奪われて、あなたが沈黙したら、それはあなたが人権が奪われることに加担したことになる"という言葉をノートに書き留めていた。ヤジ排除問題を取材した原点と落合さんの言葉がつながっていると思い、ナレーションを依頼したという。「基本的に他人が書いたものは朗読しない」と聞いていたが、粗編集段階の本作を見てもらって承諾を得たという。
「ヤジは一つの象徴」だと山﨑監督。警察が法的な根拠がないまま力を行使することの恐ろしさと、「ヤジは迷惑」との声などから、社会の不寛容さの強まりを感じているという。「迷惑という言葉でストライキやデモも行われなくなってしまうとしたら、社会の不寛容さが警察や政治の暴走を許してしまうんじゃないか」
<北海道警本部前で抗議の声を上げる若者たち>ⒸHBC/TBS
取材に当たった長沢祐記者は20代。「若いうちから難しいテーマに向き合って声を伝える経験を積むことは重要。それをやらないとデスクなどの立場になった時、そういう取材をするという発想を持てなくなる」と、起用した理由を明かす山﨑監督。当局などの発表に頼らない取材をしていかないと、メディアはますます危ういと懸念する。「あとは、若手が失敗しても良しとする胆力が組織に必要」と続けた。
いま、ガザの情勢が気になるという山﨑監督。「外国で起きていることが私たちの生活とつながっていることがある。無関心でいてはだめだ」。欧米でイスラエルに攻撃中止を訴えるデモも起きていることを挙げ、「諦めるのではなく、行動することが大事。日本も少しずつ変わってきていると思う。この変化にメディアが気づいていないのではないか」と語った。
劇場公開は前記のほか、12月22日から福岡・KBCシネマ、12月23日から大分・シネマ5、12月30日から神奈川・横浜シネマリンなどが決まっている(最新の上映情報はこちら)。また、12月9日のシアターキノでの上映後、HBCの長沢祐記者と堀啓知『今日ドキッ!』キャスターが登壇するゲストトーク&ティーチインを行う(詳細はこちら)。